Shuichiro Ogawa

Notes ・ updated 2026-07-15

問いの所在

前回のノート(qualitative-quantitative-design-research)は、次の4つの主張を結論とした。 (1) デザインは探索的な活動であり、質的研究と認識論的に親和性が高い。 (2) 探索段階では質的手法が、評価段階では量的手法が適する。 (3) 混合研究法が両段階の連続性を方法論的に担保する。 (4) 手法選択は問いの性質に依存する。 この見方はデザイン研究の学術界において主流(mainstream)なのか。 主流であるとすれば、何がそれを支えているのか。 対抗する立場はあるのか。 そして、「人がもう一度試せる条件をデザインする」という研究テーマは、この見方とどのような関係にあるのか。

デザイン研究の方法論的コンセンサス

デザイン研究が自然科学とは異なる固有の知の様式を持つという認識は、1990年代以降に確立された。 Frayling は1993年の Royal College of Art 研究紀要で、デザインにおける研究を「デザインについての研究」(research into design)、「デザインを通じた研究」(research through design)、「デザインのための研究」(research for design)の三つに分類した1。 Archer は1995年に、科学の伝統と人文学の伝統に加えて、「実践を通じた研究」(research through practice)をデザイン固有の研究形態として位置づけた2。 Cross は2006年の著作で、デザイナーの知り方(designerly ways of knowing)を科学的方法とも人文学的方法とも異なる「第三の文化」として定式化し、プロトコル分析を通じてデザイナー固有の認知を実証的に記述した3

これらの議論が共通して主張しているのは、デザインの知は仮説検証型の実証主義には回収されないという点である。 Dorst は2011年の論文で、デザイン思考の中核を「アブダクション」(abduction)の中でも、既知の解法を未知の状況に適用する通常のアブダクション(abduction-1)ではなく、問題の枠組みと解の両方を同時に生成する「アブダクション-2」として特徴づけた4。 問題の枠組み自体が事前に与えられないという特性は、変数を操作的に定義して仮説を検証する量的手法とは異なる認識論的前提に立つ。

デザイン研究の代表的な手法がいずれも質的手法の系統に属するという事実も、この親和性を裏づける。 Chai と Xiao の書誌計量分析(2012年)は、Design Studies 誌の1996年から2010年の15年間を対象に研究テーマを分類し、「デザイン過程」と「デザイン認知」が二大テーマであること、プロトコル分析がデザイン認知研究で最も広く用いられた手法であることを示した5。 プロトコル分析、ケーススタディ、エスノグラフィはいずれもデータを数値ではなく言語と行為から構成する質的手法である。

リサーチ・スルー・デザイン(research through design, RtD)は、デザインの成果物を通じて知見を生成するアプローチとして、Zimmerman, Forlizzi, Evenson が2007年に HCI の文脈で方法論化した6。 Fallman は2008年に、デザイン研究を「デザイン実践」「デザイン研究」「デザイン探索」の三角形で捉え、研究者がこれらの活動間を動的に移行する過程としてモデル化した7。 Stappers は2007年に、デザインする行為自体が調査の一部であり、プロトタイプを作る過程で問いが精緻化されると論じた8。 これらの議論は、質的研究の認識論(現象の内側からの記述、帰納的な概念生成、研究者と対象の相互構成)と多くの前提を共有している。

以上から、前回のノートの結論 (1)(デザインは探索的であり質的研究と親和的)は、デザイン研究の学術界において主流の見方である。 Bayazit が2004年に Design Issues 誌で40年間のデザイン研究を概観した論文でも、デザイン研究の方法論的議論は一貫して、科学的方法からの独立と固有の研究形態の確立を軸に展開されてきたことが確認できる9

対抗する立場と緊張

主流であるとしても、「質的手法がデザイン研究に適している」という命題に対する緊張は少なくとも三つある。

HCI における量的志向

HCI は心理学と計算機科学を母体とする分野であり、CHI(ACM Conference on Human Factors in Computing Systems)では統制実験、ユーザビリティテスト、アンケートなどの量的手法が標準的な評価方法として確立されている。 CHI のアクセシビリティ研究を対象とした調査では、論文の94.3%がユーザー研究を含み、その中でインタビュー(42.1%)、ユーザビリティテスト(41.7%)、統制実験(34.6%)が上位三手法を占め、56.4%が複数の手法を併用していた10。 この分布は、質的手法と量的手法が混在している実態を示す。 HCI は質的手法を排除しているのではなく、効果の比較やインタフェースの客観的評価においては量的手法を要求するという規範を持っている。

この規範とデザイン研究の質的志向の間には、認識論的な緊張がある。 Bardzell と Bardzell は2015年の著作で「人文学的 HCI」(humanistic HCI)を提唱し、文芸批評、批判的解釈、フェミニスト的デザインといった人文学的方法を HCI に導入する意義を論じた11。 この提唱は、HCI の中に量的志向への対抗的な潮流が存在することの証左であると同時に、人文学的方法を明示的に主張しなければならないほど HCI の量的規範が強いことを示してもいる。

エビデンス・ベースド・デザインの量的アプローチ

建築と医療施設の領域では、エビデンス・ベースド・デザイン(evidence-based design, EBD)が独自の方法論的伝統を形成している。 EBD は仮説設定、測定、ポストオキュパンシー評価(post-occupancy evaluation)を通じて、建築環境が利用者に与える身体的・心理的効果を定量的に検証する12。 ランダム化比較試験(RCT)が最も厳密なエビデンスとされ、医療施設デザインの効果検証では量的手法が優先される。

EBD の存在は、「デザイン研究は質的手法が主流である」という命題の適用範囲を限定する。 建築や医療のように、介入の効果を客観的に測定できる領域では、量的手法がデザイン研究の中心に位置しうる。 前回のノートの結論 (2)(評価段階では量的手法が適する)は、EBD の実践とも整合する。 ただし EBD は、デザインの探索過程そのものを研究対象にしているのではなく、デザインの結果(建築環境)が利用者に与える効果を測定している。 研究の対象が異なるために、方法が異なっている。

質的・量的の二項対立を超える立場

Gaver と Bowers は2012年に「アノテーテッド・ポートフォリオ」(annotated portfolios)を提案し、デザイン研究が理論形成の機構を模倣するのではなく、デザインの既存の実践と推論から固有のアイデンティティを育てるべきだと論じた13。 アノテーテッド・ポートフォリオは、成果物の集合体に簡潔な注釈を付すことで、個別の成果物と研究コミュニティの広い関心を架橋する表現形式である。 これは質的研究の枠組みに収まりきるものでもなければ、量的研究の枠組みに位置づけられるものでもない。

Koskinen, Zimmerman, Binder, Redström, Wensveen は2011年の著作で、構成的デザイン研究(constructive design research)を方法論として定式化した14。 彼らは、デザイン研究には数学的な語彙だけでなく、芸術、文化研究、人類学、認知心理学、コミュニケーション学など多様な語彙が必要だと主張した。

Höök と Löwgren は2012年に「ストロング・コンセプト」(strong concepts)を提案し、個別の成果物から抽象化された中間水準の知識形態(intermediate-level knowledge)がインタラクションデザイン研究に固有の知識貢献の形式でありうると論じた15

これらの議論は、デザイン研究が質的か量的かという二項対立の枠内で自らを位置づけるのではなく、固有の認識論と知識形式を発展させるべきだという立場を共有している。 前回のノートの結論に対して言えば、(1) の「質的研究と親和的」という主張は否定されないが、デザイン研究の認識論的位置をより正確に記述するには、質的・量的の軸自体を相対化する視点が必要になる。

条件の研究と認識論的立場

「人の可能性が開かれる条件を研究する」「評価や制度が人の挑戦にどう影響するかを分析する」「もう一度試せる条件をデザインする」という研究テーマは、前回のノートの方法論的構図とどのように関係するか。

条件の記述には質的手法が先行する

「評価が機会を閉じる構造」を研究するとは、特定の制度や場がどのような条件のもとで人の挑戦を可能にし、あるいは阻害するかを記述することである。 この種の構造は、事前に変数として操作的に定義できない。 一度の評価や失敗が「なぜ」その後の機会の広がりに影響するのかを理解するには、当事者の経験、制度の運用、文脈の連鎖を内側から記述する質的手法が必要になる。

社会学では、Merton が1968年に「マタイ効果」(Matthew effect)として定式化した累積的優位の概念が、一度の評価が以後の機会配分を歪める構造を記述する理論的枠組みとして確立されている16。 初期の些少な差異が時間の経過とともに増幅され、比較可能だった二人の研究者が著しく異なるキャリアを経験するに至る過程は、数量データだけでは捉えられない。 制度的な仕組み(選考基準、資源配分のルール、評価のタイミング)がどのように累積的優位を生むかを理解するには、ケーススタディや制度分析といった質的手法が不可避である。

Sen のケイパビリティ・アプローチ(capability approach)も、同様の認識論的含意を持つ。 Sen は、発展を「人が実際に何をでき、何になれるか」(functionings and capabilities)の拡張として捉え、所得や資源の量ではなく、人が実質的な自由を行使できる条件を問うた17。 Nussbaum はこの枠組みを教育に適用し、制度は個人のケイパビリティの閾値(threshold level)を保障する役割を担うと論じた18。 就学率のような統計指標だけでは、子どもが実際に学校でどのような経験をしているかはわからない。 条件を問う研究は、個々人の経験と制度的文脈の交差を記述する質的手法を必要とする。

条件をデザインする段階の方法論的緊張

「もう一度試せる条件をデザインする」研究が直面する方法論的課題は、前回のノートの「探索段階では質的手法、評価段階では量的手法」という構図と対応する。 しかし、この対応は単純ではない。

条件の構造を記述する段階(質的)と、デザインした条件が実際に人の探索を可能にするかを検証する段階(量的)の間には、認識論的な断絶がある。 条件の記述は解釈主義的な認識論に立つ。 対して、効果の検証は何らかの実証主義的な手続きを要求する。 前回のノートはこの断絶を混合研究法のプラグマティズムで橋渡しできると論じたが、「何が機能するか」というプラグマティズムの基準は、条件の研究に対しては不十分かもしれない。

Bhaskar の批判的実在論(critical realism)は、この緊張に対する一つの認識論的枠組みを提供する。 批判的実在論は、現実を三つの層(経験的領域、出来事の領域、実在的領域)に分け、観察可能な出来事の背後にある「生成メカニズム」(generative mechanisms)を解明することを研究の目的とする19。 「評価が機会を閉じる構造」は、Bhaskar の枠組みでは「実在的領域」に属する生成メカニズムとして位置づけられる。 この構造は直接観察できないが、特定の条件下で出来事(人が挑戦を諦める、再挑戦できなくなる)を引き起こす因果的力を持つ。

批判的実在論の方法論的含意は、質的手法と量的手法の両方を用いることを正当化しつつ、両者の統合の論理を「プラグマティズム」(何が機能するか)ではなく「レトロダクション」(retroduction、観察された出来事から背後のメカニズムへの推論)に求める点にある19。 条件の研究にとって、この枠組みは、質的手法による構造の記述と、量的手法による条件変更の効果測定を、単一の認識論のもとで統合する可能性を持つ。

前回のノートの構図への位置づけ

前回のノートは、デザイン研究における手法選択を「問いの性質への依存」として整理した。 条件の研究に即して言えば、「うまく動けない状態を、本人の資質ではなく周囲の条件から見ると何が見えるのか」という問いは探索的であり、質的手法を必要とする。 「場や制度をどう設計すればよいのか」という問いはデザインの介入を含み、リサーチ・スルー・デザインの方法論と接続する。 そして、デザインした場や制度が実際に「もう一度試せる」効果を持つかどうかは、何らかの検証を必要とする。

この研究テーマが直面する方法論的課題は、前回のノートの構図の妥当性を支持すると同時に、その限界も露呈する。 支持する点は、質的手法と量的手法の使い分けが問いの性質に依存するという原則が、ここでも成り立つことである。 限界となる点は、プラグマティズムだけでは条件の研究の認識論的要請を満たせない場面があることである。 条件を記述する質的研究と条件変更の効果を測定する量的研究を同じ研究プログラムの中で統合するには、批判的実在論のような、構造とメカニズムの存在を認める認識論的枠組みが必要になりうる。

参照文献

未検証事項

  • 10 の著者名、正確な掲載年と会議名の一次確認が未了。検索結果に基づく推定であり、DOI の直接検証を行っていない。
  • 12 について、EBD の代表的レビュー論文として Ulrich et al. (2008) を挙げたが、正確な書誌情報(掲載巻号、ページ数、DOI)の一次確認が未了。
  • Dorst の元論文は2011年出版だが、2008年の別論文(“Design research: a revolution-waiting-to-happen,” Design Studies, 2008)が存在する可能性がある。本稿では2011年論文を根拠とした。2008年論文の存在と内容は未確認。
  • CHI 全体の手法分布(質的・量的の比率)を示すメタ研究は、本調査では確認できなかった。10 はアクセシビリティ研究のサブセットであり、CHI 全体を代表するものではない。

Footnotes

  1. Frayling, C. (1993). Research in Art and Design. Royal College of Art Research Papers, 1(1).

  2. Archer, B. (1995). The Nature of Research. Co-design, 2, 6–13.

  3. Cross, N. (2006). Designerly Ways of Knowing. Springer. https://doi.org/10.1007/1-84628-301-9

  4. Dorst, K. (2011). The core of ‘design thinking’ and its application. Design Studies, 32(6), 521–532. https://doi.org/10.1016/j.destud.2011.07.006

  5. Chai, K.-H., & Xiao, X. (2012). Understanding design research: A bibliometric analysis of Design Studies (1996–2010). Design Studies, 33(1), 24–43. https://doi.org/10.1016/j.destud.2011.06.004

  6. Zimmerman, J., Forlizzi, J., & Evenson, S. (2007). Research through design as a method for interaction design research in HCI. Proceedings of the SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI ‘07), 493–502. https://doi.org/10.1145/1240624.1240704

  7. Fallman, D. (2008). The Interaction Design Research Triangle of Design Practice, Design Studies, and Design Exploration. Design Issues, 24(3), 4–18. https://doi.org/10.1162/desi.2008.24.3.4

  8. Stappers, P. J. (2007). Doing design as a part of doing research. In R. Michel (Ed.), Design Research Now: Essays and Selected Projects (pp. 81–91). Birkhäuser. https://doi.org/10.1007/978-3-7643-8472-2_6

  9. Bayazit, N. (2004). Investigating Design: A Review of Forty Years of Design Research. Design Issues, 20(1), 16–29. https://doi.org/10.1162/074793604772933739

  10. Mack, K., et al. (2021). What Do We Mean by “Accessibility Research”? A Literature Survey of Accessibility Papers in CHI and ASSETS from 1994 to 2019. Proceedings of the 2021 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems. [要出典確認: 著者名と掲載年は検索結果からの推定。DOI の直接検証を行っていない] 2 3

  11. Bardzell, J., & Bardzell, S. (2015). Humanistic HCI. Morgan & Claypool (Synthesis Lectures on Human-Centered Informatics). https://doi.org/10.1007/978-3-031-02214-2

  12. Ulrich, R. S., et al. (2008). A review of the research literature on evidence-based healthcare design. Health Environments Research & Design Journal, 1(3), 61–125. [要出典確認: DOI と正確な書誌の一次確認が未了] 2

  13. Gaver, W., & Bowers, J. (2012). Annotated Portfolios. Interactions, 19(4), 40–49. https://doi.org/10.1145/2212877.2212889

  14. Koskinen, I., Zimmerman, J., Binder, T., Redström, J., & Wensveen, S. (2011). Design Research Through Practice: From the Lab, Field, and Showroom. Morgan Kaufmann.

  15. Höök, K., & Löwgren, J. (2012). Strong Concepts: Intermediate-Level Knowledge in Interaction Design Research. ACM Transactions on Computer-Human Interaction, 19(3), Article 23. https://doi.org/10.1145/2362364.2362371

  16. Merton, R. K. (1968). The Matthew Effect in Science. Science, 159(3810), 56–63. https://doi.org/10.1126/science.159.3810.56

  17. Sen, A. (1999). Development as Freedom. Oxford University Press.

  18. Nussbaum, M. C. (2011). Creating Capabilities: The Human Development Approach. Harvard University Press.

  19. Bhaskar, R. (1975). A Realist Theory of Science. Leeds Books. 批判的実在論の方法論的含意については Danermark, B., et al. (2002). Explaining Society: Critical Realism in the Social Sciences. Routledge も参照。 2


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