Shuichiro Ogawa
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Notes ・ updated 2026-07-19

創造性は誰の中にあるのか

創造的な仕事を前にすると、それを成し遂げた個人の才能に理由を求めたくなる。 優れた着想は優れた頭脳から出た、と要約できてしまうかもしれない。 けれども同じ人物を道具も資料も対話相手もない部屋に置けば、同じ着想が出るとは限らない。

この違和感を手がかりに、20世紀後半の認知科学、生態心理学、学習研究、社会学は、認知と創造性を個人の内側だけに閉じ込めない見方を積み上げてきた。 知覚は環境が差し出す行為の可能性を拾い、思考は身体と道具と他者に染み出し、学習は共同体への参加として起こる。 このノートは、その見方を支える公開文献を年代とともにたどり、創造性を環境との相互作用が生む状態として読み直すための地図を描く。

扱う軸は五つである。 環境が行為を差し出すという知覚の見方(アフォーダンス)、認知が頭の外へ広がるという主張(4E認知)、学習を状況と共同体に埋め込む見方(状況的学習)、認知を人と道具の系に分散させる分析(分散認知)、そして能力を個人に帰属させることへの批判的視座である。 デザインの実践がこれらとどう交わるかも、途中で拾っていく。

環境が行為を差し出す:アフォーダンスとデザイン

James J. Gibson は『The Ecological Approach to Visual Perception』(1979)で、知覚を頭の中の情報処理としてではなく、動物と環境の関係として捉え直した1。 環境の対象は、それを知覚する動物に対して行為の可能性を差し出している。 Gibson はこの可能性を アフォーダンス(affordance)と呼んだ。 取っ手は「握ること」を、平らで安定した面は「その上に立つこと」を差し出す。 アフォーダンスは対象の物理的性質そのものでも、観察者が頭の中で構成する意味でもなく、動物と環境の関係のうちに実在する。

この関係論的な知覚観を、デザインの語彙へ翻案したのが Donald A. Norman である。 『The Design of Everyday Things』(1988、原題は The Psychology of Everyday Things)で、Norman は日用品の使いやすさをアフォーダンスの概念で説明した2。 ドアを押すべきか引くべきか、ボタンを回すべきか押すべきかは、対象の形が使い手に何を差し出しているかで決まる。 使いにくい道具は、対象が差し出す行為と、設計者が意図した行為がずれている。

Norman の翻案は Gibson の原義を正確には引き継いでいない。 Gibson のアフォーダンスは知覚されるか否かに関わらず環境に実在するが、Norman が設計論で問題にしたのは、使い手が知覚できる手がかり(後に Norman 自身が シグニファイア と呼び分けた側面)である。 この差異はあるものの、両者に共通するのは、行為の可能性を個人の能力にではなく人と環境の関係に置く視点である。 デザインとは、望ましい行為を差し出す環境を構成する営みだとみなせる。

認知は頭の外へ広がる:4E認知

知覚を関係として捉える見方は、認知一般へも及んだ。 1990年代以降、認知を脳内の記号処理に限定せず、身体化(embodied)、埋め込み(embedded)、行為化(enacted)、拡張(extended)の四つの相で捉える立場が現れ、頭文字をとって 4E認知(4E cognition)と総称されるようになった。

その基点の一つが、Francisco Varela、Evan Thompson、Eleanor Rosch による『The Embodied Mind』(1991)である3。 三人は認知を、あらかじめ与えられた世界の内的表象として説明する立場を退け、認知する主体と認知される世界が相互に立ち上がる過程として捉えた。 知覚は世界を写し取るのではなく、身体を持つ主体が環境との相互作用のなかで世界を 行為的に立ち上げる(enact)。 この立場は、認知を身体と行為から切り離せないものとして定式化した。

拡張の相を最も鋭く定式化したのは、Andy Clark と David Chalmers の論文「The Extended Mind」(1998)である4。 二人は、手帳に住所を書き留めて参照する人と、同じ情報を記憶から思い出す人を並べ、両者の間に原理的な差はないと論じた。 外部の道具が認知過程の一部として機能しているなら、心の境界は頭蓋や皮膚で止まらない。 この主張は 拡張された心(extended mind)のテーゼとして知られ、認知の担い手を個人の脳から人と道具の結合体へ広げた。

Alva Noë は『Action in Perception』(2004)で、行為化の相をさらに押し進めた5。 Noë にとって知覚は受動的な受け取りではなく、知覚者が身体を動かすことで得られる、感覚と運動の関係についての実践的な知(sensorimotor knowledge)に支えられている。 何かを見るとは、視点を変えれば見えがどう変わるかを暗黙に知りながら世界と関わることである。 知覚は頭の中で完結せず、身体の運動と環境の構造にまたがって成立する。

四つの相は同じ主張の言い換えではない。 身体化は認知が身体の構造に依存することを、埋め込みは認知が環境の資源に頼ることを、行為化は認知が行為を通じて世界を立ち上げることを、拡張は認知過程そのものが外部へ及ぶことを指す。 共通するのは、認知を個人の脳内に閉じた計算とみなす前提を緩め、身体、環境、行為を認知の構成要素に数える点である。

学習は状況に埋め込まれている:状況的学習と正統的周辺参加

認知を環境との関係に置く見方は、学習の理解も変えた。 Jean Lave と Etienne Wenger は『Situated Learning』(1991)で、学習を個人の頭への知識の転送としてではなく、共同体への参加の深まりとして捉え直した6。 新参者は周辺的だが正統な役割から実践に加わり、熟練者とともに働くなかで、次第に共同体の中心的な実践へ移っていく。 二人はこの過程を 正統的周辺参加(legitimate peripheral participation)と呼んだ。

この見方では、学習は状況から切り離せない。 仕立屋の徒弟が縫製を覚えるのは、抽象化された技法を教わるからではなく、仕事場の道具、素材、先輩の手つき、注文主とのやりとりに囲まれた場に身を置くからである。 知識は個人が所有する内的な財ではなく、共同体の実践に埋め込まれ、参加を通じて分有される。 創造性を個人の属性とみなす見方に照らすと、状況的学習は、能力の獲得そのものが環境と関係に依存することを示している。

認知は人と道具の系に分散する:分散認知

Edwin Hutchins は『Cognition in the Wild』(1995)で、認知の単位を個人からより大きな系へ広げた7。 Hutchins は海軍艦艇の航海を長期にわたり観察し、船の位置を割り出す作業が、一人の航海士の頭ではなく、複数の乗員、海図、コンパス、記録用紙、標準化された手順からなる系全体で遂行されることを示した。 どの個人も全体の計算を単独では担っておらず、認知は人と人工物のあいだに 分散(distributed)している。

分散認知は、拡張された心のテーゼと近い場所に立ちながら、力点が異なる。 Clark と Chalmers が個人と道具の結合を論じたのに対し、Hutchins は複数の人間と多数の人工物が協調する社会技術的な系を分析の単位に据えた。 創造的な成果を系の産物として見れば、それを一人の手柄に帰す説明は、系が担った計算を個人に押し込めた要約になる。

デザインの実践は、この分散した認知の系を編む営みとして読める。 スケッチ、模型、付箋、図面は、考えを頭の外へ出して操作可能にし、複数の設計者のあいだで思考を共有させる。 Elizabeth Sanders と Pieter Jan Stappers は「Co-creation and the new landscapes of design」(2008)で、デザインの実践が専門家による設計から、使い手を含む多様な人々の 共創(co-creation)へ広がってきた流れを整理した8。 デザインの担い手を専門家個人に限る見方は、参加の裾野が広がるにつれて狭くなる。

発達を支える足場:ZPD とスキャフォールディング

能力が環境と関係に依存するという見方は、教育心理学ではより早く、別の語彙で現れていた。 Lev Vygotsky は『Mind in Society』(英訳1978、もとの論考は1930年代)で、子どもが一人でできることと、大人や有能な仲間の助けを借りればできることのあいだに幅があると論じ、この幅を 発達の最近接領域(zone of proximal development, ZPD)と呼んだ9。 発達は個人の内側で完結するのではなく、他者との相互作用のなかで先取りされ、後から個人の能力として定着する。

この相互作用の構造を具体的に記述したのが、David Wood、Jerome Bruner、Gail Ross の論文「The Role of Tutoring in Problem Solving」(1976)である10。 三人は、大人が幼児の問題解決を支援する過程を観察し、支援者が課題の難所を肩代わりし、子どもができる部分を残しながら徐々に支援を引いていく構造を 足場かけ(scaffolding)と名づけた。 足場は建築の仮設構造と同じく、対象が自立すれば外される。 足場かけと ZPD を合わせて読むと、能力は個人が単独で発揮する固定量ではなく、支援の構造が整えば現れ、構造が引かれれば個人の中に残る、環境依存の状態として立ち現れる。

Vygotsky の議論が Wood たちの1976年の定式化より先に置かれているのは、英訳の刊行年(1978)による見かけの前後にすぎない。 Vygotsky の原論考は1930年代に書かれており、足場かけの概念はその発達観を実験的な観察へ翻案したものである。

能力を個人に帰属させる見方への批判的視座

ここまでの文献は、認知と学習が環境に依存することを示してきた。 であれば、成果を個人の能力だけに帰属させる説明には、体系的な偏りが疑われる。 社会心理学と社会学は、この偏りを別の経路から指摘してきた。

Lee Ross は「The Intuitive Psychologist and His Shortcomings」(1977)で、人が他者の行動を説明する際、状況の力を過小評価し、行為者の内的性質を過大評価する傾向を論じ、これを後に 基本的な帰属の誤り(fundamental attribution error)と呼ばれる現象として定式化した11。 同じ振る舞いでも、それが状況に強いられたものか本人の性質から出たものかを、観察者は取り違えやすい。 創造的な成果を個人の才能に帰す判断も、この帰属の偏りを免れているとは限らない。

Robert K. Merton は「The Matthew Effect in Science」(1968)で、科学の報酬と評価が既に名声を得た者に偏って集まる構造を記述した12。 すでに認められた研究者は、同等の貢献に対しても無名の研究者より多くの信用を得る。 成果と評価のこの累積的な偏りは、能力の差だけでは説明できず、地位と機会の初期配置が後の成果を左右する。

Pierre Bourdieu と Jean-Claude Passeron は『Reproduction in Education, Society and Culture』(英訳1977、原著1970)で、教育が能力の中立的な選抜を装いながら、実際には既存の階級構造を再生産する機構を分析した13。 家庭で継承される文化資本は学校が評価する能力と重なっており、そこで測られる「能力」は、環境から独立した個人の資質ではなく、育った環境の刻印を帯びている。

Michael Sandel は『The Tyranny of Merit』(2020)で、この一連の指摘を現代の能力主義批判として引き受けた14。 成功を個人の努力と才能の当然の報いとみなす能力主義は、成功者に傲りを、そうでない者に屈辱を負わせる。 運や環境が結果に果たす役割を見えなくすることで、能力主義は社会的な連帯を掘り崩す。 Sandel の議論は、能力を個人に帰属させる見方が、認識論的な誤りにとどまらず倫理と政治にわたる帰結を持つことを示している。

創造性を環境との関係で読み直す

冒頭の問いに戻る。 道具も資料も対話相手もない部屋で、同じ着想が出るとは限らない。 その理由は「才能は環境がないと発揮できないから」ではない。 知覚が環境の差し出す可能性を拾い、認知が身体と道具に広がり、学習が共同体への参加として起こり、能力が支援の構造とともに現れるからである。

創造性を個人の内的属性とみなす見方は、これらの文献に照らすと、系が担った働きを個人に押し込めた要約になる。 アフォーダンス、4E認知、状況的学習、分散認知、そして能力主義批判は、それぞれ別の分野から、同じ一点を照らしている。 創造的な仕事は、才能を持つ個人が環境を使って成し遂げるのではなく、人と環境と他者の関係のうちに立ち上がる状態である。

この読み直しは、創造性を測り、育て、支える営みの設計に含意を持つ。 才能を選抜する発想から、可能性を差し出す環境と参加の構造を整える発想へ、力点が移る。 残るのは、環境依存を認めたうえで、なお個人の寄与をどう位置づけるかという問いである。 その線引きは、ここに挙げた文献のどれか一つでは引けない。

関連ノート

参照文献

  • Bourdieu, P., & Passeron, J.-C. (1977). Reproduction in Education, Society and Culture (R. Nice, Trans.). Sage. (原著: La Reproduction: Éléments pour une théorie du système d’enseignement, Éditions de Minuit, 1970)
  • Clark, A., & Chalmers, D. (1998). The Extended Mind. Analysis, 58(1), 7–19. https://doi.org/10.1111/1467-8284.00096
  • Gibson, J. J. (1979). The Ecological Approach to Visual Perception. Houghton Mifflin.
  • Hutchins, E. (1995). Cognition in the Wild. MIT Press.
  • Lave, J., & Wenger, E. (1991). Situated Learning: Legitimate Peripheral Participation. Cambridge University Press. https://doi.org/10.1017/CBO9780511815355
  • Merton, R. K. (1968). The Matthew Effect in Science. Science, 159(3810), 56–63. https://doi.org/10.1126/science.159.3810.56
  • Noë, A. (2004). Action in Perception. MIT Press.
  • Norman, D. A. (1988). The Design of Everyday Things. Basic Books. (原著初版タイトル: The Psychology of Everyday Things)
  • Ross, L. (1977). The Intuitive Psychologist and His Shortcomings: Distortions in the Attribution Process. In L. Berkowitz (Ed.), Advances in Experimental Social Psychology (Vol. 10, pp. 173–220). Academic Press. https://doi.org/10.1016/S0065-2601(08)60357-3
  • Sandel, M. J. (2020). The Tyranny of Merit: What’s Become of the Common Good? Farrar, Straus and Giroux.
  • Sanders, E. B.-N., & Stappers, P. J. (2008). Co-creation and the new landscapes of design. CoDesign, 4(1), 5–18. https://doi.org/10.1080/15710880701875068
  • Varela, F. J., Thompson, E., & Rosch, E. (1991). The Embodied Mind: Cognitive Science and Human Experience. MIT Press.
  • Vygotsky, L. S. (1978). Mind in Society: The Development of Higher Psychological Processes (M. Cole, V. John-Steiner, S. Scribner, & E. Souberman, Eds.). Harvard University Press.
  • Wood, D., Bruner, J. S., & Ross, G. (1976). The Role of Tutoring in Problem Solving. Journal of Child Psychology and Psychiatry, 17(2), 89–100. https://doi.org/10.1111/j.1469-7610.1976.tb00381.x

Footnotes

  1. Gibson, J. J. (1979). The Ecological Approach to Visual Perception. Houghton Mifflin.

  2. Norman, D. A. (1988). The Design of Everyday Things. Basic Books. (原著初版タイトルは The Psychology of Everyday Things)

  3. Varela, F. J., Thompson, E., & Rosch, E. (1991). The Embodied Mind: Cognitive Science and Human Experience. MIT Press.

  4. Clark, A., & Chalmers, D. (1998). The Extended Mind. Analysis, 58(1), 7–19.

  5. Noë, A. (2004). Action in Perception. MIT Press.

  6. Lave, J., & Wenger, E. (1991). Situated Learning: Legitimate Peripheral Participation. Cambridge University Press. https://doi.org/10.1017/CBO9780511815355

  7. Hutchins, E. (1995). Cognition in the Wild. MIT Press.

  8. Sanders, E. B.-N., & Stappers, P. J. (2008). Co-creation and the new landscapes of design. CoDesign, 4(1), 5–18. https://doi.org/10.1080/15710880701875068

  9. Vygotsky, L. S. (1978). Mind in Society: The Development of Higher Psychological Processes (M. Cole, V. John-Steiner, S. Scribner, & E. Souberman, Eds.). Harvard University Press.

  10. Wood, D., Bruner, J. S., & Ross, G. (1976). The Role of Tutoring in Problem Solving. Journal of Child Psychology and Psychiatry, 17(2), 89–100. https://doi.org/10.1111/j.1469-7610.1976.tb00381.x

  11. Ross, L. (1977). The Intuitive Psychologist and His Shortcomings: Distortions in the Attribution Process. In L. Berkowitz (Ed.), Advances in Experimental Social Psychology (Vol. 10, pp. 173–220). Academic Press. https://doi.org/10.1016/S0065-2601(08)60357-3

  12. Merton, R. K. (1968). The Matthew Effect in Science. Science, 159(3810), 56–63. https://doi.org/10.1126/science.159.3810.56

  13. Bourdieu, P., & Passeron, J.-C. (1977). Reproduction in Education, Society and Culture (R. Nice, Trans.). Sage. (原著: La Reproduction, 1970)

  14. Sandel, M. J. (2020). The Tyranny of Merit: What’s Become of the Common Good? Farrar, Straus and Giroux.


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