Shuichiro Ogawa
English

ノート · updated 2026-10-03

40〜50代のおじさんはなぜ AI を強く推すのか:ファミコン、ポケベル、インターネットとの比較

2026 年に 40〜50 代の人(1976〜1986 年生まれ)が生成 AI を強く推す理由を、この世代が子ども期から経験した情報革命と比べて整理した。日本の公的統計、技術世代論、期待の社会学、生成 AI 利用の実証研究、日本の情報化の社会史から 22 件を使った。

目次(11)
  1. 一番使っている人が、一番推しているわけではない
  2. スコープと方法
  3. 五つの革命を年齢に当てはめる
  4. ファミコンは外遊びを奪ったのか
  5. ポケベルとケータイは誰のものだったか
  6. インターネットは形成期のただ中に来た
  7. 推す理由の四つの仮説
  8. なぜ「おじさん」、つまり男性なのか
  9. 反対側の事実
  10. 空白(未充足の論点)
  11. Footnotes

一番使っている人が、一番推しているわけではない

「これからは AI だ」と一番熱く語るのは 40〜50 代の男性だ、という実感がある。 この実感そのものを年齢別に測った統計は見つからなかった。 ただ、その人たちが一番使っているかというと、統計はそうなっていない。

総務省の 2025 年度の調査(2026 年 1〜2 月、日本の有効回答 1,236 人)で、生成 AI を使ったことがある人は 20〜29 歳で 78.2%、40〜49 歳で 49.0%、50〜59 歳で 44.2% だった。 15〜19 歳は 91.7% である。 使う量では若い人が先を行き、40〜50 代は真ん中より下にいる。

米国でも形は似ている。 Bick らが 2024 年に米国の 18〜64 歳を調べたところ、仕事で生成 AI を使う人は 18〜29 歳で 28.7%、30〜39 歳で 31.0%、40〜49 歳で 30.5%、50〜64 歳で 17.5% だった。 40 代は若い層と並ぶが、上回ってはいない。

そうすると、問いはこう言い直せる。 使う量では一番でないのに、なぜ推す声は大きいのか。 このノートは、この世代が子どものころから経験してきた情報革命を並べ、そこから声の大きさの理由を探る。 「推す声の大きさ」そのものを年齢別に測った研究は見つからなかったので、ここで示す理由は、確かめた事実から立てた仮説である。

スコープと方法

対象の世代:2026 年に 40〜50 歳の人、つまり 1976〜1986 年生まれとした。 依頼の「おじさん」に合わせて男性を主に考えるが、統計の多くは男女をまとめた値である。

比べる情報革命:依頼にあった三つ(テレビゲーム、ポケベルと携帯電話、インターネット)に、抜けている候補として、ケータイのインターネット(iモード)とスマートフォンを足した。 足した理由は「五つの革命を年齢に当てはめる」の節で述べる。

資料:日本の公的統計と白書(総務省、日本学術会議)、企業の公式資料(任天堂、NTT ドコモ)、技術世代論と態度形成の研究、期待の社会学、生成 AI 利用の実証研究、日本の情報化の社会史と経済史の文献から 22 件を使った。 参照した資料はすべて本文を取得し、数値と主張は本文の該当箇所で照合した。 本文が取れず要旨しか読めなかった文献(Humlum と Vestergaard 2025、Nakagomi ら 2025、Kushida 2011、Jorgenson と Motohashi 2005、Vogel 2013)は、要旨の範囲だけを使い、本文中でその旨を書いた。

限界:「推す」は利用率と別の行動で、年齢別、性別に測った統計はない。 このため、このノートは利用と立場の統計、形成期の研究、各革命の社会史を突き合わせて仮説を立てるところまでで止まる。

五つの革命を年齢に当てはめる

1976〜1986 年生まれの人が、それぞれの革命が来たときに何歳だったかを並べる。

情報革命目安の時期1976〜86 年生まれの年齢変わったもの最初に担った人
① ファミコン1983 年 7 月発売0〜7 歳家の中の遊び子ども
② ポケベル、携帯電話ポケベル契約のピークは 1995 年度9〜19 歳(1995 年)待ち合わせ、家族の電話から個人の電話へ仕事で持たされた大人、のちに女子高生
③ インターネット1995 年 Windows 95、1999 年末に個人の利用率 21.4%13〜23 歳(1999 年)情報の探し方、買い方、働き方のほぼすべて学生と若い大人、企業
④ ケータイのインターネット(追加)1999 年 2 月 iモード開始12〜23 歳電話がネットの端末になる中高生と大学生
⑤ スマートフォン(追加)世帯保有率 2010 年 9.7%、2012 年 49.5%24〜36 歳(2010〜2012 年)いつでもどこでもつながる働く大人を含む全世代
⑥ 生成 AI2022 年 11 月 ChatGPT 公開36〜46 歳(2022 年)、今 40〜50 歳文章、画像、コードを作る仕事個人では若い人が多く使う。企業調査の回答者は管理職以上

ファミコンは 1983 年 7 月 15 日に発売され、国内で累計 1,935 万台が売れた(任天堂)。 ポケットベルの契約数は 1995 年度に約 1,000 万を超えて山になり、1996 年 6 月を境に減りはじめた(NTT ドコモの技術誌、図 1)1。 インターネットの個人の利用者は 1997 年末に 1,155 万人(9.2%)、1999 年末に 2,706 万人(21.4%)、2000 年末に 4,708 万人(37.1%)と増えた(総務省 平成 22 年版情報通信白書)2。 総務省の令和元年版白書は、1995 年の Windows 95 がインターネットが一般に広まる大きな契機になったと「いわれている」と書き、その前のパソコン通信の利用者は 1996 年に 573 万人まで増えたと記す。 iモードは 1999 年 2 月 22 日に始まり、「話すケータイから使うケータイへ」をうたった(NTT ドコモ)。 スマートフォンの世帯保有率は 2010 年末 9.7%、2011 年末 29.3%、2012 年末 49.5% と上がった(総務省 平成 25 年版白書)。

④と⑤を足したのは、この表の右から 2 列目が理由になる。 ④の iモードは、日本で電話がネットの端末になった出来事で、③とは別の場所(ポケットの中)で別の層(中高生)から広がった。 ⑤のスマートフォンは、この世代が初めて「大人になってから」受け取った情報革命で、③までとは受け取る立場が違う。 この二つを入れないと、⑥の生成 AI を「形成期を過ぎて受け取る革命」として比べる相手がいなくなる。

ファミコンは外遊びを奪ったのか

依頼の①には、ファミコンで子どもの遊びが外から家の中に移った、という見立てがある。 この見立ては、時期の点で修正が要る。

日本学術会議の子どもの成育環境分科会の提言(2013 年)は、外遊びの時間が 1965 年頃を境に内遊びより少なくなったと書く。 同じ提言は、1955 年頃から 1975 年頃までの 20 年(第一の変化)で外遊びの時間が男子で 3.2 時間から 1.8 時間、女子で 2.3 時間から 1.0 時間に半減したとし、「子どもから外遊びを奪ったのはテレビ」と述べる。 その次の 20 年(1995 年頃まで、第二の変化)で外遊びの時間はさらに 0.62 時間まで減り、提言は塾やスポーツクラブなどの習い事の増加をその一因に挙げる。 ファミコンの発売は、この第二の変化の途中にあたる。

富山県の小学生を 2005 年に調べた鶴山らも、今一番好きな遊びは「ゲーム、パソコン」(38.3%)と「外遊び」(36.8%)がほぼ並ぶと報告し、外遊びが減る理由を、遊ぶ空間の減少、塾や習い事による時間の無さ、少子化による仲間の減少が重なったものと考察した。 したがって、ファミコンが遊びの室内化を始めたのではない。 テレビと習い事ですでに室内に移っていた遊びに、「自分で操作できる画面」という新しい中身を入れたのがファミコンだった、と言うほうが資料に合う。

この修正は、⑥との比較にも効く。 ファミコンが残したのは、場所の移動よりも、画面の中のものを自分で動かせるという手触りのほうである。 1976〜1986 年生まれの男子の多くは、情報技術にこの「操作する側」から入った。

ポケベルとケータイは誰のものだったか

ポケベルは、最初は大人が仕事で持たされる呼び出しの道具だった。 NTT ドコモの技術誌は、緊急の呼び出しにだけ使われていた時代の利用者の意識を「持たされ」「拘束される」と書いている。 数字やカナを送れるようになってから、それまで使っていなかった層に市場が広がった。

その層の中心は、若い女性だった。 Ito と Okabe(2005)は、東京近郊の高校生と大学生への面接(2000 年冬)と、2003 年までの 7 月から 2 月にかけて集めたコミュニケーション日記から、メッセージの道具がポケベルの時代から女子、特に「コギャル」と強く結びついていたと書く。 同じ箇所で、ゲームとコンピュータに結びつけられた男子の「オタク」と対比して、メディアに長けた女子はポケベルや携帯電話のような通信の道具と結びつけられてきたと述べる3。 Ito と Okabe が日記を集めた大学生(18〜21 歳)は、調査時期から逆算するとおおむね 1981〜1985 年の生まれで、このノートの世代の後半にあたる。 著者らによれば、この世代のヘビーユーザーの多くは 90 年代半ばの中学高校でポケベルを使い、PHS を経て、90 年代後半にケータイのインターネットへ移った。

②からは二つのことが読める。 一つは、通信の革命が、遊びと人付き合いの道具としては女子の側から広がったと受け止められていたことである。 もう一つは、そのたびに大人が若者を心配していたことである。 1976〜1986 年生まれは、心配される側にいた。

インターネットは形成期のただ中に来た

③のインターネットは、この世代にとってほかの革命と位置が違う。 その違いを説明するのが、技術世代(technology generation)の考え方である。

Sackmann と Winkler(2013)は、1990 年代前半にドイツで作られた技術世代の考え方をまとめ直した。 その定義では、技術世代は、新しい技術が世帯の 20% に広まった時期に、形成期(ほぼ 15〜25 歳)を過ごした出生コーホートとして生まれる。 ドイツではインターネットの世帯普及が 2000 年に 20% を超えたので、1980 年以降の生まれがインターネット世代になり、1964〜1979 年生まれはその前のコンピュータ世代にあたる。

日本では、個人のインターネット利用率が 20% を超えたのが 1999 年末(21.4%)だった。 指標が世帯と個人で違ううえ、著者ら自身も区分は欧州の普及の型にもとづくので他の地域では調整が要ると断っているため、目安にとどまるが、時期はドイツとほぼ同じである。 この時期に 1976〜1986 年生まれは 13〜23 歳で、形成期に入る途中か、そのただ中にいた。 ドイツの区分をそのまま当てると、この世代の前半(1976〜1979 年生まれ)はコンピュータ世代の最後、後半(1980〜1986 年生まれ)はインターネット世代の最初になる。 どちらにしても、この世代は「インターネットが社会を変えていく途中」を、考え方が固まる年ごろに見た。

形成期が後の考え方を決めるという考えには、別の系統の裏づけもある。 Krosnick と Alwin(1989)は、米国の選挙パネル調査から、態度は青年期の終わりから成人の初めに変わりやすく、その後は急に変わりにくくなる、という impressionable years 仮説(感受性の高い年ごろの仮説)を支持する結果を出した。 年をとるにつれて少しずつ固くなるという対立仮説は退けられた。 この研究が扱ったのは政治的な態度で、技術への態度ではない。 技術観に当てはめるのは、このノートの推論である。

③と④は、この世代にとって「若いうちに見た、すべてを変えた革命」だった。 依頼文が③に「すべてが変わった」と書き添えているのも、この経験の言い方として読める。 ⑤のスマートフォンは、すでに働いていた年齢で受け取った。 ⑥の生成 AI は、形成期を 15〜20 年過ぎてから来た。

推す理由の四つの仮説

ここまでの事実から、40〜50 代が AI を強く推す理由として四つの仮説を立てる。 どれも、推す声そのものを測った研究で確かめたものではない。

仮説 1:形成期に見た「すべてが変わる」場面が型になる

この世代は、形成期にインターネットが社会を変えていく過程を見た。 その経験は、新しい情報技術を見たときに「これも同じように全部を変える」と読む型になりうる。 Sackmann と Winkler は、技術世代は形成期に技術の操作画面や用途とやり取りする中で形づくられ、それが後の新しい技術への接し方と使い方に影響すると書く。 生成 AI は、その型に当てはまって見えやすい。 Bick らは、生成 AI の普及が PC やインターネットより速いと報告しており、仕事外の利用まで含めると、最初の大衆向け製品から 2 年後の時点で PC とインターネットを上回った。 「前に見たあれより速い」という見え方が、型をさらに強めると考えられる。

仮説 2:過去に語られた未来を、今の未来の主張に使う

Brown と Michael(2003)は、技術についての期待を社会学的に扱う中で、二つの働きを分けた。 過去にその技術の未来がどう語られていたかを思い出すこと(retrospecting prospects)と、その思い出した未来を今の時点の未来づくりに組み込むこと(prospecting retrospects)である。

40〜50 代が AI を推すときに「インターネットのときもそうだった」と言うなら、それは、③の時代に語られた未来(とその多くが実現したこと)を思い出し、AI の未来の主張の根拠に使う動きとして読める。 この世代は、③の未来の語りを若いときに聞き、それが実際に起きたのを大人になってから見た。 だから、過去の未来を「当たった予言」として持っている。 若い世代は③を所与として育ったので、同じ思い出を持たない。

仮説 3:日本が先に行って取り残された記憶

④の iモードは、日本が世界より先にケータイでネットを使えるようにした出来事だった。 しかし、その先行は世界に広がらなかった。 Kushida(2011)は要旨で、日本の通信分野が世界の市場から切り離され、国内で勝つことが世界で負けることにつながる「ガラパゴス効果」が生じたと述べ、その原因を技術の選び方の誤りだけでなく、政治と規制が形づくった競争の動きに求めた。 Vogel(2013)は要旨で、日本は電機、特に情報通信のハードウェアという最も強かった分野で優位を失い、市場占有率、輸出、利益のどれでも落ちたと書く。 Jorgenson と Motohashi(2005)は要旨で、日本の GDP に占める IT 投資の比率は 1995 年以降に急に上がったが、IT 以外の部門の生産性の伸びは米国に大きく遅れたと報告した。

1976〜1986 年生まれは、④の先行を中高生や大学生として使い、日本の電機が強みを失っていく 2000 年代から 2010 年代を、働き始めた大人として見た。 この経験は、「先に持っていても、乗り方を間違えると取り残される」という教訓として残りうる。 生成 AI でも、日本の企業の活用方針(積極的と限定的の合計)は 68.9% で、米国の 82.8% より低い(総務省 2025 年度調査)。 推す声の強さには、「今度は乗り遅れるな」という焦りが混ざっていると考えられる。

仮説 4:初めて決める側で迎える革命

①から④まで、この世代は新しい技術を最初に使う若い側で、大人に心配される側だった。 学術会議の提言は過度なテレビゲーム遊びを控えるべきと書き、ポケベルとケータイは若者の乱れを嘆く大人の言説とともに広まった(Ito と Okabe)。 ⑤のスマートフォンでは、働く大人として受け取った。

⑥の生成 AI では、この世代は初めて、職場で導入を決める側にいる。 総務省の 2025 年度の企業調査は、従業員 10 人以上の企業の管理職以上を回答者にしており、日本では 86.4% が自社の何らかの業務で生成 AI を使っていると答えた。 「会社として AI を推す」声は、この調査の回答者のような立場の人から出やすいと考えられる。 使う量(個人の利用率)と、推す声(組織の中で導入を進める発言)は、別の場所で測られる。 若い人は個人として使い、40〜50 代は組織として推す、という分担が、冒頭の「使う量では一番でないのに推す声は大きい」というずれを生んでいる可能性がある。

なぜ「おじさん」、つまり男性なのか

男性に偏る理由は、資料からは半分しか説明できない。

説明できる半分は、生成 AI の利用そのものが男性に偏っていることである。 Bick らの米国の調査では、仕事での利用は男性が女性より 7.5 ポイント高かった。 1984 年の PC は逆に女性が 6 ポイント高く、著者らは秘書などの事務職に女性が多かったことを理由に挙げる。 少なくとも PC の例では、性別の差は技術そのものより、その技術がどの職種に最初に入ったかに左右された。 デンマークの 11 職種、1 万 8,000 人を調べた Humlum と Vestergaard(2025)は要旨で、女性は男性より仕事で ChatGPT を使ったことのある割合が 16 ポイント低いと報告した。 日本でも Nakagomi ら(2025)は、ネット利用者 13,367 人の調査で、男性の利用が女性の約 1.8 倍だったと報告している(千葉大学の発表資料による)。

もう半分は、子ども期の入口の違いである。 Ito と Okabe が書いたとおり、90 年代の日本では、女子は通信の道具(ポケベル、ケータイ)から、男子はゲームとコンピュータから情報技術に入るという結びつきがあった。 生成 AI は、人と話すための道具というより、指示して何かを作らせる道具として職場に入ってきた。 これは、①の「操作する側」と③のコンピュータの側に近い。 この世代の男性が AI に強く反応するのは、自分が子どものころに入った入口と同じ側から来た革命だから、という説明が考えられる。 ただし、この説明を直接に確かめた研究はない。

反対側の事実

仮説を強く言い切れない事実も並べておく。

一つめは、同じ世代の中に推す人と使わない人がいることである。 Nakagomi らの調査で、生成 AI を使わない理由は「必要性を感じない」(39.9%)が最も多く、次が「使い方がわからない」(18.5%)だった。 中高年層では「使い方がわからない」「セキュリティへの不安」「利用環境が整っていない」が多かった(千葉大学の発表資料)。 総務省の 2025 年度調査でも、使ったことがない人は 40〜49 歳で 51.0%、50〜59 歳で 55.8% にのぼる。

二つめは、世代で考え方が決まるという前提そのものへの批判である。 Helsper と Eynon(2010)は、英国の全国調査から、ネットを高度に使えるかを説明するのは世代だけではなく、使い方の幅、経験、性別、学歴が、場合によっては世代より大事だと示した。 大人も経験を積めば「デジタルネイティブ」になれる、と著者らは書く。 この結果を当てはめると、40〜50 代が AI を推すかどうかにも、生まれ年より、どれだけ多くの革命を自分で乗り換えてきたか(経験の幅)が効いている可能性がある。 そうであれば、仮説 1 と 2 は、生まれ年の話としてより、この経験の幅の話として読むほうが資料に合う。

三つめは、比べている二つの統計の調査が違うことである。 2024 年度の総務省の調査では、40〜49 歳の利用経験(29.6%)は 30〜39 歳(23.8%)を上回っていた。 2025 年度の調査では 30〜39 歳(56.3%)が 40〜49 歳(49.0%)を上回った。 ただ、2025 年度から 15〜19 歳が加わるなど調査の設計が変わっており、この逆転を年の変化と読むことはできない。

空白(未充足の論点)

  • 推す声の測定:「推す」を年齢と性別で測った研究は見つからなかった。社内での導入提案、研修の発案、会議での発言などを年齢別に数えれば、仮説 4 を確かめられる。
  • 日本の技術世代:Sackmann らの区分はドイツの普及曲線にもとづく。日本の普及時期で世代を区切り直した研究は見つからなかった。
  • 型の転用:インターネットの経験が AI の評価に使われているかは、「インターネットのときは」という言い方の出現を、年齢別の語りのデータで数えれば確かめられる。
  • 男女の入口:ゲームとコンピュータから入った男子と、通信から入った女子が、生成 AI に違う態度をとるかを調べた研究は見つからなかった。

関連ノート

未検証事項

主要主張に未検証のものはない。 要旨しか読めなかった文献(Humlum と Vestergaard 2025、Nakagomi ら 2025、Kushida 2011、Vogel 2013、Jorgenson と Motohashi 2005)は、要旨と発表資料に書かれた範囲だけを使った。 ポケットベルの契約数のピークは図の読み取りで、数値の表は確認できていない。

参照文献

統計と公式資料

子どもの遊びとケータイの社会史

世代と期待

生成 AI の利用

日本の情報通信産業

  • Kushida, K. E. (2011). Leading without Followers: How Politics and Market Dynamics Trapped Innovations in Japan’s Domestic “Galapagos” Telecommunications Sector. Journal of Industry, Competition and Trade, 11(3), 279–307. https://doi.org/10.1007/s10842-011-0104-7
  • Vogel, S. K. (2013). What Ever Happened to Japanese Electronics?: A World Economy Perspective. The Asia-Pacific Journal, 11(45). https://doi.org/10.1017/S1557466013035043
  • Jorgenson, D. W., & Motohashi, K. (2005). Information Technology and the Japanese Economy. Journal of the Japanese and International Economies, 19(4), 460–481(NBER Working Paper 11801). https://www.nber.org/papers/w11801

Footnotes

  1. 図の棒グラフの読み取りで、数値の表はない。同じ記事は、緊急の呼び出しにだけ使っていた時代を「ポケットベルを持たされ」「拘束される」意識の時代と書き、数字やカナを送れるようになって、それまで使っていなかった層に市場が爆発的に広がったと述べる。 ↩

  2. 平成 12 年末までと 13 年末以降で、調査の対象年齢と推計の仕方が違う。1999 年末までは 15〜69 歳が対象で、6 歳以上を対象にする 2001 年以降の値とは定義が揃わない。 ↩

  3. Ito と Okabe は、コギャルとポケベルや援助交際を結びつけた当時の報道が、若者の道徳の乱れへの大人の嘆きを生んだことも書いている。ポケベルとケータイは、若者を心配する大人の言説とセットで広まった。 ↩


書いた人:小川 修一郎(Design Researcher / Consultant) 経歴を見る →