Shuichiro Ogawa
English

Notes ・ updated 2026-07-19

見えているギャップと、見えていないスキマ

ある分野が自分の未踏領域を数える方法は、たいてい一つしかない。 既知の課題の輪郭をなぞり、その先へ線を延ばす。 未解決のベンチマーク、サーベイの末尾に並ぶ open problems、次に埋めるべき性能の穴。 AAAI が2025年3月に公開した「Future of AI Research」報告は、その典型である。 25名の研究者に475名の調査回答を重ね、17章それぞれが reasoning、factuality、alignment、agents、interpretability といった軸で課題を列挙した1。 これは分野が自らを地図化する立派な仕事だが、地図の描き方そのものは問われていない。

こうした列挙を、Dorst の用語でアブダクション1と呼べる。 既知の作業原理(何を測り、何を良しとするか)を保ったまま、未知の答えを探す推論である2。 alignment のサーベイが RICE 原理でサブ問題を割り出すのも、解釈可能性のサーベイが actionability gap を数えるのも、この型に収まる3。 これらは何を測るべきかを問うが、測る枠組み自身が何を見落とすかは問わない。

本ノートが試すのは、もう一方の型である。 Dorst がアブダクション2と呼んだのは、答えも作業原理も同時に未知で、「何を」と「どう」を一緒に見出す推論だった2。 そこで働くのがフレーム、すなわち「この作業原理で状況を見ると、こういう価値が立ち現れる」という新しい見立ての発明である4。 Peirce がアブダクション(仮説形成、retroduction とも呼んだ)を「驚くべき事実を説明する仮説を作る推論」と定めた、あの飛躍の一種にあたる5。 方法はこうなる。 既存のレンズが自明として問わない前提を一つ取り出し、それを反転する。 反転したレンズで見たときにだけ立ち現れるスキマを記述する。

この飛躍は仮説であって、確証ではない。 だから本ノートは、各スキマを「もしこのレンズで見るなら、こういう空隙が見えるはずだ」という条件文の姿勢で書く。 そして飛躍が空想に流れないよう、二つの縛りを課す。 第一に、各スキマ命題の直後に証拠水準タグ [証拠水準:強|状況証拠|著者の推定] を付し、「現に薄い」ことの根拠がどの強さかを明示する。 第二に、各フレームで既存の部分的研究を名指しで併記し、スキマを「全く未探索」ではなく「統合的方法論の未確立」「制度化の非対称」「深度の不足」へ正確に絞る。 誇張はしない。 七つのフレームは、この二つの縛りを課したうえで、非自明性、生成力、反証可能性、見落とされる構造的理由という四条件を満たすものだけを採った。

フレーム1:AIを、時間をかけて住みつく存在として見る

AI はふつう、スナップショットとして測られる。 ベンチマークはある一時点の能力を数値にし、被験者たる人間も固定した存在として扱われる。 実験の多くは一回性で、数十分から数日で閉じる。 反転してみる。 AI を、月から年の単位で人間と制度に持続的に住みつき、両者が互いを変えていく存在として見たらどうなるか。

このレンズで、まず技能の時系列というスキマが立ち上がる。 2025年の CHI で発表された Lee らの研究は、319名の知識労働者に936事例を自己申告させ、生成AIへの信頼が高いほど批判的思考が減ると報告した6。 Gerlich が同年に Societies 誌へ出した666名の調査も、頻繁なAI利用と批判的思考の負の相関を認知的オフローディングの媒介として示している7。 どちらも重要な観察だが、手法はクロスセクショナルな自己申告で、著者自身が因果も時間発展も特定できないと限界を認める。 つまり、持続的な使用が熟達の軌跡を年単位でどう作り替えるかは、これらの断面図からは見えない。 生成AIと創作者の関係を5年追った縦断研究が「先行の横断研究を時間軸で補う希少例」と自らを位置づけていること自体が、縦断が例外的であることを裏返しに示す8。 持続的な使用が技能の脱形成と再形成をどう駆動するかの縦断的な力学は、統合的な研究プログラムとして薄い。 [証拠水準:状況証拠]

ただし、この空隙を「未踏」と言い切ると躓く。 2025年8月に The Lancet Gastroenterology & Hepatology が載せた Budzyń らの多施設観察研究は、まさに技能の時系列を捉えている9。 ポーランド4施設の経験豊富な内視鏡医19名で、AI補助の導入と除去をはさんで、非AI補助の大腸内視鏡の腺腫検出率が28.4%から22.4%へ落ちた(相対20%減)。 臨床AIによる脱技能化の、最初の実証的記録である。 これがあるから、フレーム1のスキマは「縦断が皆無」ではない。 正確には、単一領域の観察を超えて、認知全般の脱形成と再形成を統合的に追う縦断デザインが確立していない、という限定になる。 BCG のコンサルタント758名を対象にした Dell’Acqua らの2023年のフィールド実験も、フロンティア内タスクで生産性と品質が大きく上がると示したが、これは一回性の効果測定であり、まさにフレーム1が問題にするスナップショット評価の典型だった10

同じレンズは、能力そのものの時間的減衰も照らす。 Shumailov らが2024年に Nature で示した model collapse は、生成物が将来の訓練に再帰的に還流すると分布の裾が消え、多様性と品質が不可逆に劣化する現象だった11。 系レベルの時間的減衰を扱う代表的な一次研究である。 だがこの結論も一枚岩ではない。 Gerstgrasser らは、合成データを実データに置換するのでなく累積すれば collapse は回避され、テスト誤差が反復回数によらず有限の上界を持つことを線形モデルで証明し、言語モデルや拡散モデルや VAE で確かめた12。 Borji は collapse を反復サンプリングの統計的必然と読み替えた13。 減衰が起きるかどうかがなお論争中であること自体が、この空隙が決着していないことの状況証拠になる。 静的なAI観がこれらを見落とすのは、ベンチマーク文化が静的で再現可能で比較可能な数値を報酬し、縦断デザインが高コストで年次の査読サイクルに載りにくいからである。

心理学と認知科学の潮流を地図化した ai-psychology-cognitive-science-trends は、AIが認知に及ぼす効果を精力的に追ってきた。 その地図が前提にしていたのは、効果を一時点の差として測る枠組みである。 AI が人間の認知に住みつき、人間の側も年をかけて作り替わっていく過程は、その断面図の外側に置かれたままになる。

フレーム2:観察の道具が、観察対象と同じ素材でできている

AI 研究者は、自分が研究する系の外に立つと想定されてきた。 AI は対象であり、研究者は中立な観察者である。 反転してみる。 AI はいまや研究の過程そのものの内側にいる。 文献レビュー、着想、コーディング、データ分析、査読を、LLM が担いはじめた。 観察の道具が、観察対象と同じ素材でできている。

このレンズで、着想の均質化というスキマが立ち上がる。 Messeri と Crockett が2024年に Nature へ寄せた論考は、AI が生産性と客観性の約束で科学者を惹きつけつつ、認知的限界を突いて「理解の錯覚」を生み、方法と問いと視座が支配的になる科学的モノカルチャーを、コミュニティ自身に見えなくすると論じた14。 ハルシネーションではなく、AIが意図どおり動くときに何が起きるかを問う警告である。 ここで注意がいる。 この論考は理論的警告であって、探索空間が現に収縮したという測定はこれからだと自ら位置づける。 だから、AI支援が発見の認識論を作り替える効果の実証は薄い、というのが正確なスキマになる。 [証拠水準:状況証拠]

この空隙も「未踏」ではない。 均質化は、個体と集団で正反対の顔を見せる。 Si らが100名超のNLP研究者にブラインド評価させた2024年の研究(ICLR 2025採択)は、LLM生成の着想が人間の専門家より新規性が高い(p<0.05)と示した15。 個体レベルではフレーム2の均質化仮説を弱める反例である。 ところが同じ研究が、スケールすると着想が収束して重複し、生成の多様性が欠けることを未解決問題として明示している。 集団レベルでは、フレーム2を支持するのだ。 LLM群の出力が人間の集団より意味や構造や文体で似通う creative homogeneity も、複数の実証が報告する16。 つまりスキマは、個体の新規性ではなく、集団規模で探索空間が縮む過程を測る再帰的メタサイエンスの側にある。

道具が対象に入り込む例は、査読にも及ぶ。 Sakana AI の The AI Scientist は着想から実験、執筆、査読までを自動化し、v2 は workshop レベルの自動発見を主張した17。 AI が研究過程そのものを担いはじめた具体例である。 一方、ICLR 2025 の2万件のレビューを対象にしたランダム化研究は、LLM支援フィードバックが明瞭性と実行可能性を有意に改善したと報告する18。 査読へのLLM流入が一律に害とは言えない、という射程限定の反例だ。 それでも、AIで書かれたAI研究が分野に及ぼす再帰的効果を体系的に測る営みは、まだ立っていない。 再帰性が計算機科学に土着でなく、STS や人文学の習慣にとどまってきたことが、この盲点の構造的な理由である。 [証拠水準:状況証拠]

社会科学の研究潮流を地図化した ai-social-science-research-trends は、LLM を研究の道具として使う手法とその妥当性批判を丁寧に追った。 その地図が前提にしていたのは、道具を使う研究者と、使われる道具が分離しているという構図である。 道具が分野の産出そのものを書き換え、その効果が分野自身の目に映らないという再帰の環は、その分離の裏で回りつづける。

フレーム3:AIを、個体ではなく生態系の一員として見る

評価は、一つのモデルを、一人のユーザーと、一つのタスクで、孤立して行われる。 反転してみる。 AI を生態系の一員として見る。 多数のモデルが相互作用し、人間とAIと環境がひとつの系をなし、市場と制度がその挙動を条件づける。

このレンズで、集団規模の創発というスキマが立ち上がる。 だが、ここは既存研究が厚い領域なので、慎重に射程を絞らねばならない。 Ashery らが2025年に Science Advances で示したのは、中央調整のないLLMエージェント集団(N=24、頑健性確認でN=200まで)が、自発的に共有された命名規範を形成し、個々に偏りがなくても集団レベルの偏りが創発する現象だった19。 Calvano らが2020年に American Economic Review で示したのは、Q-learning の価格アルゴリズムが明示的な通信なしに競争水準を超える価格を学習し、暗黙の共謀を安定的に形成することだった20。 規範創発も、アルゴリズム共謀も、すでに実証されている。 したがって「生態としてのAIは全く未探索」は誇張になる。

正確なスキマは、各断面を貫く単位のほうにある。 規範創発は naming game という課題内の実験であり、実世界の制度や市場に埋め込まれた挙動ではない。 アルゴリズム共謀は単純な二者から寡占のモデルで、LLMエージェント多数が多タスクで絡む生態系ではない。 系レベルのフィードバック(生成物の訓練還流)は model collapse として実証されたが(前掲11)、これは単一モデルの閉ループが主だった。 つまり、多数のモデルと人間と制度と市場を一つの系として扱う統合的な評価単位が確立していない。 [証拠水準:状況証拠] Cooperative AI Foundation の51名が書いた技術レポートが、複数エージェントの同時展開のリスクを「novel and under-explored」と当事者として明言し、失敗様態を Miscoordination、Conflict、Collusion の3類型に整理していることは、この統合単位の不在を分野の内側から支える21。 金融領域では、後にSEC委員長となる Gensler が2020年に、共有された foundation model への依存が均質化と集中リスクを高めうると論じていた22。 生態系的な視角の先行例だが、単一ドメインの政策議論にとどまる。 評価単位を個体に切り出すベンチマークのパラダイムそのものが、系レベルの現象を構造的に見えなくしている。

経済学の研究潮流を地図化した ai-economics-research-trends は、AIが市場や労働に及ぼす効果を精緻に扱ってきた。 その地図が前提にしていたのは、AIを外生的なショックとして市場に投入する構図である。 多数のAIと人間と制度が互いを条件づけあい、一つの系として共進化していく動態は、外生ショックの枠組みでは単位として立てられない。

フレーム4:失敗と非知を、一級の知として扱う

分野は成功を出版する。 SOTA、肯定的結果、うまくいった手法。 反転してみる。 失敗、否定的結果、「なぜ機能しないか」を一級の知として扱う。 何が測れないかを、研究対象にする。

このレンズで、失敗の体系化の非対称というスキマが立ち上がる。 ここも既存研究が確かにある。 Kapoor と Narayanan が2023年に Patterns で報告した data leakage は、機械学習に基づく科学の広範な失敗様態で、17分野の数百本規模の論文に影響し、8類型に整理された23。 失敗様態を系統的にアーカイブした稀な例である。 NeurIPS 2019 の再現性プログラムは、コード提出方針、再現チャレンジ、チェックリストを制度として導入した24。 否定的結果の共有を掲げる ICBINB ワークショップも、2020年以降くり返し開かれてきた25。 だから「非知の体系化が皆無」は誤りになる。

正確なスキマは、非対称のほうにある。 再現性の受け皿はチェックリストとチャレンジの段階にとどまり、否定的結果の場は本会議トラックでなく散発的なワークショップに置かれている。 非知が一級の知として制度化されず、周縁化されている。 [証拠水準:状況証拠] この非対称は、出版文化の値づけそのものに根がある。 Birhane らが100本の高被引用ML論文を分析した2022年のFAccT論文は、最頻の6価値が性能、汎化、定量的証拠、効率、先行研究への積み上げ、新規性であり、社会的必要との接続を正当化するのは15%、負の潜在影響を論じるのはわずか1%だったと示した26。 測る対象そのものが少数に固定される様子も、Koch らのデータセット分析が、使用が少数のエリート機関発のデータセットに集中し、集中度が近年 Gini 0.80 超まで上がったと報告している27

同じレンズは、測れないものの隠蔽も照らす。 Raji らが2021年のNeurIPSで論じたように、少数の「general」ベンチマークが汎用能力の代理指標として神聖視されるが、その枠づけは construct validity を欠き、能力を著しく misrepresent する28。 Wagstaff が2012年に定式化した、測れるものだけを見る街灯効果の古典的批判が、その源流にある29。 さらに、うまくいくことは示せても「なぜうまくいくか」の機構理論が遅れる非対称もある。 Zhang らは、SOTAの畳み込みネットがランダムラベルを容易に暗記でき、古典的な一般化理論では深層網がなぜ汎化するかを説明できないと示した30。 機構的解釈可能性は活発な研究対象だが、Williams らの2025年のポジション論文は、MI 研究が「何が妥当な説明か」を定義できていない前パラダイム的段階にあると当事者として指摘する31。 街灯効果、出版バイアス、SOTA追跡のインセンティブが、測れるものだけを照らしつづける。 非知の側の遅れは「不在」ではなく、成功の側との「速度差」である。 [証拠水準:状況証拠]

人文学とデジタルヒューマニティーズの潮流を地図化した ai-humanities-digital-humanities-trends は、意味や解釈やテクストをAIでどう扱うかを追った。 その地図が前提にしていたのは、対象が読み解ける、意味が取り出せるという楽観である。 何が構造的に読み解けないか、何が測定の外に残るかを積極的に主題化する営みは、その楽観の裏で手薄になる。

フレーム5:認知の多様性を、例外ではなく設計の起点に置く

暗黙のユーザーは、標準的な能力をもつ識字済みの成人である。 多くは WEIRD な母集団、すなわち西洋の、教育を受けた、工業化された、裕福で民主的な社会の出身である。 反転してみる。 認知的な多様性と身体的な多様性を中心に置く。 障害者、学習途上の者、高齢者、低識字者、神経学的少数者を、例外でなく設計の起点にする。

このレンズで、既定ユーザーの符号化というスキマが立ち上がる。 その学問的な出所は、Henrich らが2010年に示した、行動科学の被験者の大半が世界人口の一部にすぎない WEIRD 母集団に由来するという批判にある32。 AI研究にも同じ偏りが刻まれている。 Septiandri らが2023年のFAccTで、公正性研究の人間被験者研究128本を分析したところ、84%が西洋国の参加者のみに、63%が米国参加者のみに依存していた33。 公正を論じる研究それ自体が、世界人口の非典型な標本に立脚しているのだ。

この空隙も、個別研究としては存在する。 Carik らは神経多様な61コミュニティの議論を質的に分析し、LLM応答が過度に定型発達的で、ユーザーがプロンプト共有などコミュニティ主導の回避策で穴を埋めている構図を示した34。 Jang らのCHI 2024研究では、自閉当事者11名が職場コミュニケーションでLLMを強く選好したが、専門職コーチはその助言を「疑わしい」と評した35。 ユーザー満足と専門家基準が乖離し、満足度ベースの評価では捉えられない残余が残る。 これらの研究がAI側の適応でなく当事者側の適応で穴を埋めていること、そして障害当事者のデータが欠けたまま設計が進むことが繰り返し報告される。

だから、正確なスキマは統合と制度化のほうにある。 散発的な個別研究はあるが、認知多様性を設計の起点かつ評価の既定に据える統合的なプログラムがない。 [証拠水準:強] Moharana らがAIES 2025で、AI実務者25名への聞き取りから、責任あるAIとアクセシビリティの交差が組織内でサイロ化し、正式構造の不在をボランティアや草の根が埋めている実態を示したのは、この構造の一次証拠である36。 そもそもベンチマークが既定ユーザーを符号化してしまうこと、報酬モデルが少数のアノテータの選好に依存することが、この偏りを機構として支える。 Kirk らのPRISMデータセット(75か国1,500名、NeurIPS 2024)は、どの人間がどのalignmentデータを提供するかを正面から対象化した好例だが37、こうした取り組みが例外的で標準化されていない点にこそスキマがある。

教育と学習科学の潮流を地図化した ai-education-learning-sciences-trends は、学習者へのAIの効果を熱心に追ってきた。 その地図が前提にしていたのは、標準的な学習者という平均像である。 非標準の認知を持つ学習者を平均への逸脱でなく設計の出発点に据える視角は、その平均像の陰に置かれたままになる。

フレーム6:AIの知を、文化的に位置づけられたものとして見る

訓練データも評価も「知識」も、英語圏と西洋を中心に組み立てられ、そこで通用する諸概念は普遍だと仮定される。 反転してみる。 AI の知を、文化的に位置づけられたものとして見る。 非西洋の認識論や倫理枠組みを、翻訳すべき対象でなく、それ自体を研究する対象として立てる。

このフレームは、他とは事情が違う。 「未探索」ではなく「既存研究があり深度が浅い」フレームである。 西洋中心の符号化は大規模に実証されている。 Tao らが2024年に PNAS Nexus で、GPT系の出力がWorld Values Surveyの尺度で英語圏とプロテスタント欧州に最も整合し、ヨルダンやリビアやガーナから大きく乖離すると示した38。 BLEnD(NeurIPS 2024)は、オンライン表現の多い文化ほどLLMの性能が高く、GPT-4でも文化間で最大57.34%の差が開くことを、52.6kのQAで測った39。 思想の側も確立している。 Mohamed らが2020年に脱植民地的AIを、社会技術的先見のツールとして理論化した40。 Sambasivan らはインドの文脈で、主流の公正研究がサブグループや価値や方法においてWest-centricだと論じ、指標の「再構想」まで踏み込んだ41。 だから、ここで「未探索のスキマ」と書けば、これらの研究で即座に反証される。

スキマは、量ではなく深度と射程のほうにある。 第一に、「文化」概念の統一的な定義が不在である。 Liu らの文化認識NLPの体系的サーベイ(TACL 2024/2025)は、「文化」の共有された理解が依然として不明だと断言し、細粒度の分類を提案しつつ埋めるべきギャップを列挙する42。 第二に、非西洋の倫理枠組みの工学的操作化が欠けている。 ubuntu や儒教的徳倫理や仏教的慈悲は論考のなかで言及されても、評価や訓練へ埋め込む操作化はほぼ未着手である43。 第三に、そして最も厄介なのが、文化多様性の向上と普遍的人権のトレードオフである。 Zhou らがAIES 2025で5つのLLMをWVSで測ったところ、西洋価値への整合を弱めると文化的多様性は増すが、人権(特にジェンダー平等)に反する出力が2〜4%増えた44。 「非西洋を独自対象に」という素朴な処方に、事実が緊張を突きつける。 文化概念の統一的定義の不在、非西洋倫理の工学的操作化の欠如、多様性と普遍的人権のトレードオフ、この三点にスキマは絞られる。 [証拠水準:強] データの可用性、評価に使う言語、英語での出版という制度が、この深度不足を支えている。

芸術と文化研究の潮流を地図化した ai-arts-culture-studies-trends は、AIが文化の生成と解釈にどう関わるかを追った。 その地図が前提にしていたのは、文化を対象として眺める観察者の視点である。 評価指標そのものにどの文化の価値が埋め込まれているか、誰の「常識」が符号化されているかは、その観察者の足元に敷かれたまま問われにくい。

フレーム7:分野が、自らの陰画を地図化する

分野は自らの進捗を地図化する。 リーダーボード、サーベイ、ロードマップ。 だが、自らの陰画、すなわち構造的に見えないものを地図化する方法を、分野はもたない。 反転してみる。 アブダクション2を分野自身に再帰的に適用し、盲点を体系的に描く反省的な方法を、研究プログラムとして立てる。

このフレームは、七つのうちで最も推定的である。 裏づけとして引ける道具は、いずれもAIに固有でない一般的な科学哲学のものだからだ。 Kuhn は、normal science の期間、研究者はパラダイムを正しいと仮定して細部を精緻化し、枠組み自体を問わないと論じた45。 盲点はパラダイムの内部からは構造的に不可視になる。 Wimsatt は、我々が限られた存在としてヒューリスティクスの上に知を築くこと、そのヒューリスティクスが検出可能な系統的バイアスを持ち、そのバイアスがヒューリスティクスの作動を露呈させることを示した46。 測れるものだけを照らす街灯効果は、Kaplan が1964年に「酔漢の探索」として定式化した47。 これらをAI研究へ再帰適用するのが、フレーム7の飛躍である。 その飛躍は仮説であって、確証ではない。 [証拠水準:著者の推定]

飛躍が空想でない証拠は、近年の実証に一つある。 Traberg らが2026年に Communications Psychology で、生成AI研究への殺到が話題と方法と言語の収斂フィードバックを生み、科学的想像力を平板化させると論じた48。 多様な問いが「AIと〜」へ再枠づけされ、LLMが標準的な分析ツールとして実験や質的手法やエスノグラフィの伝統を置き換え、“trustworthy AI” のような言い回しが反復される。 分野が自らの探索空間を収縮させている、その一断面が測られている。 これは、フレーム7の再帰的メタサイエンスが現に部分的に存在することを示す。 だから、フレーム7のスキマも「不在」ではない。 「未知の未知」を系統的に地図化する反省的方法が、散発的な実証を超えて研究プログラムとして立っていない、という限定になる。 [証拠水準:著者の推定]

サーベイは、既存物からの外挿である。 それはアブダクション1の産物であり、構造的に排除されているものを見ない。 本ノート自体がその外挿の限界を出ていない。 ここに並べた七つのフレームも、著者の視座が照らせた範囲の反転にすぎず、照らせなかった前提は数え上げられていない。 進捗を測る道具は、まさにその道具自身のフレームを見られない。

法とガバナンスの潮流を地図化した ai-law-governance-research-trends は、AIを何をもって規制し、何を測って統治するかを追った。 その地図が前提にしていたのは、統治すべき対象の輪郭がすでに見えているという想定である。 統治の網が構造的に掬えないもの、測定の枠組みが陰画として排除するものを地図化する方法は、その輪郭の外にある。

だから、閉じずに一つ問いを残す。 分野が自らの盲点を地図化する方法を仮に手にしたとして、その方法自身の盲点は、誰がどうやって地図化するのか。 Wimsatt に従えば、道具のバイアスは検出可能で、それ自身の作動を露わにするはずだ。 だが、その検出を担う次の道具もまた、自らの陰画を持つ。 この後退がどこで止まるのか、あるいは止まらないのかは、本ノートの手には負えない。

関連ノート

  • ai-capability-relational-ontology — ここで挙げたスキマの一つを、ド・ブロイ的な対称性の完成でさらに深掘りした続編。能力は測定が明らかにするのでなく立ち上げる、という関係論的存在論とその文脈依存性の検定
  • ai-research-gaps-revisited — 本ノートのカタログを、精緻化した規律(前提解除→対称性反転→操作化のA–Gシート)で再訪し、対称性完成型と被覆型を選り分け、内生的スケール則という新しい盲点を掘り当てた続編

参照文献

方法の出典、および各フレームの証拠として実在を確認した文献を DOI/URL つきで示す。 書誌の一部が未確定または本文到達が未達のものには [要一次検証] を付す。 出典追跡、確度、射程限定の材料を含む内部作業台帳は source/review/ai-research-gaps-abduction/papers.md(リポジトリ内部の非公開ファイル)。

方法(アブダクション2、フレーム、仮説形成)

  • Dorst, K. (2011). The Core of ‘Design Thinking’ and Its Application. Design Studies 32(6), 521–532. https://doi.org/10.1016/j.destud.2011.07.006
  • Dorst, K. (2015). Frame Innovation: Create New Thinking by Design. MIT Press. ISBN 9780262324311.
  • Peirce, C. S. (1933–1958). Collected Papers of Charles S. Peirce (8 vols.), eds. C. Hartshorne, P. Weiss & A. W. Burks. Harvard University Press.(特定の巻・段落番号は [要一次検証]

演繹的土台、メタサイエンス、科学哲学

  • AAAI (2025). Presidential Panel on the Future of AI Research. https://aaai.org/about-aaai/presidential-panel-on-the-future-of-ai-research/ (各章本文は [要一次検証]
  • Ji, J. et al. (2023). AI Alignment: A Comprehensive Survey. arXiv:2310.19852. https://arxiv.org/abs/2310.19852
  • Birhane, A., Kalluri, P., Card, D., Agnew, W., Dotan, R., Bao, M. (2022). The Values Encoded in Machine Learning Research. FAccT ‘22. https://doi.org/10.1145/3531146.3533083
  • Koch, B., Denton, E., Hanna, A., Foster, J. G. (2021). Reduced, Reused and Recycled: The Life of a Dataset in Machine Learning Research. NeurIPS 2021 D&B. https://arxiv.org/abs/2112.01716 (定量値は [要一次検証]
  • Kuhn, T. S. (1962). The Structure of Scientific Revolutions. University of Chicago Press. ISBN 0-226-45808-3.
  • Wimsatt, W. C. (2007). Re-Engineering Philosophy for Limited Beings. Harvard University Press. ISBN 9780674015456.
  • Kaplan, A. (1964). The Conduct of Inquiry: Methodology for Behavioral Science. Chandler.(街灯効果、p. 11)
  • Traberg, C. S., Roozenbeek, J., van der Linden, S. (2026). AI is turning research into a scientific monoculture. Communications Psychology 4:37. https://doi.org/10.1038/s44271-026-00428-5

フレーム1(時間地平)とフレーム3(生態)

フレーム2(研究の再帰性)

フレーム4(非知と失敗の体系化の不在)

フレーム5(認知多様性)とフレーム6(認識論の一元性)

未検証事項([要一次検証]

本文および参照文献で射程が限定的なもの、本文への到達が未達のものを集約する。

  • Peirce の具体的な巻・段落番号(Collected Papers の引用番号は文献ごとに揺れる)。
  • AAAI 2025 報告の各章本文(章題と規模はランディングページで確認、本文はバイナリPDFで未抽出)。
  • Koch et al. (2021) の定量値(Gini 0.80 超、少数機関への使用集中)の一次数値。
  • Kapoor & Narayanan (2023) の波及論文数(preprint 版 329 と Patterns 版 294 で食い違い、本文で「17分野の数百本規模」と記述)。
  • Gensler & Bailey (2020) の本文詳細(メタは三重照合済、本文 PDF は抽出不可)。
  • The AI Scientist v2(arXiv:2504.08066)と LLM 査読支援RCT(arXiv:2504.09737)の最終掲載と査読のステータス。
  • creative homogeneity の2論文(ScienceDirect S294988212500091X / arXiv:2501.19361)の掲載誌・巻号。
  • Henrich et al. (2010) 原典 DOI の直接到達(内容は複数二次源で一貫確認)。
  • Liu et al. (2024, TACL) の「低資源言語は評価ベンチマークの6.2%」等の一次数値。
  • 非西洋倫理(ubuntu / 儒教 / 仏教)の AI 倫理への取り込みに関する論考群の各原典。
  • フレーム1の縦断希少例 arXiv:2511.03117 の査読ステータス。

Footnotes

  1. AAAI (2025). Presidential Panel on the Future of AI Research. Association for the Advancement of Artificial Intelligence. https://aaai.org/about-aaai/presidential-panel-on-the-future-of-ai-research/ /PDF: https://aaai.org/wp-content/uploads/2025/03/AAAI-2025-PresPanel-Report-Digital-3.7.25.pdf(章題と規模はランディングページで確認。各章本文は [要一次検証]

  2. Dorst, K. (2011). The Core of ‘Design Thinking’ and Its Application. Design Studies 32(6), 521–532. https://doi.org/10.1016/j.destud.2011.07.006 2

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  16. 例として “Homogenizing effect of LLMs on creative diversity”(ScienceDirect S294988212500091X)、“We’re Different, We’re the Same”(arXiv:2501.19361)。掲載誌・巻号は [要一次検証]

  17. Sakana AI, The AI Scientist v2. arXiv:2504.08066. https://arxiv.org/pdf/2504.08066 /第三者評価 Beel et al., arXiv:2502.14297. 査読ステータスは [要一次検証]

  18. Can LLM feedback enhance review quality? arXiv:2504.09737(ICLR 2025、2万件RCT). https://arxiv.org/pdf/2504.09737 最終掲載ステータスは [要一次検証]

  19. Ashery, A. F., Aiello, L. M., Baronchelli, A. (2025). Emergent social conventions and collective bias in LLM populations. Science Advances 11(20):eadu9368. https://doi.org/10.1126/sciadv.adu9368

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  22. Gensler, G. & Bailey, L. (2020). Deep Learning and Financial Stability. MIT / SSRN 3723132. https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=3723132(本文詳細は [要一次検証]

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