Shuichiro Ogawa
English

Notes ・ updated 2026-08-31

日本のデザイン研究の系譜:三つの源流と、会長職を回してきた大学

日本のデザイン研究とデザイン教育の系譜を、機関の設立(1876–2026)、学術共同体(学会と学術誌)、理論的学統、人事構造の四層で地図化した統合要約。 査読論文と、大学、学会、公的機関の公式一次資料あわせて 94 件に依拠する。 各文献の完全な書誌は末尾「参照文献」を参照(DOI/URL つき)。出典追跡つきの内部台帳は source/review/japan-design-research-genealogy/papers.md(リポジトリ内部の非公開資料)。 収集系統: source-researcher(profile: scholarly)を機関史、学会史、理論的学統、学閥の実証、教員出身校の集計という5系統で並行運用し、歴代会長については機関誌の奥付 PDF を直接読み取って復元した。規約 .claude/rules/collection-protocol.md(捏造ゼロと出典追跡)。

調査メタ情報

  • 収集日: 2026-08-31 / 件数: 94(A 機関史 28、B 学会史 30、C 理論的学統 19、D 学閥の実証 14、E 教員出身校の集計 3機関31名、F/G 歴代会長の一次資料 11)
  • 期間: 1876年(工部美術学校)から 2026年。重心は戦後(1945–)
  • ソース構成: 査読論文(J-STAGE、機関リポジトリ、国際誌)と、大学、学会、公的機関の公式沿革。後者は一次資料として扱うが、自己申告である点を査読論文と区別して記録した
  • 確度の注意: 日本デザイン学会の歴代会長は、機関誌の奥付を J-STAGE で 1960年以降ほぼ全号読み取って復元した。1953年から1959年の号は電子化されておらず、勝見勝がいつ委員長に就いたかは確認できていない。会長の所属機関については、調査を委譲した subagent が同じ依頼に2回、互いに矛盾する結果を返したため(後述)、その報告を採らず、大学公式の名誉教授一覧と論文の著者所属欄だけで確定し直した。それでも2名は確定できていない。教員の出身校集計は3機関31名にとどまり、日本のデザイン系アカデミア全体を代表する標本ではない。未検証項目は末尾に集約する

TL;DR

日本のデザイン研究には、単一の起点が無い。 官立の工芸学校から出た工学系、美術学校の図案科から出た美術系、そして戦後に海外の造形理論を受け入れた私学系が、それぞれ別の機関系譜をたどり、別の学会を作った。 日本デザイン学会(1953)、意匠学会(1959)、芸術工学会(1992)が並立している状態は、分野の未成熟ではなく、出自の異なる三つの流れがそれぞれ制度化した結果である。

派閥がはっきり見えるのは、学会の会長職である。 日本デザイン学会は歴代会長の一覧を公開していないが、機関誌の奥付には毎号「会長 ○○○○」と印字されており、J-STAGE の電子化分を順に読めば 1960年以降の交代をすべて追える。 そうやって復元した14名のうち、在任時の所属を一次資料で確定できた12名の中で、千葉大学が6名を占める。 1986年から2011年までの25年間は、間に2人を挟みながら千葉大学の5名が会長を務めた。 しかも1986年の論文には、のちに会長となる宮崎清、鈴木邁、青木弘行の3名が、同じ「千葉大学工学部」の所属で共著者として並んでいる。 会長職は、同じ大学の同じ研究グループの中を回っていた。

一方、教員の採用となると、話が反転する。 日本の大学教員の自校出身率は 32.6%(2013年度)という公的な推計があり、日本の大学人事のインブリーディングは国際的な研究対象にもなっている。 ところがデザイン系と美術系に限定した数値は、公的統計にも査読研究にも存在しない。 「出来レース公募」を定量的に実証した査読論文も見つからない。 デザイン系の人事について語られていることの多くは、データで裏づけられないまま流通している。

その空白を埋めるために主要3機関の教員の出身校を公開情報から集計すると、自校出身率は神戸芸術工科大学の 12.5% から武蔵野美術大学基礎デザイン学科の 66.7% まで開いた。 同時に、最も自校出身率が高い機関では、学歴を確認できた教員 6名の全員が博士号を持っていなかった。 実技系の教員人事は、学位と論文業績で測る採用とは別の基準で動いている。 だとすれば、インブリーディング率という指標そのものが、デザイン系の人事の何を測れて何を測れないのかを問い直さなければならない。

三つの源流

日本のデザイン教育の制度は、明治期の二つの官立学校と、戦前戦後の海外理念の受容という、性格の違う流れから来ている。

flowchart TB
  BAUHAUS["バウハウス(独)<br/>1919–1933"]
  ULM["ウルム造形大学(独)<br/>1953–1968"]

  KOBU["工部美術学校<br/>1876–1883"]
  BIJUTSU["東京美術学校 図按科<br/>1896"]
  GEIDAI["東京藝術大学 デザイン科<br/>1975 改組"]
  TKK["東京高等工芸学校<br/>1921"]
  KOGEI["千葉大学 工芸学部<br/>1949"]
  CHIBA["千葉大学 工学部<br/>工業意匠学科 1951"]
  CHIBA_D["千葉大学 デザイン学科<br/>1998 / 2008 / 2017 改組"]
  KYUSHU_G["九州芸術工科大学<br/>1968"]
  KYUSHU_U["九州大学 芸術工学部<br/>2003 統合"]

  KYOIKU["東京教育大学<br/>教育学部 芸術学科"]
  TSUKUBA["筑波大学 芸術専門学群<br/>1975"]
  TSUKUBA_G["筑波大学 芸術系<br/>2011"]

  KYOTO_K["京都高等工芸学校<br/>1902"]
  KIT["京都工芸繊維大学<br/>意匠工芸学科 1954"]

  SHIDOSHO["商工省 工芸指導所<br/>1928 仙台"]
  SHINKENCHIKU["新建築工芸学院<br/>1932"]
  KUWASAWA["桑沢デザイン研究所<br/>1954"]
  ZOKEI["東京造形大学<br/>1966"]
  MUSABI["武蔵野美術大学<br/>基礎デザイン学科 1967"]

  KOBU -. "制度的に断絶" .-> BIJUTSU
  BIJUTSU --> GEIDAI
  BIJUTSU --> TKK
  TKK --> KOGEI --> CHIBA --> CHIBA_D
  CHIBA -- "小池新二 1967 退官" --> KYUSHU_G
  KYUSHU_G --> KYUSHU_U
  KYOIKU --> TSUKUBA --> TSUKUBA_G
  KYOTO_K --> KIT
  BAUHAUS -- "水谷武彦・山脇巌・山脇道子" --> SHINKENCHIKU
  BAUHAUS -- "構成教育" --> KUWASAWA
  SHIDOSHO -- "剣持勇・豊口克平・小池新二" --> CHIBA
  KUWASAWA --> ZOKEI
  ULM -- "向井周太郎 1956–57 / 1963–65" --> MUSABI

工学系:東京高等工芸学校から千葉大学へ

東京美術学校の工業図案科が独立して東京高等工芸学校になったのが 1921年である。 それが戦後に東京工業専門学校(1944年改称)を経て千葉大学工芸学部(1949)となり、1951年に工学部工業意匠学科が置かれた。 以後、デザイン工学科(1998)、デザイン学科(2008)、総合工学科デザインコース(2017)と改組を重ねて現在に至る。

千葉大学が「日本初の大学デザイン学科」と紹介されることがあるが、これを明示的に検証した査読論文や公式資料には到達できなかった。 先駆的だという言及は複数見つかるものの、初出であることの根拠は確認していない。

美術系:図按科から東京藝術大学へ

東京美術学校に図按科が置かれたのが 1896年で、これが 1975年の改組を経て東京藝術大学デザイン科になる。 その手前にある工部美術学校(1876–1883)は、しばしば日本の近代デザイン教育の出発点として語られるが、1883年に廃校になっており東京美術学校の直接の前身ではない。 制度的な断絶がある。

芸術工学系:千葉大学から九州へ

三つ目の流れは、人ひとりの移動から始まっている。 小池新二は商工省工芸指導所を経て 1950年に千葉大学教授となり、工業意匠学科の設立に関わった。 1967年に千葉大学を退官すると九州芸術工科大学の創設準備室長に就き、翌 1968年に初代学長となって 1974年まで務めた(東京文化財研究所の物故者記事による)。 掲げた理念が「技術の人間化」であり、科学と芸術の総合としての「高次のデザイン」だった。 九州芸術工科大学は 2003年10月1日に九州大学と統合し、芸術工学部、芸術工学府、芸術工学研究院という三層の組織になっている。

千葉大学の工学系デザインが九州へ渡り、そこで別の理念のもとに制度化され、独立した学統になった。 この移動は後で見る学会の分岐にも対応する。

海外理念の受容:バウハウスとウルム

戦前に水谷武彦、山脇巌、山脇道子がバウハウスに学び、帰国後に川喜田煉七郎の新建築工芸学院(1932)などで造形教育を担った。 水谷が持ち帰った「構成」という訳語は、勝見勝と高橋正人によって構成教育として体系化され、高橋はそれを「構成学」へ発展させている。

戦後の受け皿はウルム造形大学(1953年開校、1968年閉校)である。 向井周太郎は 1956年から57年、および 1963年から65年にウルムに在籍し、帰国後に阿部公正とともに武蔵野美術大学基礎デザイン学科を 1967年に開設した。 向井は 2003年まで同学科の教授を務めている。

阿部公正は、後で触れる「デザイン学の不在」を 1978年に指摘した論者でもある。

学会が三つに分かれている

出自の違いは、学術共同体の形にそのまま出ている。

flowchart TB
  CHIBA["千葉大学 工業意匠学科"]
  JSSD["日本デザイン学会<br/>1953 設立・正会員 2,150名"]
  IASDR["IASDR<br/>2005 創設<br/>日英台韓の4学会"]

  KYODAI["関西の美学・美術史・工芸史"]
  KANSAI["関西意匠学会<br/>1959"]
  ISHO["意匠学会<br/>1978 改称<br/>事務局:大阪大学"]

  KYUSHU["九州芸術工科大学<br/>→ 九州大学芸術工学研究院"]
  GEIKO["芸術工学会<br/>1992"]
  KOBE["神戸芸術工科大学<br/>2011 事務局移転"]

  HIROSHIMA["広島大学<br/>長町三生"]
  KANSEI["日本感性工学会<br/>1998"]

  CHIBA -- "小池新二 初代会長" --> JSSD
  JSSD --> IASDR
  KYODAI -- "井島勉 初代会長" --> KANSAI
  KANSAI --> ISHO
  KYUSHU --> GEIKO --> KOBE
  HIROSHIMA --> KANSEI

日本デザイン学会(JSSD) は 1953年7月20日に設立され、前身は「デザイン問題研究会」である。 2016年に一般社団法人となった。

初代会長については、学会自身の記述が二通りある。 2023年に当時の会長だった小林昭世が書いた学会紹介は「1954年、第1回総会を開催し、初代会長に千葉大学工業意匠学科教授の小池新二を選出し、会員数71名で発足しました」とする。 一方、2002年の学会報に載った企画委員長の文章は「1953(昭和28)年8月、会長に勝見勝氏を戴いて発足した我が日本デザイン学会」と書く。 どちらも学会の内部文書であり、一方を採って他方を捨てる根拠が本調査には無い。 発足時の代表と第1回総会で選んだ初代会長を別に数えている可能性はあるが、1953年から1959年の機関誌が電子化されていないため確かめられない。 なお通算総会の回次は整合している(2001年が通算第48回であり、第1回を1954年とすると計算が合う)。 機関誌『デザイン学研究』は論文集、特集号、作品集の三本立てで、英文誌 Journal of the Science of Design も出している。 正会員 2,150名、5支部、研究部会は 15から16(公式サイト内でも記載が割れている)。

意匠学会 は 1959年に関西意匠学会として発足し、1978年に現名称へ改称した。 初代会長は井島勉で、機関誌『デザイン理論』は 1962年創刊、2003年から年2回になり、2015年に全号が電子化されている。 事務局は大阪大学大学院人文学研究科にあり、母体は関西の美学、美術史、工芸史の研究者である。

芸術工学会 は 1992年設立で、英名を Design Research Association という。 事務局は当初、九州大学大学院芸術工学研究院に置かれ、2011年に神戸芸術工科大学へ移った。 小池新二が九州に持ち込んだ理念が、四半世紀後に学会という形をとったことになる。

日本感性工学会 は 1998年10月9日に学士会館で設立総会を開いて発足した。 長町三生が感性工学のパイオニアとされるが、同氏が初代会長であったかどうかは一次資料で確認できていない。

このほか、日本図学会(1966年に日本図学研究会として発足、1967年正式発足)、ヒューマンインタフェース学会(1999、計測自動制御学会の部会から独立)、情報処理学会 HCI 研究会(1981年に日本文入力方式研究会として発足)が、デザイン研究者の別ルートとして機能している。

国際的には、日本デザイン学会は 2005年に IASDR(International Association of Societies of Design Research)の創設4学会の一つになった。 残る3学会はイギリスの DRS、台湾の CID、韓国の KSDS である。

会長を出してきた大学

派閥の指標として最も直接的なのは、学会の要職を誰が占めてきたかである。 日本デザイン学会は公式サイトに歴代会長の一覧を持たない。 ところが機関誌『デザイン学研究』の奥付には、毎号「発行・日本デザイン学会 会長 ○○○○」と印字されている。 J-STAGE に 1960年以降のほぼ全号が電子化されているので、奥付を順に読めば会長の交代を1年単位で追える。 そうやって復元した一覧が次である。

  • 小池新二(1954、初代)
  • 勝見勝(1960年時点で委員長として再選、1967年以降の奥付では会長。1982年まで)
  • 明石一男(1983–1985)
  • 鈴木邁(1986–1990)
  • 稲次敏郎(1991–1992)
  • 森典彦(1993–1996年3月)
  • 宮崎清(1996年5月–2000年3月)
  • 原田昭(2000年5月–2003)
  • 杉山和雄(2004–2007頃)
  • 青木弘行(2008頃–2011)
  • 山中敏正(2012–2015)
  • 松岡由幸(2016–2020)
  • 小林昭世(2020–2023)
  • 佐藤弘喜(2024–2027、現職)

在任時の所属は、大学公式の名誉教授一覧と、本人が『デザイン学研究』に載せた論文の著者所属欄から確定した。 奥付の事務局所在は使えない。 事務局は事務局担当理事の勤務先に置かれるもので、会長の所属とは無関係だからである(1993年以降は大学を離れ、杉並区西荻北の事務所に固定されている)。

flowchart LR
  CHIBA["千葉大学<br/>6名"]
  TSUKUBA["筑波大学<br/>2名"]
  GEIDAI["東京藝術大学<br/>1名"]
  MUSABI["武蔵野美術大学<br/>1名"]
  KEIO["慶應義塾大学<br/>1名"]
  CIT["千葉工業大学<br/>1名"]
  UNK["確定できず<br/>2名"]

  CHIBA --> C1["小池新二 1954"]
  CHIBA --> C2["鈴木邁 1986–1990"]
  CHIBA --> C3["森典彦 1993–1996"]
  CHIBA --> C4["宮崎清 1996–2000"]
  CHIBA --> C5["杉山和雄 2004–2007"]
  CHIBA --> C6["青木弘行 2008–2011"]
  TSUKUBA --> T1["原田昭 2000–2003"]
  TSUKUBA --> T2["山中敏正 2012–2015"]
  GEIDAI --> G1["稲次敏郎 1991–1992"]
  MUSABI --> M1["小林昭世 2020–2023"]
  KEIO --> K1["松岡由幸 2016–2020"]
  CIT --> S1["佐藤弘喜 2024–"]
  UNK --> U1["勝見勝 1960–1982"]
  UNK --> U2["明石一男 1983–1985"]

在任時の所属を確定できた12名のうち、千葉大学が6名を占める。 1986年から2011年までの25年間は、稲次敏郎の2年と原田昭の4年を挟んで、鈴木邁、森典彦、宮崎清、杉山和雄、青木弘行と千葉大学の5名が続く。

同じ大学というだけではない。 1986年の『デザイン学研究』に載った「肢体不自由児用いすの計画・設計(3)」という論文の著者所属欄には「千葉大学工学部」とあり、そこに宮崎清、鈴木邁、上原勝、青木弘行の4名が並んでいる。 のちに会長となる3人が、この時点で同じ共著論文の中にいた。 1993年の論文でも森典彦と杉山和雄が千葉大学として並ぶ。 会長職は、同じ大学の同じ研究グループの中を、四半世紀にわたって順に回っている。

もう一つ、系譜として読める組み合わせがある。 2001年の論文「多義的文様の視覚認知におけるレイヤー構造」の著者は佐藤弘喜(筑波大学大学院)と原田昭(筑波大学)である。 原田は 2000年から2003年の会長で、佐藤は 2024年からの現会長にあたる。 現会長の勤務先は千葉工業大学だが、学術的な出自は筑波大学の原田研究室にある。

勝見勝と明石一男の2名は所属を確定できなかった。 勝見については、東京教育大学から京都市立芸術大学へという説と、東京造形大学とする説があり、資料が一致しない。 明石についても武蔵野美術大学説と東京造形大学説が並び立つ。 14名のうち2名が欠けた状態での分布である、という限定つきで読む必要がある。

対照的に、意匠学会は 1959年から現在までの歴代会長10名が公式年表で全期判明する。 井島勉、河本敦夫、伊東一信、金田民夫、上平貢、宮島久雄、藤田治彦、塚田章、谷本尚子、高安啓介。 ただし年表に所属機関の併記が無く、本調査でも過半の所属を一次資料で確認できなかったため、日本デザイン学会と同じ精度で分布を比べることはできない。

会長はどう選ばれてきたか

会報には、会長選挙の得票が公表されている号がある。

1998年(平成10・11年度)の選挙は、有効投票125票のうち宮崎清が68票を集め、清家清、向井周太郎、原田昭が各6票だった。 2000年(平成12・13年度)は、有効投票128票のうち原田昭が75票、黒川威人8票、青木弘行、杉山和雄、西沢健が各5票である。

いずれも当選者が過半を大きく超え、次点との差が10倍前後ある。 一方で候補が事前に絞られている形跡はない。 1998年には基礎デザイン学の向井周太郎と、建築の清家清にも票が入っている。

役員名簿を年度順に並べると、会長になる人物が事前にどの役職を通ってきたかも見える。 原田昭は会長就任前に副会長を4年、その前に企画委員長を務めている。 青木弘行は論文審査・論文集編集委員長、支部長、本部事務局長を経て会長になった。 山中敏正は情報・データベース委員長と本部副事務局長、松岡由幸は理事を経ている。 判明した範囲では、外部から突然会長に就いた例は無い。

理論的学統は五つ、ただし互いを読んでいない

日本のデザイン研究には、文献で確認できる学派が少なくとも五つある。

一般設計学(吉川弘之、東京大学精密工学)は 1979年前後に始まり、設計対象の概念を実体概念と抽象概念に分けて位相空間論的に公理化した。 冨山哲男との拡張版が国際設計工学の文脈で引用され、1992年設立の東京大学人工物工学研究センターにつながる。 吉川は 2020年に『一般デザイン学』として集大成を刊行した。 この系統は工学の設計論であり、意匠系のデザイン学とはほとんど交わっていない。

基礎デザイン学(向井周太郎、武蔵野美術大学)はウルム造形大学由来の記号論と形態学を土台にする。 Krippendorff が 1998年に基礎デザイン学会のフェローに迎えられ、その主著 The Semantic Turn が 2009年に小林昭世ほかによって邦訳された。 邦訳者の小林が後に日本デザイン学会会長(2020–2023)になっていることは、この学統が学会運営にも接続していることを示す。

感性工学(長町三生、広島大学)は、日本発の方法論として国際英語誌で流通した数少ない例である。 Nagamachi (1995) が International Journal of Industrial Ergonomics に載り、広島国際大学には世界初とされるカンセイエンジニアリング学科が置かれた。 Lévy (2013) が International Journal of Design で「感性工学は感性研究全体に還元されるべきではない」と批判し、京都学派の哲学を参照した「感性デザイン」への拡張を提起している。 日本発の概念に対して国際誌上で批評が積み重なった、稀な事例である。

芸術工学(小池新二、九州芸術工科大学)は「技術の人間化」を掲げるが、英語圏での参照は確認できなかった。

意匠学は、学会と学会誌という制度は 1959年から継続しているのに、学問体系そのものを定式化した単一の創始文献を特定できなかった。 入江繁樹による柳宗悦「用の美」の構造分析のように、個別の理論的仕事は存在する。 学派としての制度は確認できるが、理論的中心は文献の形で見つからない。

このほか、生理人類学と人間工学の系統(千葉大学など)、デザイン方法論の受容(J. C. Jones の抄録訳は 1969年、Alexander『形の合成に関するノート』の全訳は 1978年)、川喜田二郎の KJ法(1967)、デザイン政策とデザイン経営(Gマーク 1957、特許庁「デザイン経営」宣言 2018)、2010年代のデザイン思考の大学導入(慶應 SDM 2008、東大 i.school 2009、京大デザインスクール 2013)がある。

KJ法は、1962年のロンドン会議に始まる海外のデザイン方法論運動とほぼ同時期に、野外科学という独立した文脈から生まれた。 輸入ではなく並行して発生した方法論である。

「デザイン学の不在」という問題提起

八重樫文らが 2023年に、日本のデザイン研究の課題として「デザイン学の不在」を挙げ、阿部公正 (1978) と向井周太郎 (2008) を引いている。

三つの言明を原典に当たって読み直すと、同じ不在が繰り返し指摘されたのではなく、問いの対象が移動していることが分かる。 阿部が問うたのはデザインが「応用美術」に過ぎないのかという学の地位であり、向井が示したのはウルム造形大学だけが実践的理論を持っていたという評価と、その再構築が未完だという告白であり、八重樫らが診断したのは科学化を追究した先の行き止まりである。 さらに 2025年には、八重樫らが足場として引いた Nigel Cross 本人が「design is now recognized as an academic discipline」と書いている。 この読み直しは design-discipline-absence-literature にまとめた。

日本のデザイン研究が学派として分岐しながら統合されてこなかったことと、この繰り返される不在の指摘は、おそらく同じ事態の裏表である。 一般設計学と基礎デザイン学と感性工学は、どれも自前の理論的中心を持っているが、互いを引用していない。 古賀(2019)が指摘する「デザインサイエンス」概念の混乱、すなわち吉川流の設計科学と Simon 流と情報システム研究の Design Science Research が同じ語で呼ばれている状態も、この非統合の一部である。

学閥はどこまでデータで見えるか

ここから人事の話になる。

日本の大学一般には数値がある

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の『科学技術指標2016』が、日本の大学教員の自校出身率を 32.6%(2013年度)と推計している。 原資料は文部科学省の学校教員統計調査で、3年ごとの悉皆調査である。 分野別では保健が最も高く約5割、社会科学が最も低く2割程度で推移する。 長期的には減少傾向にあると本文は述べている。

ただしこの指標には続きが無い。 2021年版と 2024年版の同じ章立て位置は「大学教員の年齢階層の変化」に差し替わっており、「大学教員の出身校の多様化」に相当する節が存在しない。 32.6%(2013年度)が、現在たどれる唯一かつ最新の一次公表値である。 日本の大学のインブリーディングは、10年以上更新されないまま放置されている。

国際的な研究では、Horta, Sato & Yonezawa (2011) が日本の大学のインブリーディングを定性分析し、三つの特徴を挙げている。 形骸化した公募、単一大学での学習経験、博士指導教員の同一大学への集中である。 Horta (2022) はインブリーディングが学術寡頭制を形成して制度変化を妨げる機構を整理し、Shibayama (2022) は日本の生命科学博士取得者 246名を対象に、指導教員のオリジナリティ志向がインブリードされた学生に継承される両刃の効果を実証した。 インブリーディングは一律に有害ではなく、何が継承されるかで正負が反転する。

公募の競争率には実測がある

加藤真紀(2024)が、東京都の公立大学の公募 111件(2019–2021年度)を分析している。 平均応募数は 15.12(標準偏差 24.64)、最少 1人、最大 183人。 分野別では理学部が平均 46.00、健康福祉学部が 3.69。 職位別では助教が 7.29 に対し、教授 21.17、准教授 21.06 と約3倍の開きがある。

応募が 1人しかない公募が実在するという事実は重い。 ただしこれは競争率の測定であって、内定者が事前に決まっていたかどうかの測定ではない。

デザイン系には数値が無い

以下は、探して見つからなかったものの一覧である。

  • デザイン系と美術系に限定した自校出身率やインブリーディング率の実証データ。NISTEP と文部科学省の統計は「保健」「社会科学」といった大分類でしか分野別集計を公表しておらず、デザインと美術を独立区分として集計した公表資料は確認できなかった
  • 芸術系大学の教員公募における実技審査、学位不問の慣行、縁故採用を扱った査読論文
  • 「出来レース公募」の実在を定量的に実証した査読論文。加藤(2024)は競争率を測定したが、内定の事前決定を直接測ってはいない
  • 日本のデザイン研究に限定した計量書誌学的な学統可視化(引用ネットワークや共著ネットワークによる学派検出)

「出来レース」を主張する記述は個人ブログには多く見つかるが、収集規約上、書誌の根拠には使えない。 デザイン系の人事について流通している見立ての多くは、検証されていないというより、検証する材料が公開されていない。

なお、学統をデータで可視化する手法自体は確立している。 Clauset ら(2015)が計算機科学、経営学、歴史学の教員約 19,000名の配置データから採用ネットワークを構築し、博士取得機関の威信が大学ランキングよりも配置を予測することを示した。 同じ手法をデザイン系に適用することは原理的には可能である。 できていないのは手法が無いからではなく、デザイン系の教員に博士取得機関という共通の属性が揃わないからだ。 この点は次節のデータが示す。

三機関を自前で集計した

空白を少しでも埋めるために、大学公式の教員一覧ページと researchmap の公開プロフィールから、3機関の専任教員の出身校を集計した。

flowchart LR
  KIT_S["京都工芸繊維大学"] -- "6名" --> KIT["京都工芸繊維大学<br/>デザイン学専攻<br/>判明 17 / 22名<br/>自校 35.3%"]
  TODAI["東京大学"] -- "2名" --> KIT
  KIT_O["筑波大・京大・千葉大・一橋大<br/>海外3校ほか 各1名"] -- "9名" --> KIT

  MUSABI_S["武蔵野美術大学"] -- "4名" --> MUSABI["武蔵野美術大学<br/>基礎デザイン学科<br/>判明 6 / 7名<br/>自校 66.7%"]
  TODAI2["東京大学"] -- "1名" --> MUSABI
  DOSHISHA["同志社大学"] -- "1名" --> MUSABI

  KYUSHU_S["九州芸術工科大学"] -- "2名" --> KOBE["神戸芸術工科大学<br/>生産・工芸デザイン学科<br/>判明 8 / 13名<br/>自校 12.5%"]
  KOBE_S["神戸芸術工科大学"] -- "1名" --> KOBE
  KOBE_O["大阪芸大・京都工繊大・金沢美工大<br/>筑波大・東京藝大 各1名"] -- "5名" --> KOBE

千葉大学デザインコースも対象にしたが、公式教員一覧ページが動的生成で取得できず、分母が確定しなかったため集計から外した。 筑波大学芸術系(63名)、東京藝術大学デザイン科、名古屋市立大学芸術工学部は時間内に処理できていない。

機関差が極端に大きい

自校出身率は 12.5% から 66.7% まで開いた。 日本の大学全体の平均 32.6% を挟んで両側に振れている。

神戸芸術工科大学の 12.5% は低い。 ただしこの大学は 1989年開学で、自校出身者が教員になる年齢に達した層がまだ薄い。 代わりに最多の供給元が九州芸術工科大学の 2名で、芸術工学会の事務局が 2011年に九州大学から神戸芸術工科大学へ移ったことと符合する。 学会の事務局移転と人の移動が同じ方向を向いている。

京都工芸繊維大学の 35.3% は全国平均に近い。 出身校の分散が大きく、東京大学2名のほかは筑波大学、京都大学、千葉大学、一橋大学、京都市立芸術大学、そして Royal College of Art、University of Leeds、ミラノ工科大学といった海外機関に散っている。

自校出身率と学位の保有

武蔵野美術大学基礎デザイン学科の自校出身率 66.7% は、3機関で最も高い。 同時に、学歴を確認できた 6名の全員が博士号を持っていなかった。 原研哉が修士で、他は学士どまりである。

この二つの事実は、切り離して読めない。 自校出身率が高いことを縁故の指標として読むなら、その前提には「本来は学位と論文業績という機関に依らない基準で選考されるべきだ」という想定がある。 しかし判明した教員全員が博士号を持たない学科では、その想定自体が成り立っていない。 選考は作品と実務の実績で行われており、そこでは母校で誰に学んだかが業績の一部として機能する。

京都工芸繊維大学では逆に、博士号取得者が多数を占め、博士(学術)、博士(工学)、博士(文学)、博士(美術)、博士(社会学)、博士(感性科学)、PhD と学位名が分かれている。 神戸芸術工科大学は自校授与の博士(芸術工学)を含む3名が博士号を持ち、残りは修士か学士である。

学位名が機関ごとに割れていること自体が、学統の分岐の産物である。 そして実技系と理論系の教員が同じ学科に混在するため、一つのインブリーディング率という数字がこの二種類の採用を平均してしまう。

何が言えて、何が言えないか

言えるのは次のことだけである。

  • 3機関31名という標本では、自校出身率が機関によって大きく異なる
  • 自校出身率が最も高い機関は、判明した範囲で博士号保持者がゼロだった
  • 学位名称が機関ごとに分かれており、学統の分岐が学位の名前に残っている

言えないのは次のことである。

  • デザイン系全体の自校出身率。3機関では代表性が無い
  • 縁故採用の有無。現職の出身校分布は採用時点の選考過程を示さない
  • 欠落バイアスの方向。researchmap 未登録や学歴非公開の教員が集計から漏れており、その層が自校出身に偏るのか他校出身に偏るのかは、このデータからは判定できない

そして最初の問いに戻ると、「デザイン系は縁故採用が多いのか」という問いは、そのままでは答えられない。 インブリーディング率という指標は、博士号と論文業績で人を測る分野のために作られている。 判明した教員の全員が博士号を持たない学科に同じ物差しを当てても、測っているものが違う。 問いを立て直すとすれば、「実技系の教員採用で業績とされているものは何か、それは誰がどう検証できるのか」になる。

空白(未充足の論点)

  • 1953年から1959年の会長。この期間の『デザイン学研究』は J-STAGE に電子化されておらず(最古は1960年の第2号)、勝見勝がいつ委員長に就いたか、小池新二からどう交代したかを追えない。1960年の学会ニュースが勝見の「再選」を伝えているため、それ以前から在任していたことだけが分かる。紙の所蔵に当たるか、学会事務局に照会するしかない
  • 勝見勝と明石一男の在任時の所属。二次資料が食い違っており、論文の著者所属欄でも確認できていない
  • 芸術工学会の 1992–2021年の歴代会長。公式サイトに該当ページの存在は確認したが本文に到達できなかった
  • デザイン系の教員採用ネットワークの悉皆データ。Clauset ら(2015)の手法を適用するための基礎データが存在しない。実技系教員は博士取得機関を持たない場合が多く、欠損率が高くなる
  • 実技系教員の業績評価基準を扱った研究。作家歴と実務歴がどう評価されるかを扱った査読論文が見つからなかった
  • 意匠学の理論的中心文献。学会という制度は 1959年から継続しているのに、学問体系を定式化した文献を特定できなかった
  • 芸術工学の国際的受容。英語圏での参照が確認できず、この学統が日本国内で閉じているのかどうかを判定できていない

関連ノート

  • design-research-2024-2026-literature:デザイン研究の国際的な現在地(2024–2026)。本ノートの日本の系譜は、この国際的な分布のどこに位置するかがまだ接続されていない
  • design-professions-expertise:専門職理論から見たデザインの位置づけ。実技系教員の業績評価の問題は、専門職の管轄権の議論と接続する
  • design-epistemology-methodology-foundations:デザインの認識論的前提。一般設計学と基礎デザイン学の非統合は、この認識論の問題と重なる
  • design-social-science-nexus:デザインと社会科学の接点。日本の事例は扱われていない
  • 大学教員公募の「出来レース」文献地図:公募の形骸化に関する先行整理
  • 公募が形だけになるときの発生機構:採用が形骸化する機構の整理

参照文献

機関の設立系譜

  1. 勝村謙一 (1983)「バウハウスの日本人留学者(1):山脇巌と山脇道子について」『デザイン学研究』第30回研究発表大会概要集. https://doi.org/10.11247/jssdj.1983.135
  2. 常見美紀子 (2004)「桑沢デザイン研究所の構成教育」『デザイン学研究』51(4). https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssdj/51/4/51_KJ00003300959/_article/-char/ja/
  3. 孫大雄・宮崎清・樋口孝之 (2008)「1920-1930年代における小池新二の活動:昭和前期のデザイン啓蒙活動をめぐって」『デザイン学研究』54(6). https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssdj/54/6/54_KJ00004914376/_article/-char/ja/
  4. 孫大雄・宮崎清・樋口孝之 (2008)「1940年代における小池新二の活動:「工芸の決別」から「インダストリアル・デザイン」へ」『デザイン学研究』55(3), 1-10. https://doi.org/10.11247/jssdj.55.1_3
  5. 菅靖子 (2007)「デザイン史研究とミュージアム」『デザイン学研究特集号』14(3), 7-12. https://doi.org/10.11247/jssds.14.3_7
  6. 向井周太郎 (1985)「環境形成の思想と今後の課題:ウルム造形大学をめぐって」『デザイン学研究』1985(53), 9-12. https://doi.org/10.11247/jssdj.1985.9_3
  7. 庄子晃子 (1994)「商工省工芸指導所の仙台本所時代の東北工芸産業振興策」『デザイン学研究特集号』2(1), 6-9. https://doi.org/10.11247/jssds.2.1_6
  8. 藪亨 (2003)「デザイン史の現状と課題」『デザイン理論』42, 77-90. https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/53069/jjsd42_077.pdf
  9. 谷本尚子 (2017)「書評 藪亨著『デザイン史:その歴史,理論,批評』」『デザイン学研究』106-109. https://cir.nii.ac.jp/crid/1571980077704896512
  10. 梅宮弘光 (1998) “Educational system and its change of Shin-Kenchiku-Kohgei-Gakuin: a private school of design in 1930’s Japan”『人間科学研究』(神戸大学) 15-26. https://cir.nii.ac.jp/crid/1570291226836237952
  11. 千葉大学工学部「学部概要(沿革)」https://www.f-eng.chiba-u.jp/outline/outline.html (2026-08-31 アクセス)
  12. 筑波大学「沿革」https://www.tsukuba.ac.jp/about/outline-history/ (2026-08-31 アクセス)
  13. 筑波大学芸術系「芸術系について」https://www.geijutsu.tsukuba.ac.jp/faculty/ (2026-08-31 アクセス)
  14. 京都工芸繊維大学「大学の歴史」https://www.kit.ac.jp/uni_index/principle/history/ (2026-08-31 アクセス)
  15. 名古屋市立大学「芸術工学部・芸術工学研究科の歴史」https://www.nagoya-cu.ac.jp/70years/meishidai-history/academics/grad-sda/history/history-no3.html (2026-08-31 アクセス)
  16. 情報科学芸術大学院大学(IAMAS)「沿革」https://www.iamas.ac.jp/history/ (2026-08-31 アクセス)
  17. 専門学校桑沢デザイン研究所「桑沢のあゆみ」https://www.kds.ac.jp/about/history/ (2026-08-31 アクセス)
  18. 東京藝術大学デザイン科「デザイン科の概要」https://design.geidai.ac.jp/about/ (2026-08-31 アクセス)
  19. 神戸芸術工科大学「建学の理念・沿革」https://www.kobe-du.ac.jp/about/vision/ (2026-08-31 アクセス)
  20. 東京文化財研究所「物故者記事:小池新二」https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/10239.html (2026-08-31 アクセス)
  21. 九州大学 Center for Design Fundamentals Research (2015)「高次のデザイン(小池新二)」https://www.cdfr.design.kyushu-u.ac.jp/lexicon/2015/ (2026-08-31 アクセス)
  22. 九州大学 (2003)「共生し飛躍する 九州大学と九州芸術工科大学 統合!」https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/topics/view/1047/ (2026-08-31 アクセス)
  23. 大阪公立大学 生活科学部「沿革」https://www.omu.ac.jp/life/about/history/ (2026-08-31 アクセス)
  24. 東京大学人工物工学研究センター「沿革」http://race.t.u-tokyo.ac.jp/en/about/history/ (2026-08-31 アクセス)
  25. 多摩美術大学「沿革」https://www.tamabi.ac.jp/about/history/ (2026-08-31 アクセス)
  26. 東京藝術大学大学院映像研究科「概要」https://www.geidai.ac.jp/department/gs_fnm/outline (2026-08-31 アクセス)
  27. 武蔵野美術大学「沿革」https://www.musabi.ac.jp/outline/about/history/ (2026-08-31 アクセス)
  28. 武蔵野美術大学「基礎デザイン学科の創設とその時代:向井周太郎先生の考えをもとに」https://2029mag.musabi.ac.jp/archive/108/ (2026-08-31 アクセス)

学会と学術共同体

  1. 日本デザイン学会「学会概要」https://jssd.jp/about (2026-08-31 アクセス)
  2. 日本デザイン学会「組織・運営」https://jssd.jp/about/organization-and-management (2026-08-31 アクセス)
  3. 日本デザイン学会「役員一覧」https://jssd.jp/about/organization-and-management/board-of-directors (2026-08-31 アクセス)
  4. 日本デザイン学会「会員」https://jssd.jp/member (2026-08-31 アクセス)
  5. 日本デザイン学会「教育部会」http://jssd.jp/about/section-and-branch/education-group (2026-08-31 アクセス)
  6. 意匠学会「沿革(年表)」https://www.japansocietyofdesign.com/ja/about/?id=4 (2026-08-31 アクセス)
  7. 意匠学会「運営組織」http://www.japansocietyofdesign.com/outline/management.html (2026-08-31 アクセス)
  8. 芸術工学会 公式サイト https://sdafst.or.jp/main/index.php (2026-08-31 アクセス)
  9. 日本感性工学会「概要」https://www.jske.org/about/ (2026-08-31 アクセス)
  10. 日本感性工学会「学会案内」https://archives.jske.org/abouts (2026-08-31 アクセス)
  11. 日本感性工学会「役員一覧」https://www.jske.org/director/ (2026-08-31 アクセス)
  12. 日本図学会「学会の歴史」https://www.graphicscience.jp/about/7_list_detail.html (2026-08-31 アクセス)
  13. 日本図学会「歴代役員」https://www.graphicscience.jp/yakuin/ (2026-08-31 アクセス)
  14. ヒューマンインタフェース学会「設立趣意書」https://jp.his.gr.jp/guide/outline/old-establishment/ (2026-08-31 アクセス)
  15. 情報処理学会「60年史:ヒューマンコンピュータインタラクション研究会」https://www.ipsj.or.jp/60anv/60nenshi/3-2-2-2.html (2026-08-31 アクセス)
  16. IASDR “Member Societies” https://iasdr.net/member-societies/ (2026-08-31 アクセス)
  17. 松岡由幸 researchmap プロフィール https://researchmap.jp/read0050680 (2026-08-31 アクセス)
  18. 大井尚行 researchmap プロフィール https://researchmap.jp/read0188521 (2026-08-31 アクセス)
  19. 東北芸術工科大学 (2024)「芸術工学会 2024年度春期大会」https://www.tuad.ac.jp/news/events/20793/ (2026-08-31 アクセス)

理論的学統

  1. 吉川弘之 (1987)「一般設計学」『人工知能』2(3), 273-279. https://doi.org/10.11517/jjsai.2.3_273
  2. 吉川弘之 (2020)『一般デザイン学』岩波書店. https://www.iwanami.co.jp/book/b496842.html
  3. Tomiyama, T. & Yoshikawa, H. (1986) “Extended General Design Theory” in Design Theory in Computer-Aided Design, North-Holland, 95-130. https://www.semanticscholar.org/paper/Extended-general-design-theory-Tomiyama-Yoshikawa/ce1e32f02ba8a0431cbfcf956185294ffd5b305a
  4. 古賀広志 (2019)「デザインサイエンス研究の系譜と課題」『日本情報経営学会誌』38(4), 36-56. https://doi.org/10.20627/jsim.38.4_36
  5. 八重樫文・磯邉美香・三好春陽 (2023)「デザイン研究における今日的課題の検討」『デザイン科学研究』(立命館大学) 2, 51-68. https://www.ritsumei.ac.jp/research/rcds/file/2023/6_rcds_2_yaegashi_isobe_miyoshi.pdf
  6. 入江繁樹 (2015)「〈用〉とは何か:柳宗悦の民藝美学における〈用即美〉の構造をめぐって」『デザイン理論』66, 17-30. https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/56359/jjsd66_017.pdf
  7. Nagamachi, M. (1995) “Kansei Engineering: A new ergonomic consumer-oriented technology for product development” International Journal of Industrial Ergonomics 15(1), 3-11. https://doi.org/10.1016/0169-8141(94)00052-5
  8. Nagamachi, M. (2002) “Kansei Engineering in Consumer Product Design” Ergonomics in Design 10(2), 5-9. https://doi.org/10.1177/106480460201000203
  9. Lévy, P. (2013) “Beyond Kansei Engineering: The Emancipation of Kansei Design” International Journal of Design 7(2), 83-94. http://www.ijdesign.org/index.php/IJDesign/article/view/1097/581
  10. 安河内朗 (2011)「日本の生理人類学の動向:第一報」『日本生理人類学会誌』16(2), 59-66. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpa/16/2/16_KJ00007297275/_article/-char/ja/
  11. Teasley, S., Adriasola, I. & Traganou, J. (2017) “Design and Society in Modern Japan: An Introduction” Review of Japanese Culture and Society 28, 1-50. https://doi.org/10.1353/roj.2016.0021
  12. Jones, J. C.(工芸財団・大阪デザイン振興懇談会 編訳)(1969)『デザインの方法論:J.クリストファー・ジョーンズ論文抄録』. https://ci.nii.ac.jp/ncid/BB03643675
  13. Alexander, C.(稲葉武司 訳)(1978)『形の合成に関するノート』鹿島出版会. https://kajima-publishing.co.jp/books/sd-books/jtn9nqjbb4/
  14. 安藤拓生・八重樫文 (2024)「デザイン経営の議論の整理と研究課題の導出」『デザイン科学研究』(立命館大学) 4(1), 131-146. https://www.ritsumei.ac.jp/research/rcds/file/2024/7_rcds_4.pdf
  15. 赤坂文弥・中谷桃子・木村篤信 (2020)「サービスデザインに関する多様な研究アプローチの可視化と今後の連携に向けた考察」『サービソロジー論文誌』4(1), 10-17. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjs/4/1/4_10/_article/-char/ja
  16. 山内裕・佐藤那央 (2016)「サービスデザイン再考:相互主観性からの視座」『マーケティングジャーナル』35(3), 64-74. https://doi.org/10.7222/marketing.2016.005
  17. 川喜田二郎 (1967)『発想法:創造性開発のために』中央公論新社. https://www.chuko.co.jp/shinsho/2017/06/180136.html
  18. Krippendorff, K.(小林昭世ほか 訳)(2009)『意味論的転回:デザインの新しい基礎理論』エスアイビー・アクセス. https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784434130335

学閥と大学人事の実証

  1. Horta, H., Sato, M. & Yonezawa, A. (2011) “Academic inbreeding: exploring its characteristics and rationale in Japanese universities using a qualitative perspective” Asia Pacific Education Review 12(1), 35-44. https://doi.org/10.1007/s12564-010-9126-9
  2. Horta, H. (2022) “Academic Inbreeding: Academic Oligarchy, Effects, and Barriers to Change” Minerva 60(4), 593-613. https://doi.org/10.1007/s11024-022-09469-6
  3. Shibayama, S. (2022) “Development of originality under inbreeding: A case of life science labs in Japan” Higher Education Quarterly 76(1), 63-75. https://doi.org/10.1111/hequ.12315
  4. Horta, H. & Yonezawa, A. (2013) “Going places: exploring the impact of intra-sectoral mobility on research productivity and communication behaviors in Japanese academia” Asia Pacific Education Review 14, 537-547. https://doi.org/10.1007/s12564-013-9279-4
  5. Kato, M. (2023) “Careers of faculty with foreign degrees: The attributes and impact on academic ranks in Japan” International Journal of Educational Development 99, 102754. https://doi.org/10.1016/j.ijedudev.2023.102754
  6. 加藤真紀 (2024)「大学教員公募における競争:東京都の公立大学教員採用選考を事例として」『名古屋高等教育研究』24, 181-202. https://web.cshe.nagoya-u.ac.jp/publication/journal/img/no24/11.pdf
  7. 山本清 (2020)「大学教員の人事評価」『高等教育研究』23, 97-118. https://doi.org/10.32116/jaher.23.0_97
  8. Clauset, A., Arbesman, S. & Larremore, D. B. (2015) “Systematic inequality and hierarchy in faculty hiring networks” Science Advances 1(1), e1400005. https://doi.org/10.1126/sciadv.1400005
  9. Lee, E., Clauset, A. & Larremore, D. B. (2021) “The Dynamics of Faculty Hiring Networks” EPJ Data Science 10, 48. https://arxiv.org/abs/2105.02949
  10. Chen, Y., Kang, Y. et al. (2025) “Where are GIScience Faculty Hired from? Analyzing Faculty Mobility and Research Themes Through Hiring Networks” Cartography and Geographic Information Science. https://arxiv.org/abs/2508.09043
  11. Anil, S. et al. (2018) “Genealogy tree: understanding academic lineage of authors via algorithmic and visual analysis” arXiv:1803.02352. https://arxiv.org/abs/1803.02352
  12. 科学技術・学術政策研究所 (2016)『科学技術指標2016』2.2.3(3)「大学教員の出身校の多様化」. https://www.nistep.go.jp/sti_indicator/2016/RM251_28.html
  13. Slepykh, V. (2025) “Academic inbreeding and productivity of STEM early career researchers in different environments” Research Policy 54(6), 105240. https://doi.org/10.1016/j.respol.2025.105240
  14. 文部科学省 (2024)「学校教員統計調査(令和4年度確定値)」https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/kyouin/gaiyou/chousa/1268564.htm (2026-08-31 アクセス)

教員構成の集計に用いた一次資料

  1. 京都工芸繊維大学 デザイン・建築学系「教員一覧」https://www.design-architecture.kit.ac.jp/ja/faculty/?c=2 (2026-08-31 アクセス)
  2. 武蔵野美術大学 基礎デザイン学科「教員一覧」https://www.musabi.ac.jp/course/undergraduate/scd/faculty/ (2026-08-31 アクセス)
  3. 神戸芸術工科大学 生産・工芸デザイン学科「教員一覧」https://www.kobe-du.ac.jp/education/pc/ (2026-08-31 アクセス)
  4. researchmap(各教員の公開プロフィール、学歴の確認に使用)https://researchmap.jp/ (2026-08-31 アクセス)

個々の教員の researchmap URL と学歴の対応は、内部台帳 source/review/japan-design-research-genealogy/papers.md に記録している。公開ノートでは個人名を出さず集計値のみを示す。

歴代会長の復元に用いた一次資料

歴代会長の氏名と在任期は、次の資料のスキャン PDF を直接読んで確定した。個々の巻号の URL は内部台帳に記録している。

  1. 日本デザイン学会『デザイン学研究』奥付(1960年 No.2 から 2019年まで)https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jssdj/list/-char/ja (2026-08-31 アクセス)
  2. 日本デザイン学会『デザイン学研究特集号』奥付(第1巻 1993年 から 第26巻 2019年まで)https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jssds/list/-char/ja (2026-08-31 アクセス)
  3. 日本デザイン学会「学会ニュウス/編集後記」『デザイン学研究』No.2 (1960)。昭和35年度委員の改選と勝見勝の委員長再選を伝える
  4. 日本デザイン学会報 No.138–No.161(1997–2002)。『デザイン学研究特集号』第5巻〜第10巻に収録。役員名簿、会長選挙結果、総会資料を含む
  5. 小林昭世 (2023)「日本デザイン学会の紹介」『横幹』17(1), 47-48. https://www.jstage.jst.go.jp/article/trafst/17/1/17_47/_pdf/-char/ja
  6. 千葉大学「名誉教授」https://www.chiba-u.ac.jp/about/professor/honorary.html (2026-08-31 アクセス)
  7. 大野絵里砂・江本聞夫・宮崎清・鈴木邁・上原勝・青木弘行 (1986)「肢体不自由児用いすの計画・設計(3)」『デザイン学研究』No.55. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssdj/1986/55/1986_KJ00007024274/_pdf/-char/ja
  8. 稲次敏郎 (1987)「デザイン学の今日的課題」『デザイン学研究』No.58. https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jssdj/1987/58/_contents/-char/ja
  9. 原田利宣・森典彦・杉山和雄 (1993)「遺伝的アルゴリズムを応用したイメージ空間の探索」『デザイン学研究』40(2). https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jssdj/40/2/_contents/-char/ja
  10. 佐藤弘喜・原田昭 (2001)「多義的文様の視覚認知におけるレイヤー構造」『デザイン学研究』48(1). https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jssdj/48/1/_contents/-char/ja
  11. 八馬智・杉山和雄 (2004)「高速道路における内部景観評価尺度の構築」『デザイン学研究』50(6). https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jssdj/50/6/_contents/-char/ja

未検証事項

本ノートの記述のうち、一次資料で確認できていないものを集約する。

  • 日本デザイン学会の初代会長。学会自身の記述が勝見勝(1953年8月発足時)と小池新二(1954年の第1回総会で選出)に分かれており、決着していない
  • 勝見勝と明石一男の在任時の所属機関。二次資料が食い違い、論文の著者所属欄でも確認できなかった [要一次検証]
  • 山中敏正(筑波大学芸術系)と松岡由幸(慶應義塾大学)の在任時の所属。researchmap の記載に依っており、他の会長のように論文の著者所属欄では確認していない [要一次検証]
  • 会長の交代時期のうち、1985年から1986年、2007年から2010年、2011年から2012年の各境界。奥付の発行間隔の都合で年単位までしか特定できていない
  • 芸術工学会の大井尚行の在任期。researchmap の記載(2021年6月–2023年5月)と、2024年度大会告知での「芸術工学会長」としての登壇が矛盾する [要一次検証]
  • 日本感性工学会の初代から第13期までの会長、および長町三生が初代会長であったかどうか [要一次検証]
  • 日本基礎造形学会の設立日(1990年7月19日とする情報がある)と機関誌『基礎造形』の創刊年(1992年)。一次ページが 404 で到達できなかった [要一次検証]
  • 千葉大学工業意匠学科が「日本初の大学デザイン学科」であるという位置づけ。検証した査読論文や公式資料に到達できなかった [要一次検証]
  • 武蔵野美術大学基礎デザイン学科の開設時(1967年)に向井周太郎が初代主任であったかどうか。開設者が阿部公正と向井の両名であることは大学広報で確認したが、初代主任の記載は確認できていない [要一次検証]
  • 九州芸術工科大学の設立年(1968年)と当初の学科構成。統合年(2003年10月1日)は九州大学公式で確定したが、旧大学自体の沿革は公式ページに到達できていない [要一次検証]
  • NISTEP の自校出身率について、32.6%(2013年度)と比較すべき過去年の具体値、設置者別(国立、公立、私立)の具体値、分野区分の定義(美術とデザインがどの区分に含まれるか)。いずれも本文に数値記載がなく、確定できなかったため本ノートには載せていない
  • Horta, Sato & Yonezawa (2011) の対象大学数、インタビュー対象者数、調査実施年。本文に到達できず、標本規模を示せていない [要一次検証]
  • 教員出身校の集計における未取得分。京都工芸繊維大学5名、神戸芸術工科大学5名、武蔵野美術大学1名の学歴が確認できていない。また武蔵野美術大学の4名は学歴の根拠が二次資料にとどまり、大学公式または researchmap での再確認が済んでいない [要一次検証]
  • 千葉大学デザインコースの教員一覧。公式ページが動的生成のため分母が取得できず、集計から除外した

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