Shuichiro Ogawa
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ノート · updated 2026-10-24 · Markdown 版

デザイン哲学を議論するために押さえる研究者とデザイナー(世界と日本の担い手を比べる)

デザイン哲学の議論に加わるために押さえておく研究者とデザイナーを、世界と日本に分けて並べ、担い手の立場を比べた。

目次(5)
  1. 世界の担い手は五つの立場に分かれる
  2. 日本の担い手は六つの系統に分かれる
  3. 二つの領域で、誰が議論を担ってきたか
  4. どの順で読むか
  5. 今回確かめられなかったこと

デザイン哲学の議論に入ろうとして文献を開くと、人の名前が先に立ちはだかる。 Simon と Schön が対立したと言われ、Latour と Verbeek が引かれ、日本語の論考では吉川弘之と向井周太郎が別々の文脈で出てくる。 誰がどの立場から何を言ったのかを知らないままでは、議論の筋を追えない。 このノートは、デザイン哲学を議論するうえで押さえておく研究者とデザイナーを、世界と日本に分けて並べ、二つの領域で議論の担い手がどう違うかを比べる。

人物の選び方は三つに絞った。 一つ、主要な著作が確かめられる。 二つ、その人物を「デザイン哲学の論者」や「デザインの思想を書いた者」として位置づける二次文献(総説、書評、受容史)が、要旨か本文で確かめられる。 三つ、その位置づけが、このサイトの先行する調査(デザイン哲学とは何か(学術研究から)、日本のデザイン研究の系譜:三つの源流と、会長職を回してきた大学)の文献と矛盾しない。 二次文献が書誌しか確かめられなかった人物は、末尾の「今回確かめられなかったこと」に名前だけを置いた。 人物の評価や序列はつけない。

世界の担い手は五つの立場に分かれる

世界のデザイン哲学の論者は、所属する分野と、デザインをどこから見ているかで、五つの立場に分かれる。 この五つは重なり、一人が二つにまたがることもある。

立場代表的な人物何を持ち込んだか
設計方法運動とその反省Alexander、Jones、Archer、Rittel、Simon設計を科学の方法で扱う試みと、その限界の自覚
デザイン研究の自己理解Schön、Cross、Buchanan、Krippendorff、Dorst、Redström、Nelson と Stolterman設計の実践に固有の知があるという主張と、その理論化
技術哲学と STSKroes と Meijers、Houkes と Vermaas、Winner、Akrich、Latour、Ihde、Verbeek人工物とは何か、人工物が行為をどう形づくるか
哲学と美学の側からの参入Flusser、Parsons、Vial、Galle、Loveデザインを哲学の主題として定義する試み
批判と正義、人間中心の外Papanek、Maldonado と Bonsiepe、Fry、Willis、Dunne と Raby、Manzini、Escobar、Costanza-Chock、Forlano、Giaccardi と Redström誰のために、どの世界を作るのかという問い

設計方法運動は、Bayazit 2004 の 40 年の総説が、1962 年のロンドンの Conference on Design Methods(Jones と Thornley)を転換点とし、Alexander の博士論文『Notes on the Synthesis of Form』を設計方法の最初の博士論文と呼ぶ(Bayazit 2004)。 同じ総説は、Archer の「デザイン研究とは、人工物と人工の系における構成、構造、目的、価値、意味の知を目指す系統的な探究である」という定義から始まり、Simon に従って設計研究の全体を「人工物の科学」と呼べるとする。 Cross 2001 は、この運動の先駆者である Alexander 自身が後に「デザイン方法の分野から離れた」と述べたことを引き、1960 年代の科学化の頂点に Simon を置いた(Cross 2001)。 Rittel と Webber 1973 は、確定した定式化を持たない「厄介な問題」の概念で、この科学化の限界を名づけた。

デザイン研究の自己理解の側は、Schön 1983 の『The Reflective Practitioner』が開いた。 Bayazit は Schön が設計研究に新しいパラダイムを開いたとし、Cross 2001 は Schön に従って、設計の実践に固有の知的文化があると書く(Bayazit 2004、Cross 2001)。 Buchanan 1992 はデザインが固有の主題を持たない技術文化の新しい教養だと論じ、2001 年には設計研究を人々の考え方と学び方の変化の一部として置き直した(Buchanan 2001、要旨)。 Krippendorff は 1989 年にデザインを「ものの意味づけ」として論じ(Krippendorff 1989、要旨)、2006 年の『The Semantic Turn』にまとめた。 Vihma 2012 はこの言語学に基づく接近が視覚的な性質を過小に扱うと批判している(要旨)。 Dorst 2011 のデザイン思考の核、Redström 2017 の『Making Design Theory』、Nelson と Stolterman の『The Design Way』(Denton 2003 の書評は、デザインを「探究と行為の文化」として記述しようとする書と評する。要旨)が、この自己理解の理論化の側に並ぶ。

技術哲学と STSの側は、デザインの側から見ると別の棚にある。 技術哲学の見取り図である Stanford Encyclopedia of Philosophy の項目は、Simon、Winner、Latour、Verbeek、Houkes と Vermaas、Kroes を引き、Schön、Cross、Buchanan、Rittel を引かない(Franssen et al. 2026、Preston 2022)。 Kroes と Meijers 2002 の人工物の二重性、Houkes と Vermaas 2010 の使用計画の理論、Akrich 1992 のスクリプト、Latour 1992 の委任、Ihde 1990 の人間と技術の四つの関係、Verbeek 2006 の媒介が、この側の道具である。 Verbeek の 2005 年の書『What Things Do』は、技術が人間の行為を媒介するありようを論じ、人工物の設計に倫理を持ち込む道を示す書として書評された(Waelbers 2007、要旨)。 Latour は 2008 年のデザイン史学会の基調講演で、design の語が内包と外延の両面で広がったことを出発点に、物を内在的な材質性で捉える見方と美的で象徴的な側面で捉える見方の近代的な二分が薄れつつあると述べた(Latour 2008)。 Yaneva 2022 は建築家向けに Latour の鍵概念を導入する書を書いている(要旨)。

哲学と美学の側からの参入は、2000 年前後に Design Studies で名乗りを上げた。 Love 2000 は、科学哲学や技術哲学に並ぶ分野としての Philosophy of Design を、設計方法の研究と結びついてきた design philosophy から区別した。 Galle 2002 は特集号の序論で、この分野は若く、書き手の多くは哲学とデザインの一方の訓練しか受けていない「半分素人」だと書いた。 Vermaas と Vial 2018 は、デザインは哲学の新しい主題だが、共有された問いの集まりも確立した分野もまだ無いとする(要旨)。

哲学者の側からの参入の例が、Flusser の論集『The Shape of Things: A Philosophy of Design』(1999 年の英訳。Manzanares et al. 2018 は Flusser と Latour を、デザインがなぜ哲学の注意に値するかを示す二つの接近として比較する。要旨)、Parsons 2015 の『The Philosophy of Design』(Gal 2017 の書評は分析美学への貢献と評し、Galle 2017 は定義を批判的に分析した。要旨)、Vial の『Being and the Screen』(2019 年の英訳。要旨)である。 Vial は 2015 年に、デザインは科学の対象になりうるかを問い、1960 年代以降の科学化の試みを国際とフランス語圏でたどる論考も書いている(Vial 2015、要旨)。

批判と正義、人間中心の外の側は、実践者の著述と理論家の著述が混ざる。 Papanek 1971 の『Design for the Real World』は、Clarke 2021 の伝記が、社会的デザイン運動の歴史を Papanek の生涯でたどり、それが 1960 年代の対抗文化から生まれたという見方に異を唱える対象である(要旨)。 ウルム造形大学の Maldonado は 1972 年の『Design, Nature, and Revolution』で環境デザインへの批判的な立場を取り(Medina Warmburg 2017、要旨)、Bonsiepe はインターフェースの概念で産業デザインを定義し直した(Meyer 2019、要旨)。

Fry は defuturing の語を造り(Kalantidou 2016、要旨)、2009 年の『Design Futuring』で倫理、政治、社会、生態の問題に応える新しい実践を論じた(要旨)。 Willis 2006 の存在論的デザイン、Escobar 2018 の多元世界、Costanza-Chock 2020 のデザイン正義、Forlano 2017 と Giaccardi と Redström 2020 の人間中心の外への問いは、デザイン哲学とは何か(学術研究から) で扱った。 Dunne と Raby 2013 の『Speculative Everything』は、Tonkinwise 2014 の書評論文が、市場の枠を超えて可能な未来を思弁するデザインの主張を検討し、その土台にある「ショッピング」の枠組みを批判する対象である(要旨)。 Manzini 2015 は、非専門家による拡散したデザインと専門家のデザインを区別した(要旨)。 Tonkinwise 自身は 2004 年に、徳が快適で個人主義の暮らしのために作られる物質文化に居場所を持たないと論じている(要旨)。

この五つの立場を一冊で見渡せる編著が、Willis 編の『The Design Philosophy Reader』(2018)である。 目次は 8 部構成で、Latour、Fry、Tonkinwise、Winograd と Flores、Dilnot、Stiegler、Heidegger、Borgmann、Simondon など約 40 人の文を収める(紹介文と目次。本文は未確認)。 Dionne 2019 の書評は、デザインを人間の遍在する活動として検討に値するものと位置づける編者の導入を評している(要旨の冒頭)。

日本の担い手は六つの系統に分かれる

日本でデザインの哲学的な議論を担ってきたのは、工学の設計学、美術大学のデザイン学、感性工学、民藝と工芸の美学、実践者の著述、そして哲学と認知科学からの参入の六つの系統である。 哲学者の側からの参入は、この六つの中で最も薄い。 系統どうしが互いを引用しないことは、日本のデザイン研究の系譜:三つの源流と、会長職を回してきた大学 の理論的学統の節に書いた。

系統代表的な人物何を持ち込んだか
工学の設計学吉川弘之、冨山哲男、松岡由幸設計を公理と定理で形式化する一般設計学、デザインサイエンス
美術大学のデザイン学向井周太郎、阿部公正、勝見勝ウルム由来の記号論と形態学、「デザイン哲学の喪失」という問題提起
感性工学長町三生感性を製品開発の技術にする工学
民藝と工芸の美学柳宗悦、柳宗理用と美の関係、無名の作り手
実践者の著述原研哉、深澤直人、黒川雅之空、無意識、日本の美意識の語彙
哲学と認知科学からの参入佐々木正人、鷲田清一、柏木博、門内輝行アフォーダンス、衣服の哲学、デザイン批評、環境と意味

工学の設計学の中心は吉川弘之の一般設計学である。 1979 年の「一般設計学序説」は、人間の概念に関する三つの公理から設計の定式化と過程の定理を導き(吉川 1979、要旨)、1987 年の解説は、人間の概念の位相数学的モデルを中心に置いた公理論的一般設計学を、CAD の技術分野に限らず人間の知的過程の問題として置いた(吉川 1987)。 Kakuda と Kikuchi 2001 は、科学基礎論の誌でチャネル理論に基づく抽象設計論を一般設計学と関係づけ(要旨)、Reich 1995 は国際誌で一般設計学の仮定を批判した。 吉川は 2007 年に、人工物の見方(人工物観)が使い方と作り方を導き将来の人工環境を左右すると論じ(吉川 2007、要旨)、2020 年に『一般デザイン学』を刊行した。 古賀 2019 は、吉川の一連の研究を「デザインの科学」の先駆的業績と呼びつつ、「デザインサイエンス」の語が吉川の設計科学、Simon、情報システム研究の Hevner らの三つで混乱していると整理した(古賀 2019)。 松岡由幸編著の『デザインサイエンス』(2008)はこの系統の近年の書である(書誌のみ)。

美術大学のデザイン学の中心は向井周太郎である。 向井はウルム造形大学の留学経験から、1967 年に武蔵野美術大学に基礎デザイン学科を開いた(向井 1985)。 1986 年のデザイン学会誌の巻頭言「デザインの規範について」は、英題を「On the New Paradigm of Design Philosophy」とし、現代デザインの最大の問題は「デザインの規範」の喪失で、それは「デザイン哲学の喪失」だと述べ、モダン・デザインの哲学の崩壊が語られた時期の再評価を求めた(向井 1986)。 2017 年の学会の基調講演「デザインの哲学:生知の覚醒へ」は、デザインを「生活世界の形成」と定義し、1960 年を近代デザインの分水嶺と見て、「生知」の覚醒を課題とした(向井 2017)。 この講演には、道具学会、芸術工学会、日本インダストリアルデザイナー協会、意匠学会の論者が並ぶパネル「デザインの哲学:豊かさを再考する」が続いた(面矢ほか 2017、書誌のみ)。

八重樫ら 2023 は、阿部公正が 1978 年の『デザイン思考』で「デザインの『学』は成り立ちえないものなのか、せいぜい『応用美術』なのか」と問い、向井が 2008 年に「デザイン理論の不在という状況に対する問題意識」を学科設立の礎として掲げたことを引き、この「デザイン学の不在」の問題提起が 1960 年代以来繰り返されてきたとする(八重樫ほか 2023。阿部と向井 2008 の原典は孫引き)。 勝見勝の『現代デザイン入門』(1965)はデザイン批評の側の書で、勝見は 1960 年代から 80 年代にかけて日本デザイン学会の長を務めた(書誌のみ。会長歴は 日本のデザイン研究の系譜:三つの源流と、会長職を回してきた大学)。

感性工学は、日本発の方法論として国際誌に流通した数少ない例である。 長町三生の 1989 年の書『感性工学』(書誌のみ)と 1995 年の英語論文(Nagamachi 1995)がその起点で、Lévy 2013 は International Journal of Design で、感性工学は感性の研究全体に還元されるべきでないとし、京都学派の西田幾多郎と Merleau-Ponty の知覚の現象学に接続した「感性デザイン」を提起した(Lévy 2013)。 Teasley ら 2017 は、日本の学術のデザイン研究で kansei design の概念が歴史的な日本文化と価値に結びつけられてきたと述べる(要旨)。

民藝と工芸の美学は、柳宗悦に始まる。 『工藝の道』(1928)の〈用即美〉について、入江 2015 は杉田禾堂の批判を軸に〈用〉の概念の構造を分析し、入江 2008 は、民藝の本質を「無心の美」としながら作家工芸家に生産の指導を求める矛盾を、方法の誤りではなく近代のまなざしの中で非近代の美が実現されるという逆説と読んだ(入江 2015、入江 2008、要旨)。 英語圏では Kikuchi 1997 が、民藝論の「東洋性」は混成の産物で日本のナショナリズムの東西二分に資したと論じ(要旨)、Marquet 2012 は柳を学術的な美術史家ではなく思想家と位置づけ、近年の研究がナショナリズムと植民地主義の観点で読み直していると述べる(Marquet 2012)。 藤田 2003 は、柳が William Morris に主として生き方で共感し、工芸の見方は美術寄りすぎるとみたと論じた(要旨)。 息子の柳宗理の著述は『柳宗理エッセイ』(2003)にまとまり、デザイン学会誌の特集「デザインのパイオニアたちはいま」に紹介がある(高梨 1993、書誌のみ)。

実践者の著述は、日本では書そのものが先に流通し、位置づけの二次文献が少ない。 原研哉の『デザインのデザイン』(2003。英訳『Designing Design』2007)と深澤直人の『デザインの輪郭』(2005)は書誌だけを確かめたが、Cieśliczka 2022 は二人を「空(emptiness)」、「without thought」、無印良品の考えで紹介し、日常のデザインへの影響を論じている(要旨。査読の有無は未確認)。 黒川雅之の『八つの日本の美意識』(2006)について、意匠学会誌の書評は、黒川の「日本人が普通に用いる言語は西洋の世界観の奴隷であった」という指摘と、「気」などの語で日本の美意識を捉える分析を取り上げ、分析の手法にプロダクトデザイナーとしての経験が滲むと評した(榊原 2007)。

哲学と認知科学からの参入は、世界と比べて薄い。 佐々木正人の『アフォーダンス』(1994)は認知科学の側の書で、デザイン学会誌が 2006 年にインタビューを載せた(佐々木ほか 2006、書誌のみ)。 鷲田清一の『モードの迷宮』(1989)は哲学者による衣服の論考だが、デザインの文脈で鷲田を位置づけた二次文献は今回は見つからなかった(書誌のみ)。 柏木博はデザイン批評と歴史の書き手で、『道具の政治学』(1985)の書評は、柏木を『近代日本産業デザインの思想』『日用品のデザイン思想』などのある評論家とし、本書を 1980 年以降の寄稿を集めたものとする(渡辺 1985)。 門内輝行 2005 は、20 世紀の工業社会を導いたデザインが環境破壊を招いたとし、意味と生命の視点から環境親和型デザインの可能性を探った(要旨)。 美学の側からの発言としては、1987 年のデザイン学会の基調講演で、山本正男が「美学・芸術学という立場から」デザイン論からデザイン学への発展に期待を述べている(山本 1987)。

二つの領域で、誰が議論を担ってきたか

世界と日本の表を並べると、違いは誰が議論を担ってきたかに現れる。

第一に、哲学者の側からの参入の厚みが違う。 世界では、Love 2000 と Galle 2002 が Philosophy of Design を科学哲学や技術哲学に並ぶ分野として名乗り、Design Studies の特集号、Design Philosophy Papers 誌、She Ji 誌、Vermaas と Vial の編著、Willis の読本という場が続いた。 日本では、「デザインの哲学」を題に掲げた学会の講演とパネルは 2017 年の向井周太郎の基調講演とそれに続くパネルで(向井 2017、面矢ほか 2017)、担い手は美術大学のデザイン学者と各学会の論者である。 哲学者が登壇した記録として確かめられたのは、1987 年の山本正男の基調講演(美学・芸術学の立場)であり、鷲田清一をデザインの文脈に置く二次文献は見つからなかった。

第二に、工学の設計学の位置が違う。 日本では吉川弘之の一般設計学が公理と定理でデザインを形式化し、科学基礎論の誌でも展開され(Kakuda and Kikuchi 2001)、学会長が 2004 年にデザイン学を異分野を横断する「横断型科学」と位置づけ、日本では工芸美術の拡張としてデザイン学が進展したと述べた(原田 2004)。 世界の側で設計を科学にする試みは、Simon の「デザインの科学」と設計方法運動であり、Cross 2001 はそれを反省の対象として置いた。 古賀 2019 が指摘するように、同じ「デザインサイエンス」の語が吉川の設計科学と Simon と情報システム研究で別のものを指している(古賀 2019)。

第三に、実践者の著述の重さが違う。 世界では Papanek、Maldonado、Dunne と Raby、Manzini の書に、伝記、書評論文、思想史の二次文献がつく。 日本では原研哉、深澤直人、黒川雅之の書が広く読まれているが、位置づけの二次文献は意匠学会誌の書評(榊原 2007)と海外の紹介的論考(Cieśliczka 2022)に限られ、査読誌で彼らの思想を論じた研究は今回の検索では見つからなかった。 日本の実践者の思想は、学術の側で受け止められるより先に、書そのものが流通している。

第四に、海外の受容の経路が違う。 Simon の『The Sciences of the Artificial』は 1969 年にダイヤモンド社から『システムの科学』として訳され、1987 年に原著第 2 版(1981)の新版の訳が出ると、デザイン学会誌の巻頭言は原著が長く翻訳されなかったことに触れつつ「デザインの科学」の章を紹介した(吉田 1990、Simon 1999)。 Schön の『The Reflective Practitioner』の邦訳は 2007 年に教育学の側から出て、教育学の誌が書評した(藤原 2008、書誌のみ)。 Norman の受容は認知科学の側が担った(野島・新垣 2001、要旨)。

Krippendorff と製品意味論は、1987 年に日本インダストリアルデザイナー協会誌が特集を組み、向井が寄稿し、2009 年に『意味論的転回』が邦訳された(川間 2002、Krippendorff 2009)。 川間 2002 は、製品意味論を展開した Butter、Lannoch、Krampen がウルムで教育を受けたこと、そして製品意味論がウルムの延長ではなく、それを批判的に受け止めて展開した理論であることを記す(川間 2002)。 Jones の論文抄録は 1969 年に、Alexander の『形の合成に関するノート』の全訳は 1978 年に出て(Jones 1969、Alexander 1978)、Alexander の後期理論と博士論文の原稿は建築学とデザイン学の誌で読み直されている(長坂 2013、古川園 2025、要旨)。 受容を担ったのは工学、教育学、認知科学、デザイナー団体で、哲学の側の担い手は今回の文献では確かめられなかった。

この四つの違いは、八重樫ら 2023 が「デザイン学の不在」と呼び、「デザイン学の不在」は三度言われたのか:1978年・2008年・2023年の指摘を原典で読み直す が読み直した事態と重なる。 日本では、デザインを哲学の主題として問う役を、哲学の訓練を受けた者より、工学者とデザイナーが担ってきた。 Galle 2002 が世界の側で「書き手の多くは哲学とデザインの一方の訓練しか受けていない」と書いた条件は、日本では一方に偏った形で現れている。

どの順で読むか

世界と日本から六人ずつ、最初に読む著作を挙げる。 順は、問いの立て方が後の議論の前提になっているものから並べた。

順世界日本
1Simon 1969『The Sciences of the Artificial』(Cross 2001 の紹介と合わせて)吉川 1979「一般設計学序説」(古賀 2019 の整理と合わせて)
2Schön 1983『The Reflective Practitioner』向井 1986「デザインの規範について」と 2017 の基調講演
3Love 2000 と Galle 2002(Philosophy of Design の名乗り)八重樫ら 2023(「デザイン学の不在」の読み直し)
4Kroes と Meijers 2002(人工物の二重性)柳宗悦『工藝の道』(入江 2015 と Kikuchi 1997 と合わせて)
5Verbeek 2006(媒介)と Latour 2008(デザインの哲学への一歩)Lévy 2013(感性工学から感性デザインへ)
6Willis 編 2018『The Design Philosophy Reader』(見取り図)黒川 2006『八つの日本の美意識』(榊原 2007 の書評と合わせて)

今回確かめられなかったこと

  • 川崎和男、上田完次、杉浦康平、剣持勇、内田繁、亀倉雄策、田中一光、杉本貴志、森山明子は、主要著作の書誌は確かめたが、位置づけの二次文献が見つからなかったので表に入れていない。
  • 須永剛司の『デザインの知恵』(2019)、松岡由幸編著の『デザインサイエンス』(2008)は書誌だけで、二次文献が見つからなかった。
  • 鷲田清一をデザインの文脈に置く二次文献、西田幾多郎とデザインを結ぶ独立の論考(Lévy 2013 の京都学派の参照が最も近い)、長沼行太郎のデザイン哲学の著作は見つからなかった。
  • 阿部公正 1978 と向井 2008 の原典は取れず、八重樫ら 2023 の引用の範囲で書いた。
  • 世界の側で、Jonas、Vermaas、Tonkinwise 本人、Buchanan、Manzini を独立に位置づける二次文献は、書誌しか確かめられなかった。
  • 「日本ではデザインの哲学的議論を誰が担ってきたか」を直接論じた論考は見つからなかった。この比較は、担い手の側の発言(巻頭言、講演録)と受容の記録を並べたもので、網羅ではない。

関連ノート

未検証事項

主要主張に未検証の記述は残していない。 要旨か紹介文だけで確かめた文献は、引用の括弧に「要旨」か「書誌のみ」と添え、その範囲だけを述べた。 原典を取れなかった書(Simon 1969、Alexander 1964 と 1977、Papanek 1971、Maldonado 1972、Bonsiepe 1999、Flusser 1999、Parsons 2015、Dunne と Raby 2013、Willis 編 2018、吉川 2020、向井 2009、原 2003、深澤 2005、柳宗悦 1928、柳宗理 2003、黒川 2006、佐々木 1994、柏木 1985 と 1992、鷲田 1989、長町 1989、勝見 1965、阿部 1978、向井 2008)は、本文を確かめた別の文献や書評がそれをどう位置づけているかの範囲だけを書いた。 日本語の学会誌のスキャン(向井 1986、向井 2017、吉田 1990、川間 2002、原田 2004、山本 1987)と意匠学会誌の書評(榊原 2007、渡辺 1985)は、PDF の文字層を grep して照合したが、OCR の誤字がある。

参照文献

世界:デザイン研究

世界:デザイン哲学と技術哲学

世界:人工物は行為を形づくる

世界:存在論的デザイン、批判、正義

日本:設計学、基礎デザイン学、感性工学

日本:民藝、受容、歴史

世界:設計方法運動と実践者の著述

世界:哲学者の側からの参入

日本:人物の主要著作と位置づけ

日本:担い手の発言と海外の受容

  • 山本正男. 1987. 「基調講演 デザイン学に期待するもの」『デザイン学研究』1987 (58): 6–9. https://doi.org/10.11247/jssdj.1987.6_1
  • 吉田武夫. 1990. 「「デザインの科学」の構想」『デザイン学研究』1990 (78): 1. https://doi.org/10.11247/jssdj.1990.1_2
  • 川間哲夫. 2002. 「製品意味論の歴史と展開」『デザイン学研究特集号』10 (1): 30–38. https://doi.org/10.11247/jssds.10.1_30
  • 原田昭. 2004. 「デザイン学の学術的展開:日本デザイン学会創立 50 周年を迎えて」『デザイン学研究特集号』11 (3): 1–2. https://doi.org/10.11247/jssds.11.3_1
  • 野島久雄・新垣紀子. 2001. 「Donald A. Norman に見る認知科学のこれまで:日本における Norman の受容と影響を手がかりにして」『認知科学』8 (3): 275–286. https://doi.org/10.11225/jcss.8.275
  • 長坂一郎. 2013. 「クリストファー・アレグザンダーの後期理論の思想的背景:ホワイトヘッドのコスモロジーと「神」」『日本建築学会計画系論文集』78 (686): 925–933. https://doi.org/10.3130/aija.78.925
  • 古川園智樹. 2025. 「クリストファー・アレグザンダー博士論文原稿(1960)の分析:パターン・ランゲージの誕生(5)」『デザイン学研究』71 (3): 31–40. https://doi.org/10.11247/jssdj.71.3_31
  • 藤原顕. 2008. 「書評 省察的実践とは何か:プロフェッショナルの行為と思考」『教育学研究』75 (3): 322–323. https://doi.org/10.11555/kyoiku.75.3_322
  • Simon, Herbert A.(稲葉元吉・吉原英樹訳). 1999. 『システムの科学』第 3 版. パーソナルメディア(新版は 1987 年、原書第 2 版の訳。旧訳はダイヤモンド社 1969 と 1977). https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA4185035X

書いた人:小川 修一郎(デザイン研究者/デザインコンサルタント) 経歴を見る →