Shuichiro Ogawa
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Notes ・ updated 2026-07-19

デザインが解こうとしている問題は、どんな形をしているか

工学の問題には、たいてい終わりの合図がある。 方程式が解けたら、あるいは規格を満たしたら、そこで手を止めてよい。 ところがデザインが向き合う問題には、その合図が最初から書かれていない。

Rittel と Webber は都市計画の文脈から、社会的な計画問題には明確な停止規則(stopping rule)が存在しないと論じた(1973)1。 問題を解ききったから止めるのではない。 時間や予算が尽きたから、あるいは十分だと判断したから止める。 彼らはこの種の問題を wicked problems(厄介な問題)と呼び、自然科学が扱う tame problems(飼い慣らされた問題)と区別した。

停止規則の不在は、それ自体では手続き上の不便に見えるかもしれない。 だが Rittel と Webber が示したのは、もっと深いところにある。 wicked problems では問題の定式化そのものが解の選択と不可分であり、しかもどの定式化を採るかは証拠だけでは決まらない。 どこで線を引くかに、設計者の価値判断が入り込む。

その価値判断は、避けようとして避けられるものではない。 Dewey は『論理学:探究の理論』(1938)で、探究とは不確定な状況を確定した状況へと制御的に変換する営みだと定式化した2。 探究は価値中立な観察から始まるのではなく、何が問題で何が満足のいく解決かという評価を含んでいる。 設計行為が価値負荷的である(value-laden)というのは、設計者の主観が混じるという意味ではない。 問題を立て、解を選ぶという行為の構造そのものが、評価を要求するという意味である。 この評価が社会的な判断を含むことは、デザインが社会科学と接する系譜からも裏づけられる(design-social-science-nexus)。

停止規則がなく、価値判断を避けられないなら、設計者は何をもって「これでよい」と決めるのか。 Simon はここに 満足化(satisficing)という概念を置いた(1956)3。 限られた認知資源と情報しか持たない主体は、あらゆる選択肢を比較して最適解を選ぶことができない。 その代わりに、閾値を定め、それを満たす選択肢が見つかった時点で探索を止める。 最適化ではなく満足化が、限定合理性(bounded rationality)のもとでの現実的な合理性の形である。

これで導入の三点がそろう。 停止規則の不在、価値負荷性、限定合理性は、別々の欠陥ではない。 どれも、デザインが扱う問題の形が工学や自然科学のそれとは違うことの、三つの現れである。 以下ではこの前提から、方法論の基盤を順にたどる。

還元主義はどこまで通用するか

複雑な問題を要素に分解し、部分を解いてから組み立て直す。 この還元主義(reductionism)の手続きは、近代の設計と工学が積み上げてきた成功の中核にある。

Simon は『人工物の科学』(1969)で、複雑なシステムがなぜ 準分解可能(nearly decomposable)な階層構造を取りやすいかを論じた4。 サブシステム内部の相互作用がサブシステム間の相互作用よりも密であれば、システムはほぼ独立した部分の集まりとして扱える。 この性質があるからこそ、設計者は全体を一度に把握せずとも、部分ごとに設計を進められる。 還元主義が機能するのは、世界の側にこの階層性が実在するときである。

問題は、その階層性が成り立たない場合にある。 Rittel と Webber の wicked problems では、すべての問題が別の問題の症状であり、要素の切り分けが問題の性質そのものを変えてしまう(1973)1。 Buchanan はこの認識をデザイン思考の一般理論に接続し、デザインの問題には内在的な不確定性があると論じた(1992)5。 相互依存性が高く、部分の解が全体の問題設定を書き換えてしまう領域では、分解して個別に解くという戦略そのものが空回りする。

分解が効かないなら、全体をまとめて扱う視座が要る。 Churchman は経営科学の編集後記で、wicked problems を安易に手なずけようとする分析手法の危うさを指摘した(1967)6。 Ackoff は『未来の再設計』(1974)で、社会的な問題群を相互に絡み合ったメス(messes)として捉え、個々の問題を切り出して解くのではなくシステム全体を再設計するアプローチを主張した7。 還元主義と全体論(holism)は、優劣の関係にあるのではない。 問題の階層性が実在するかどうかによって、どちらが適した道具かが変わる。

単一の方法で足りないとき

問題の形が一定でないなら、方法もひとつに固定できない。

Feyerabend は『方法への挑戦』(1975)で、科学の進歩を保証する単一の普遍的方法など存在しないと論じ、認識論的アナーキズムを掲げた8。 科学史を振り返れば、確立した方法規則を破ったことが決定的な前進を生んだ場面が繰り返し見つかる。 彼の主張は「方法などどうでもよい」ではない。 どの方法が有効かは文脈に依存し、方法の選択自体が探究の一部だという主張である。

Cross はこの多元性を、デザイン固有の知の様式として引き受けた(2001)9。 デザインを自然科学の模倣として基礎づけようとする design science の企図と、デザインには独自の認識の仕方があるとする designerly ways of knowing の立場を対比し、後者に軸足を置いた。 デザインの知は、問題と解を同時に手探りしながら、複数の方法を状況に応じて組み合わせる。 方法論的多元主義は、方法論の欠如ではなく、wicked problems に応じるための積極的な構えである。

Buchanan と Dorst は、この構えを設計問題の本質論として深めた。 Buchanan はデザインを「配置の技術(the art of placement)」と呼び、確定した主題を持たない不確定性こそがデザインの可能性の源泉だと論じた(1992)5。 Dorst は「デザイン思考の核心」で、設計問題は与えられた問題を解く(problem-solving)というより、問題の枠組み自体を作り替える営みだと分析した(2011)10。 どちらも、単一の方法で解に到達するという像を退けている。

行為の中で考え、仮説を跳躍させる

方法を状況に応じて選ぶ主体は、どのように思考しているのか。

Schön は『省察的実践者』(1983)で、専門家の知を技術的合理性から切り離した11。 技術的合理性は、確立した理論を個別の状況に適用して問題を解く。 だが実際の専門家は、不確実で一回限りの状況と対話しながら判断を作る。 Schön はこれを 行為の中の省察(reflection-in-action)と呼んだ。 設計者は、素材や図面や状況が返してくる予期せぬ応答を読み取り、次の一手を打ち直す。 知は行為に先立って完成しているのではなく、行為の中で形になる。

この思考の論理的な形式が、アブダクションである。 Peirce は演繹と帰納に加えて、驚くべき事実を説明する仮説を跳躍的に生成する推論を アブダクション(abduction、仮説形成推論)として立てた12。 演繹は前提から必然的に結論を導き、帰納は事例から一般法則を推し量る。 アブダクションはそのどちらでもなく、観察された事実に対して「もしこの仮説が正しければ、この事実は当然のことになる」という説明を提案する。 真理を保証しないが、新しい仮説を生む唯一の推論形式である。

Dorst は、このアブダクションが設計思考の中核にあると論じた(2011、2015)1013。 通常の問題解決では、働きの原理(how)と求める価値(value)が与えられ、それを実現する対象(what)を導く。 これはアブダクションの一形態だが、設計に固有の困難はここではない。 Dorst が フレーム創造(frame innovation)と呼ぶ設計の核心では、求める価値だけが与えられ、働きの原理と対象を同時に探り当てなければならない(2015)13。 どんな枠組みで問題を見れば解が立ち上がるか、その枠組みそのものを仮説として跳躍させる。 反省的実践が記述した「行為の中で考える」過程は、論理の水準ではこの二重のアブダクションとして捉えられる(設計研究における方法の妥当性は design-research-methods-validity で扱った)。

決めないでおくという設計戦略

停止規則がなく、アブダクションで枠組みを跳躍させる設計では、いつ何を確定するかが問題になる。 早く決めれば手戻りのリスクを負い、遅く決めれば選択肢を保てる。

Ward、Liker、Cristiano、Sobek はトヨタの製品開発を分析し、意思決定を意図的に遅らせることがかえって速く良い製品を生むという逆説を報告した(1995)14。 彼らはこれを「第二のトヨタ・パラドックス」と呼んだ。 一つの案を早期に選んで作り込むのではなく、複数の案を集合として保持したまま設計を進める。

Sobek、Ward、Liker はこの原理を 集合ベース並行工学(set-based concurrent engineering)として定式化した(1999)15。 各部門が実現可能な解の集合を広く保ち、部門間で集合の重なりを探りながら、安価な検証で選択肢を徐々に絞り込んでいく。 早期に一点へ収束させる ポイントベース(point-based)の設計と対照的に、集合ベースの設計は不確実性が高い局面で選択肢を開いておく。

この戦略は、導入で見た三つの前提とよく噛み合う。 停止規則がないのだから、早すぎる確定は根拠のない打ち切りになりやすい。 限定合理性のもとでは、少ない情報で一点に賭けるより、情報が増えるまで集合を保つほうが合理的なことがある。 そしてアブダクションで枠組みを跳躍させる設計では、有望な枠組みが後から見つかることを見越して、解の幅を残しておく意味がある(探索と環境状態の関係は creativity-situated-cognition-environment で整理した)。 決めないでおくことは優柔不断ではなく、問題の形に応じた探索の設計である。

見取り図のまとめ

ここまでたどった系譜は、一つの認識論的前提から枝分かれしている。 デザインが扱う問題には停止規則がなく、価値判断を避けられず、限られた合理性のもとで進むしかない。

この前提を受け入れると、還元主義は万能の道具ではなくなり(Simon、Rittel & Webber、Buchanan)、全体論的な視座が要請され(Churchman、Ackoff)、方法は単一に固定できなくなる(Feyerabend、Cross)。 思考の様式としては、理論の適用ではなく行為の中の省察(Schön)と仮説の跳躍(Peirce、Dorst)が前面に出る。 そして時間の中では、早すぎる確定を避け、解を集合として保つ戦略(Ward、Sobek)が意味を持つ。

これらは互いに独立した主張ではない。 問題の形が工学のそれと違うという一点から、方法、思考、時間の扱いのそれぞれで、同じ帰結が現れている。 デザインの方法論を単一の技法の集まりとして読むと、この一貫性を見失う。 文献地図の効用は、個々の概念の位置ではなく、それらを貫く一本の筋を見えるようにするところにある。

関連ノート

参照文献

日本語文献

(本ノートで直接参照した日本語文献はない。上記概念の多くは下記英語文献の翻訳を通じても参照できる。)

英語文献

Footnotes

  1. Rittel, H. W. J., & Webber, M. M. (1973). Dilemmas in a General Theory of Planning. Policy Sciences, 4(2), 155–169. 2

  2. Dewey, J. (1938). Logic: The Theory of Inquiry. Henry Holt and Company.

  3. Simon, H. A. (1956). Rational Choice and the Structure of the Environment. Psychological Review, 63(2), 129–138.

  4. Simon, H. A. (1969/1996). The Sciences of the Artificial (3rd ed.). MIT Press.

  5. Buchanan, R. (1992). Wicked Problems in Design Thinking. Design Issues, 8(2), 5–21. 2

  6. Churchman, C. W. (1967). Guest Editorial: Wicked Problems. Management Science, 14(4), B141–B146.

  7. Ackoff, R. L. (1974). Redesigning the Future: A Systems Approach to Societal Problems. Wiley.

  8. Feyerabend, P. (1975). Against Method. New Left Books.

  9. Cross, N. (2001). Designerly Ways of Knowing: Design Discipline Versus Design Science. Design Issues, 17(3), 49–55.

  10. Dorst, K. (2011). The Core of ‘Design Thinking’ and Its Application. Design Studies, 32(6), 521–532. 2

  11. Schön, D. A. (1983). The Reflective Practitioner: How Professionals Think in Action. Basic Books.

  12. Peirce, C. S. (1931–1958). Collected Papers of Charles Sanders Peirce (Vols. 1–8). Harvard University Press.

  13. Dorst, K. (2015). Frame Innovation: Create New Thinking by Design. MIT Press. 2

  14. Ward, A., Liker, J. K., Cristiano, J. J., & Sobek, D. K. (1995). The Second Toyota Paradox. Sloan Management Review, 36(3), 43–61.

  15. Sobek, D. K., Ward, A. C., & Liker, J. K. (1999). Toyota’s Principles of Set-Based Concurrent Engineering. Sloan Management Review, 40(2), 67–83.


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