Shuichiro Ogawa
English

Notes ・ updated 2026-07-20

答えの上手さと、問いの上手さは別の能力である

研究者の腕前は、ふつう答えの質で測られる。 より精密な手法、より高い性能、より頑健な実証。 だが、分野を動かした研究を並べてみると、答えの上手さだけでは説明のつかない一群がある。 それらは、よい答えを出したのではない。 それまで問題として認識されていなかった現象を、研究可能な形に変えたのである。

この能力を Problem Definition と呼ぶ。 対象を詳しく知っていることとは別の能力で、次のように定義できる。

既存研究が暗黙に設定している観測装置、評価軸、時間軸、単位、境界を変更し、それまで問題として認識されていなかった現象を研究可能な形に変える思考。

問いの設計が成果を左右するという観察自体は、複数の系譜で確認されてきた。 Getzels と Csikszentmihalyi は美術学生の縦断研究で、課題を与えられる前の問題発見(problem finding)の質が後年の創作の成否を予測することを示した1。 Schön は専門家の中核技能を、所与の問題を解くことではなく問題を設定し直すこと(problem setting)に置いた2。 Simon は、構造の与えられていない問題ではその構造化の過程こそが解決の大半を占めると論じ3、Rittel と Webber は、厄介な問題(wicked problems)では問題の定式化そのものが問題だと述べた4。 問いの立て方を類型化した Sandberg と Alvesson の研究は、この対比を最も直接に示す。 文献の空白を探して埋める gap-spotting は既存研究の前提をそのまま継承するのに対し、影響力の大きい理論は前提への挑戦(problematization)から生まれてきた56。 以下は、この problematization を、転用しやすい操作の部品にまで分解した道具立てである。

ゲーム盤:研究領域が暗黙に固定しているもの

Problem Definition が強い研究者は、個々の研究ではなく、領域が共有している認定の体系を見る。 その体系をゲーム盤と呼ぶことにする。 盤面は、少なくとも次の八つを暗黙に固定している。

  • 何を現象とみなすか
  • 何を説明対象とみなすか
  • 何を単位として比較するか
  • 何を成功と失敗の証拠とみなすか
  • どの時間幅で評価するか
  • 誰の視点を正当な観測位置とみなすか
  • 何をノイズとして捨てるか
  • どの状態を終点とみなすか

どの項も、個々の論文の中では引数ではなく定数である。 分類の体系が何を可視化し何を不可視化するかは、分類そのものを対象にした研究が繰り返し示してきた7。 盤面の各項は領域の測定装置と出版制度に刻まれているから、盤上でプレイしている限り問いの対象にならない。 Problem Definition とは、この定数を変数に戻す操作である。 その操作には反復可能な型がある。 転用しやすい十の型を、通常のRQと再定義後のRQの対で示していく。

型1:成果ではなく、成立条件を問う

普通の研究は、成果の差を説明する。 なぜAは成功しBは失敗したか、どの手法が高い成果を生むか、どの要因が性能を上げるか。 強い Problem Definition は、その前段を問う。 そもそも、その成果が成立するために何が必要だったのか。

通常のRQは「生成AIは初心者のアプリ制作成果を向上させるか」と問う。 再定義後は「初心者が生成物を採用し、修正し、棄却できる状態は、どのような反応源と記録構造によって成立するか」と問う。 対象が、成果の有無から判断の成立条件へ移っている。

型2:勝敗ではなく、勝敗の確定装置を問う

既存研究は、すでに定義された評価基準の上で比較する。 成績、精度、完成率、満足度、利用頻度、生産性。 ここで問うべきは、なぜその尺度が「成功」を確定する権限を持っているのか、である。

通常のRQは「ノーコードと生成AIのどちらが学習成果を高めるか」と問う。 再定義後は「異なる低障壁制作環境において、何が学習者の判断の成立を示す証拠として扱われているか」と問う。 ツールの比較が、成果認定装置の比較に変わる。

型3:平均ではなく、境界ケースを主役にする

理論は平均的事例ではなく境界で壊れる。 パラダイムを揺らすのが平均ではなく変則事例であることは、科学史の古典的な観察である8。 境界ケースには、次のようなものがある。

  • 成果物は完成したが、判断の過程がない
  • 成果物は未完成だが、重要な学習が起きている
  • 高い評価を得たが、再現できない
  • 失敗したが、探索は成立している
  • AIの出力は正しいが、学習者は理解していない
  • 学習者は理解しているが、成果物の品質は低い

ここから生まれるRQは一つの形をとる。 既存の成功指標が成功を誤認するのは、どのような事例か。 既存指標の盲点を問題化するうえで、この型は強い。

型4:対象ではなく、対象を切り出す単位を変える

研究の新規性は、対象そのものより分析単位から生まれることがある。 既存の単位は、学生、授業、成果物、セッション、チーム、プロンプトである。 別の単位を取ることができる。 一回の判断、一つのずれ、一回の修正、一つの反応源、採用から棄却への転換点、観測から更新までの接続。

通常のRQは「学生は生成AIをどのように使用したか」と問う。 再定義後は「学習者が生成結果の不一致を認識し、修正対象を特定した局面は、どの証拠によって再構成できるか」と問う。 人単位から判断イベント単位への変更である。

型5:静的な状態を、過程に開く

既存研究が能力、満足、成果、品質を静的な属性として扱っているなら、過程として定義し直す。

  • 能力:差分を認識して更新する過程
  • 理解:説明できる状態ではなく、修正可能な状態
  • 成功:完成ではなく、次の更新が可能な状態
  • デザイン:成果物ではなく、観測と比較と更新の連鎖
  • 学習:知識の獲得ではなく、判断基準の変化

RQ例は「学習者の『できた』という判断は、どの観測と比較と更新を経て形成されるか」となる。 結果中心の研究を過程中心へずらす型である。

型6:盤の内ではなく、盤の外の変数を入れる

ゲームに強いプレイヤーが天候や大会規則を読むように、対象領域の外の変数を入れる。 教育研究なら、評価制度、成績付与の権限、時間制約、ツールの利用規約、授業構造、提出形式、ペアの編成、フィードバックの公開性。 AI研究なら、UI、利用制限、モデルの更新、ログの保存仕様、利用者の責任配置、組織内ルール。

RQ例はこうなる。 生成AIの能力差ではなく、ログの保存仕様と授業内の反応配置が、学習者の判断の記録可能性をどのように規定するか。 技術の性能ではなく、観測可能性を決める制度と環境が問題になる。

型7:主体と装置を入れ替える

通常は、人間が道具を使うと考える。 これを反転する。

  • 学習者が評価を受けるのではなく、評価制度が学習者の行動を形成する
  • 人がAIを使うのではなく、AIの出力形式が人間の問題設定を制約する
  • 教師が課題を設計するのではなく、課題形式が教師の観察可能性を制約する
  • 研究者がデータを分析するのではなく、記録形式が分析可能な現象を事前に選別する

RQ例は「授業記録の形式は、どの学習者判断を可視化し、どの判断を不可視化するか」となる。 対象そのものではなく、知識を生成する装置を問うから、この型はかなり強い。

型8:失敗を、前提破綻の診断装置にする

失敗研究の多くは、失敗の原因を探す。 より強い定義は、失敗がどの前提の破綻を露出させたかを問う。

  • AIが誤答した:要求が曖昧だったことが可視化された
  • 学生が操作できなかった:設計者の暗黙知が露出した
  • 成果物が未完成だった:評価制度が完成物に偏っていたことが露出した
  • データが接続できなかった:記録設計の前提差が露出した

RQ例はこうなる。 接続不能な記録は、単なる欠損ではなく、各実践が異なる判断単位を前提としていたことをどのように示すか。 ノイズと欠損が、理論の資源に変わる。

型9:競争の軸をずらす

既存研究が「どちらが優れているか」を競っているなら、別の比較軸を導入する。 通常の軸は、効率、精度、速度、完成度、満足度である。 代替軸には、修正可能性、判断所在の可視性、探索の継続性、他者反応への開放性、記録の再構成可能性、評価軸の更新可能性がある。

RQ例はこうなる。 低障壁制作環境は、完成物の品質ではなく、学習者が自らの判断を更新可能にする点でどのように異なるか。

型10:ゲームの終点を疑う

多くの研究は、暗黙に終点を置いている。 提出時点、授業終了時点、テスト時点、製品完成時点、導入直後、調査回答時点。 Problem Definition が強い研究者は、なぜそこを終点とみなすのかを問う。

RQ例は「完成時点の評価は、その後の修正可能性や探索の継続性をどの程度隠蔽するか」となる。 時間断面の評価が何を確定させてしまうかを、直接扱える型である。

メタ変換表:既存研究を一つ選び、変換をかける

十の型は、一枚の変換表に圧縮できる。 既存研究が見ているもの(左列)を、変換後に問うもの(右列)へ写す。

既存研究が見ているもの変換後に問うもの
成果成果の成立条件
成功/失敗成功/失敗を確定する基準
個人差個人差を生む配置
ツール性能判断可能性を規定する環境
完成物修正履歴
平均境界事例
明示された行動捨てられた選択肢
データデータを生成した記録制度
能力更新過程
エラー前提破綻の露出
比較対象比較単位
時点評価時間的連鎖
主体主体を形成する装置
ゲーム内行動ゲーム成立条件

生成プロトコル:盤面の記述から問題文へ

変換表は生成の種であり、手順は五段で回す。

Step 1:既存研究のゲーム盤を書く。 何を目的とし、何を成功とみなし、何を測り、何を分析単位にし、どの時点で評価を止め、誰の視点から記述し、何をノイズとして捨てているか。

Step 2:盤外へ押し出されたものを書く。 未完成、中断、修正理由、採用しなかった案、他者反応、時間経過、評価制度、記録不能部分、観測されなかった判断。

Step 3:最も不自然な非対称を選ぶ。 成果物は記録されるが、修正理由は記録されない。 AIの出力は保存されるが、人間の採否判断は保存されない。 成功事例は比較されるが、接続不能な事例は除外される。 学習者は評価されるが、評価制度は評価されない。

Step 4:問題文に変換する。 強い問題文は、次の形になる。

既存研究はXを前提としてYを説明してきた。しかし、その前提ではZを識別できない。

たとえばこう書ける。 既存研究は完成物や自己報告を学習成果の指標として用いてきた。 しかし、それらだけでは、学習者がどの反応を根拠に何を修正したかを識別できない。

Step 5:RQへ落とす。 RQは、問題文の欠落を直接埋める。 たとえばこうなる。 異質な実践記録から、学習者の操作、反応、ずれ、更新の関係を、どの接続根拠によって再構成できるか。

思考習慣:五つの視線の向け替え

  • 既存研究の答えではなく、問いの設計を読む
  • 指標ではなく、指標が何を不可視化したかを見る
  • 平均ではなく、理論が壊れる境界事例を見る
  • 対象ではなく、対象を成立させる装置を見る
  • 結果ではなく、結果を確定するルールを見る

一文に圧縮すればこうなる。 Problem Definition が異常に上手い研究者とは、現象を説明する前に、何が現象として数えられているかを疑う研究者である。

この型集自体のゲーム盤

道具は、道具自身にも向く。 十の型と変換表は、「装置と制度を問う問いは強い」という認定を暗黙に固定している。 盤面の語彙で言えば、この型集自身が、何を「強い問い」として数えるかのゲーム盤である。 その盤で数えられないもの、たとえば装置を変えずに盤上で答えの精度を極める研究の価値は、この表からは見えない。 盤を読み替える手をこの表の外にもう一つ足すとすれば、それは何か。 その問いは開いたままにしておく。

関連ノート

参照文献

素材は会話で提供された作業メモ(2026-07-20)であり、本文の型と変換表と生成プロトコルはそれを整理したものである。 系譜づけに用いた文献を DOI/URL/ISBN つきで示す。

  • Alvesson, M. & Sandberg, J. (2011). Generating Research Questions Through Problematization. Academy of Management Review 36(2):247–271. https://doi.org/10.5465/amr.2009.0188
  • Sandberg, J. & Alvesson, M. (2011). Ways of constructing research questions: gap-spotting or problematization? Organization 18(1):23–44. https://doi.org/10.1177/1350508410372151
  • Rittel, H. W. J. & Webber, M. M. (1973). Dilemmas in a General Theory of Planning. Policy Sciences 4(2):155–169. https://doi.org/10.1007/BF01405730
  • Simon, H. A. (1973). The Structure of Ill Structured Problems. Artificial Intelligence 4(3–4):181–201. https://doi.org/10.1016/0004-3702(73)90011-8
  • Getzels, J. W. & Csikszentmihalyi, M. (1976). The Creative Vision: A Longitudinal Study of Problem Finding in Art. Wiley. ISBN 9780471014867.
  • Schön, D. A. (1983). The Reflective Practitioner: How Professionals Think in Action. Basic Books. ISBN 9780465068746.
  • Bowker, G. C. & Star, S. L. (1999). Sorting Things Out: Classification and Its Consequences. MIT Press. ISBN 9780262024616.
  • Kuhn, T. S. (1962). The Structure of Scientific Revolutions. University of Chicago Press. ISBN 0-226-45808-3.
  • Dorst, K. (2011). The Core of ‘Design Thinking’ and Its Application. Design Studies 32(6):521–532. https://doi.org/10.1016/j.destud.2011.07.006
  • Dorst, K. (2015). Frame Innovation: Create New Thinking by Design. MIT Press. ISBN 9780262324311.

未検証事項

  • 0件。参照文献はすべて出版社ページ、DOI、または複数書誌源への到達で確認済み(2026-07-20)。

Footnotes

  1. Getzels, J. W. & Csikszentmihalyi, M. (1976). The Creative Vision: A Longitudinal Study of Problem Finding in Art. Wiley. ISBN 9780471014867.

  2. Schön, D. A. (1983). The Reflective Practitioner: How Professionals Think in Action. Basic Books. ISBN 9780465068746.

  3. Simon, H. A. (1973). The Structure of Ill Structured Problems. Artificial Intelligence 4(3–4):181–201. https://doi.org/10.1016/0004-3702(73)90011-8

  4. Rittel, H. W. J. & Webber, M. M. (1973). Dilemmas in a General Theory of Planning. Policy Sciences 4(2):155–169. https://doi.org/10.1007/BF01405730

  5. Sandberg, J. & Alvesson, M. (2011). Ways of constructing research questions: gap-spotting or problematization? Organization 18(1):23–44. https://doi.org/10.1177/1350508410372151

  6. Alvesson, M. & Sandberg, J. (2011). Generating Research Questions Through Problematization. Academy of Management Review 36(2):247–271. https://doi.org/10.5465/amr.2009.0188

  7. Bowker, G. C. & Star, S. L. (1999). Sorting Things Out: Classification and Its Consequences. MIT Press. ISBN 9780262024616.

  8. Kuhn, T. S. (1962). The Structure of Scientific Revolutions. University of Chicago Press. ISBN 0-226-45808-3.


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