Shuichiro Ogawa
English

Notes · updated 2026-09-14

デザインと新規事業の工程は、どの標準に載るか

実務を「工程」で説明する場面は多い。 職務経歴書、ポートフォリオ、提案書、公募書類。 そのとき自分で作った区分を並べると、読み手には根拠が見えない。

では公的な標準に従えばいい、と考えるのが自然な流れである。 日本でソフトウェアの工程といえば IPA の共通フレームがあり、デジタル人材のスキルならデジタルスキル標準がある。 ところが、この2つはどちらも工程の典拠にならなかった。

共通フレーム 2013 は凍結されている

共通フレームは ISO/IEC 12207 を日本の産業向けに拡張したもので、企画、要件定義、システム開発、運用、保守のプロセスを定義する。 企画プロセスと要件定義プロセスは日本独自の拡張で、いわゆる超上流を明文化した点に価値があった。

しかし 2013 年版を最後に改訂が止まっている。 IPA は 2021 年 9 月の文書でこう書いた1

今回は『共通フレーム 2013』の改訂は行わないこととしました。(中略)したがって、『共通フレーム2013』は最新の国際規格/JIS、ISO/IEC/IEEE 12207:2017[JIS X0160:2021]には整合しなくなります

2025 年 9 月の資料でも「改版せずに、最新の国際規格の動向や変更点をわかりやすく紹介する方針とする」と再確認している2

規格を引く目的は、自分の言葉より強い根拠を借りることにある。 発行元が「現行の国際規格と整合しない」と明言している文書を引いても、その目的は果たせない。

デジタルスキル標準に工程はない

では最新のデジタルスキル標準はどうか。 ver.2.0 は 2026 年 4 月に公開され、人材類型は6つ、ロールは17に増えた3。 デザイナー類型のロールはサービスデザイナー、UX/UI デザイナー、コミュニケーションデザイナーの3つである。

構成は類型、ロール、共通スキルリスト、学習項目例の4点だけで、工程やライフサイクルを定義する箇条は無い。 「構想、実装、仮説検証、導入後の効果検証」という並びは本文に出てくるが、いずれも「例:」と前置きされた例示である。 デザイナー類型の説明にある「理解」「ビジョン構想」「コンセプト開発」「仮説検証」の4区分も、スキル項目の内容欄に名前が並ぶだけで、各区分の定義文は本編に存在しない。

デジタルスキル標準は、誰がどんなスキルを持つかの標準であって、仕事がどう進むかの標準ではない。 工程の根拠を求めてこの標準を引くのは、用法を誤っている。

工程の典拠になった2つの規格

残ったのは国際規格で、どちらも JIS がある。

人間中心設計(ISO 9241-210:2019、JIS Z 8530:2021)は、設計活動を4つ定める。 利用状況の理解と明示、ユーザー要求事項の明示、設計解の作成、設計の評価である4。 原則 5.5 に「The process is iterative」とあり、反復は規格が要求する性質として書かれている。

イノベーション・マネジメント(ISO 56002:2019、JIS Q 56002:2023)は、イノベーションプロセスを5つ定める。 機会の特定、コンセプトの創出、コンセプトの検証、解決策の開発、解決策の展開である5。 0.3 には「These innovation processes are implemented iteratively and often in a non-linear sequence」とあり、非線形であることまで本文が認めている。

この2つを重ねると、構想から実装、評価、運用までがほぼ隙間なく埋まる。

工程人間中心設計イノベーション・マネジメント
企画8.3.2 機会の特定
調査7.2 利用状況の理解と明示
仮説検証8.3.4 コンセプトの検証
要件定義7.3 ユーザー要求事項の明示
設計7.4 設計解の作成8.3.3 コンセプトの創出
実装8.3.5 解決策の開発
効果測定7.5 設計の評価
導入と運用8.3.6 解決策の展開

デザイン側の規格だけでは実装と運用が書けず、イノベーション側の規格だけでは調査と要件定義が書けない。 2つを併用する理由はここにある。

コンサルティングとマーケティングの事情

コンサルティングには ISO 20700:2017(マネジメントコンサルタントサービスの指針)がある。 箇条そのものが段階になっていて、Contracting、Execution、Closure の3つが案件の進み方を表す。 ただし JIS 化されておらず、日本語版も無い6。 日本語のポートフォリオで主軸に据えるには弱く、案件の進め方を補足する軸にとどまる。

マーケティングはさらに厳しい。 業務全体の工程を定義した公的標準は見つからなかった。 公的な裏づけがあるのは調査だけで、ISO 20252(現行は 2026 年版、JIS Y 20252:2019 あり)が市場調査、世論調査、社会調査のサービス要求事項を定める7。 適用範囲に「This document does not apply to non-research activities, such as direct marketing」とあり、広告やブランドや需要創出は対象外である。

AMA の Marketing Competency Model、CIM の GPMF、BABOK、PMBOK は、いずれも業界団体の枠組みであって公的標準ではない。 PMBOK は同梱の一部が ANSI 承認の米国規格になる点だけが例外にあたる。

アジャイルを名乗る根拠は、公的標準にはない

短い周期で作って測って直す進め方を、アジャイルと呼びたくなる場面がある。 しかしアジャイルを定義した公的標準は存在しない。 出どころは 2001 年の Agile Manifesto と、Ken Schwaber と Jeff Sutherland が個人で発行する Scrum Guide(最新は 2020 年 11 月版)である。 どちらも標準化機関の文書ではない。

IPA の ITSS+ にアジャイル領域があり、「アジャイル開発の進め方」がスプリントを「1〜4週間の時間枠」と定義している。 だが同じ文書が冒頭で「アジャイル開発の進め方には厳格な決まりごとや規範はありません」と書いている8。 外形的な適合判定の基準は、どこにも無い。

一方で、反復そのものは規格の文言で説明できる。 ISO 9241-210 の原則 5.5、ISO 56002 の 0.3、ISO/IEC/IEEE 15288:2023 の「can be applied iteratively and concurrently」がそれにあたる。 スクラムのイベントを実際に回していないなら、アジャイルと名乗るより「反復して設計し評価した」と書くほうが、根拠が強く、説明の精度も高い。

この判断をどう使ったか

自分のポートフォリオでは、案件の担当工程を8つに整理し、上の対応表どおり2つの規格に対応させた。 ページに出す典拠は規格名だけの1行にとどめ、箇条番号はデータに持たせた。 読み手が普通の日本語で工程を読めることと、聞かれたときに箇条まで答えられることは、両立する。

要件定義は独立した工程にした。 それまで設計の中に埋もれていて、実際には4件の案件で要件定義を担当していたことが読み取れなかったためである。

関連: design-system-practices(証拠の非対称という同種の問題)。

スキルの名前は、標準では別の場所にある

工程の次に、スキルの呼び名でも同じ問題が起きる。 デジタルスキル標準 ver.2.0 の共通スキルリストは、5カテゴリー、13サブカテゴリー、67スキル項目で構成される9。 デザインはビジネス変革カテゴリーの下のサブカテゴリーで、スキル項目は9つある。

顧客・ユーザー/ステークホルダー理解、価値発見・定義、デジタルプロダクト設計、検証(顧客・ユーザー視点)、クリエイティブディレクション、デザイン制作実務、ファシリテーション(共創設計)、体験価値ガバナンス、デザインプロセスマネジメントの9つである。 後半の3つは ver.2.0 で新設された。

ここで、デザインの実務でよく使う語が見当たらないことに気づく。

「デザイン思考」はスキル項目名として存在しない。 共通スキルリスト全体で1か所だけ現れるが、それはデザインサブカテゴリーではなく、パーソナルスキルの「創造的な問題解決」の学習項目例としてである。 標準はデザイン思考を、デザインの職能ではなく個人の思考スキルとして扱っている。 組織の実践として近いのは、変革活動のマネジメントにある「デザインの考え方を用いた組織のマネジメント」で、これも ver.2.0 の新設項目にあたる。

「サービスデザイン」も項目名ではない。 デザイナー類型のロール名「サービスデザイナー」として現れる。 ロールは責務の単位であり、スキルの単位ではない。

「人間中心設計」は共通スキルリストに一度も出てこない。 近い語として「ユーザー中心設計」が1か所、「参加型デザイン」が1か所あるだけである。 工程の典拠に使った ISO 9241-210 の中心概念が、日本の人材標準の語彙には入っていない。

もう一つ、粒度の性質がある。 標準はツール名も言語名も持たない。 Python も BigQuery も React も、共通スキルリストには一切登場しない。 標準の語だけで技術のスキルを書くと、フロントエンドとバックエンドとクラウドとSREの4項目に潰れる。

広義のデザインをどう定義するか

スキルの粒度とは別に、デザインという語そのものの定義も引ける。 権威の順でなく、使う場面の順に並べる。

日本語の公的文書で最も広いのは、経済産業省『デザイン政策ハンドブック 2020』である。

今やデザインは、人を起点とする価値創造・問題解決の手段として捉えるべきものだと言えるでしょう10

同ハンドブックはデザインを「領域としてのデザイン」と「方法論としてのデザイン」に分け、Buchanan の Four Orders of Design を対象領域の枠組みに採る。 日本語で自己紹介の根拠にするなら、この文書が最も使いやすい。

経営の文脈では『「デザイン経営」宣言』(経済産業省と特許庁、2018年)がある。 デザインを「企業が大切にしている価値、それを実現しようとする意志を表現する営み」と述べ、デザイン経営の必要条件を2つに絞る。 経営チームにデザイン責任者がいること、事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること、の2点である。

国際的な職能定義は World Design Organization のものになる。

Industrial Design is a strategic problem-solving process that drives innovation, builds business success, and leads to a better quality of life through innovative products, systems, services, and experiences11

学術のカノンとしては Simon の定義が最も広い。

Everyone designs who devises courses of action aimed at changing existing situations into preferred ones12

この4つは射程が違う。 政策文書は手段としてのデザインを、経営宣言は経営資源としてのデザインを、WDO は職能としてのデザインを、Simon は行為としてのデザインを定義している。 どれを引くかは、相手が誰かで決まる。

未検証事項

  • ISO 20700:2017 の systematic review の結果年。iso.org が 403 で一次確認できていない [要確認]
  • ISO 20700 の JIS 化の確定的な否定。JSA の表示までしか確認できていない [要確認]
  • JIS Z 8530:2021 と JIS Q 56002:2023 の日本語の箇条名。上表の日本語は ISO の箇条名にもとづく訳で、JIS の正式名称とは異なる可能性がある [要一次検証]
  • デジタルスキル標準 ver.2.0 のデザインプロセス4区分の定義と出典 [要確認]
  • デジタルスキル標準 ver.2.0 の公式英訳。IPA の英語版は ver.1.2 止まりで、ver.2.0 で新設された項目には公式英訳がない [要確認]
  • Simon の定義の初版(1969)と第2版(1981)でのページ。確定しているのは第3版 1996 の p.111 のみ [要一次検証]
  • 『デザイン政策ハンドブック 2020』本体での該当ページ番号。引用の存在は デジタルスキル標準 ver.2.0 p.98 で裏が取れている [要確認]

参照文献

Footnotes

  1. ipa.go.jp/publish/qv6pgp000000107j-att/000093137.pdf (2021-09-01)

  2. ipa.go.jp/digital/kaihatsu/slcp/slcp-evolution-keypoints.html (2025-09-30)

  3. ipa.go.jp/jinzai/skill-standard/dss/index.html (本編 dss_ver2.0.pdf)

  4. ISO 9241-210:2019 箇条7。JIS Z 8530:2021 は MOD

  5. ISO 56002:2019 箇条 8.3。上位に認証可能な ISO 56001:2024 がある

  6. JSA の該当ページに「日本語版:無」と明記。対応 JIS の記載も無い

  7. ISO 20252:2026(第4版、2026-09、ISO/TC 225)。2019 年版は廃止

  8. ipa.go.jp/jinzai/skill-standard/plus-it-ui/itssplus/agile.html (アジャイル開発の進め方 2024-05 版)

  9. 共通スキルリスト Excel が正本。ipa.go.jp/jinzai/skill-standard/dss/download.html

  10. デジタルスキル標準 ver.2.0 p.98 が出所を明記して引用している

  11. 2015年、第29回総会(光州)で改定。wdo.org/about/definition/

  12. Herbert A. Simon, The Sciences of the Artificial, 3rd ed., MIT Press, 1996, p.111


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