Shuichiro Ogawa
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ノート · updated 2026-10-11

生成 AI で下積みの仕事が減るとき、ジュニアは何をすればよいか(産業界の資料から)

生成 AI が簡単な業務を代替し、ジュニアが下積みを経ずに難しい業務を求められるという問題を、産業界の資料(英国政府、NY 連銀、St. Louis 連銀、ECB、JILPT の一次資料、Indeed、Revelio、IPA、Society of Authors などの公表値、デザインと広告の組織と AI 企業の当事者の証言)で整理した。

目次(6)
  1. 問いと、この note の範囲
  2. ジュニアの求人は減り、シニアの求人は増えたか
  3. 下積みの仕事はどこへ行ったか
  4. 当事者は何を問題にし、何をしているか
  5. ジュニアが取れる振る舞い
  6. この整理が当てはまらないところ

問いと、この note の範囲

生成 AI が簡単な業務を引き受けると、人間に残るのは AI が対処できない難しい業務になる。 簡単な業務は新人が腕を磨く場でもあったので、新人は下積みを経ずに難しい業務で結果を求められる。 スポーツでいえば、素振りやリフティングを経ずにいきなり実戦に出される状況である。 この note は、この見立てを産業界の資料で確かめ、そのうえでジュニアがどう振る舞えばよいかを、産業界の資料が支える範囲で整理する。 対象はクリエイティブワーク(デザイン、広告、イラスト、文章、映像)を中心にし、資料の多いソフトウェア開発の例を補助に使う。 学習科学と熟達化の研究から見た整理は、学術版の 生成 AI で下積みの仕事が減るとき、ジュニアは何をすればよいか(学術研究から) にある。

使った資料は三種類である。 公的機関と業界団体の一次資料、方法が明示された調査会社と求人サイトの公表値、クリエイティブ組織と AI 企業の当事者の発言である。 調査会社と求人サイトの数値は自社データによるもので、方法が書かれた事実の部分だけを使った。

ジュニアの求人は減り、シニアの求人は増えたか

減少そのものは、定義の違う複数のデータで観察される。 求人サイトの Indeed では、2026 年 5 月の前年比でエントリー(経験 0〜1 年に相当)の求人が 7.5% 減り、シニア(5 年以上)の求人が 14.7% 増えた(Indeed Hiring Lab 2026a)。 英国政府が LinkedIn のデータで出した分析では、英国の採用は前年比で 14% 減り、エントリーのグラフィックデザイナーの採用は 28% 減った(DSIT 2026)。 英国の広告エージェンシーの業界団体 IPA の 2025 年の調査では、25 歳以下の人員が前年から 19.2% 減り、新卒のトレーニーか見習いを雇うエージェンシーの割合は 56% から 43.4% に下がった(IPA 2026)。 米国の給与記録を使った Stanford の分析では、AI に露出しやすい職の 22〜25 歳の雇用は、露出しにくい職の同年代と同じ推移をたどった場合より 19% 低く、経験者には同じ差がなかった(Brynjolfsson ほか 2026)。

しかし、この減少が生成 AI によるとは確かめられていない。 Indeed のエントリー求人の下降は 2022 年のピークから始まっており、筆者は、在宅勤務の広がりを挙げる NY 連銀の研究などを引いて、複数の要因が少なくとも部分的に働いているとしている(Indeed Hiring Lab 2026a)。 NY 連銀の研究者は求人票を分析し、AI に露出しやすい職種の求人の減少は ChatGPT の公開前から始まっていて、2022 年以後にはっきりした追加の断絶はないと報告した(Audoly ほか 2026)。 同じ記事は、求人票を使った関連研究でも、これらの職種のジュニアとシニアの求人はほぼ同じ時期に同じ程度減ったと紹介している。 英国政府の分析は、下落が 2022 年後半から始まったことを示したうえで、AI の影響の因果的な証拠と見なすべきでないと明記している(DSIT 2026)。 ECB も、ユーロ圏の若年雇用の変化は現時点の証拠では生成 AI にもリモートワークにも帰属できないとした(Chaloupka and Dias da Silva 2026)。 Stanford の著者も、自らの分析を因果の推定ではなく記述だとしている(Brynjolfsson ほか 2026)。

AI の寄与を認める資料もある。 St. Louis 連銀の分析は、若者の就業の変化を説明する五つの要因の一つに AI 関連の求人を挙げ、ケンタッキー、ミシシッピ、テネシーなどでは若者の失業率の上昇の半分近くに AI 関連の求人の需要が対応したと報告した(Rodgers and Kassens 2026)。 これは要因の分解であって、AI が雇用を消したことを示すものではない。 Gartner の人事責任者 110 人の調査では、22% が自社の事業責任者の少なくとも 1 人が AI による自動化を理由にエントリー採用を止めたと答えた(Gartner の発表の報道、People Matters 2026)。 これは組織の割合であって、エントリーの職の 22% が減ったという意味ではない。

経験の要求が上がったかどうかは、職種で分かれる。 Indeed のテックの求人では、経験 5 年以上を求める割合が 2022 年から 2025 年に 37% から 42% に上がったが、テック以外では 16% から 11% に下がり、マーケティングでも下がった(Indeed Hiring Lab 2025)。

まとめると、問いの前提のうち「ジュニアの求人が減り、シニアの求人が増えた」は複数のデータで観察されるが、「それが生成 AI による」は確かめられていない。 英国のグラフィックデザインと広告エージェンシーのように、クリエイティブの入口で大きな減少が出ている分野はある。 ただ、英国のエージェンシーの人員減については、AI よりクライアントの予算削減を挙げる業界の見方もあり、IPA の調査自体は原因を述べていない。

下積みの仕事はどこへ行ったか

減少の原因が確かめられていなくても、簡単な業務を AI が引き受け始めたことは、クリエイティブ産業の公的資料に書かれている。 英国の Skills England は、生成 AI でクリエイティブの職務が作り手(maker)から AI の出力を方向づける役(director)へ移ると書いた(Skills England 2026)。 英国政府の AI 導入計画は、Creative UK の報告を引いて、一部の生成 AI は新人向けの業務を実行でき、訓練と昇進の計画なしに自動化すると既存の入口が弱まると警告している(AI Champion 2026)。 同じ資料によると、英国の創造産業の企業の AI 利用率は 51% で、全企業の 33% より高く、デザインでは 53% だった。

フリーランスの入口では、仕事が減る形が見えにくい。 ロンドン市の AI と雇用のタスクフォースは、グラフィックデザイン、ライティング、写真の一部のフリーランスで需要と料金が下がったという報告をまとめ、フリーランスでは解雇ではなく仕事が少しずつ減るので集計の統計に表れにくいと書いた(GLA Economics 2026)。 英国の作家団体 Society of Authors の会員調査(有効回答 787)では、イラストレーターの 26% が生成 AI で仕事を失い、37% が収入が減ったと答えた(Society of Authors 2024)。 この調査は自己選択の回答で、キャリアの段階別の集計はない。

当事者は何を問題にし、何をしているか

育てる側の当事者は、下積みの喪失を、採用の数より育成の時間の問題として語っている。 デザインと広告の当事者の座談では、商業の圧力で若手にすぐ成果を出すことが求められ、育てる時間が減っていると述べられた(Design Bridge and Partners 2026)。 同じ座談で、入社後の最初の 6 か月が重要で、メンタリング、バディ制度、期待の明確化が要るという発言があり、16 週の研修や、部門ごとのバディ制度を持つ組織が紹介されている。

AI 企業の社内でも、同じ変化が報告されている。 Anthropic の社内調査では、同僚に聞いていた質問の多くがまず AI に向かうようになり、上級エンジニアが若手が以前ほど質問に来なくなったと述べた(Anthropic 2025)。 同じ調査では、作業を任せるほど自分の技能が衰えるという懸念と、AI が使える場面でもあえて自分で作業して感覚を保つ人がいることも報告されている。 この調査は自己申告が中心で、対象はエンジニアと研究者である。

経営者が若手の採用を続けるべきだと語る例もある。 AWS の CEO は、若手は人件費が最も安く AI のツールを最も積極的に使う層であり、若手を育てなければ 10 年後に経験者がいなくなると述べた(The Stack 2025)。 英国の代理店の経営者は D&AD の公開書簡で、採用を止めているのは技術そのものより「影響がありそうだ」という予想だと述べた(How 2026)。 これらは経営者の見解で、自社の採用の実績は示されていない。

ジュニアが取れる振る舞い

ここまでの資料から、ジュニアの振る舞いとして支えのあるものを五つ挙げる。 どれも当事者の証言か小規模な調査によるもので、ジュニアの行動の違いが採用や昇進に効くかを比べた産業界の調査は見つからなかった。 根拠の強さを各項に添える。

一つめは、AI を使っても自分の理解が残る使い方をすることである。 Anthropic の研究者が主に若手のソフトウェアエンジニア 52 人を無作為に分けた実験では、新しいライブラリを使う課題のあとの理解のクイズで、AI を使った群の平均は 50% で、手作業の群の 67% より低かった(Shen and Tamkin 2026)。 差がいちばん大きかったのはデバッグの問題だった。 AI を使った群の中でも、作らせてから中身を理解する使い方、コードと説明を一緒に求める使い方、概念の質問に絞る使い方では成績が高く、全面的に任せる使い方や、デバッグを任せる使い方では低かった。 課題直後の理解だけを測ったコーディングの実験なので、クリエイティブワークにそのまま当てはまるとは言えない。 それでも、AI の出力を受け取って終わりにせず、なぜそうなるかを確かめる手間を自分で残すことは、この結果と矛盾しない。

二つめは、質問と講評を自分から取りに行くことである。 AI に聞けば済む場面が増えると、若手が先輩に質問する機会が減る(Anthropic 2025)。 デザインと広告の当事者が重視するのは入社後の最初の数か月のメンタリングとバディ制度で(Design Bridge and Partners 2026)、D&AD の書簡は採用できない組織にもポートフォリオの講評を求めている(How 2026)。 講評を受ける機会は待っていても減るので、ジュニアの側から求める価値がある。 ただし、講評を求めたジュニアがよく伸びたことを測った資料はない。

三つめは、作ったものだけでなく、判断と思考の過程を見せることである。 デザイン教育機関の Shillington は、スタジオがジュニアに求めるのは判断力、概念の思考、文脈を読む力、協働の力で、理由づけのない AI 生成のビジュアルは評価されにくいとし、ポートフォリオに思考の過程を載せることを勧めている(Shillington Education 2026)。 これは教育機関の見立てで、採用側を調べた結果ではない。

四つめは、AI の学びを組織に教える側に回ることである。 英国の代理店 HOW+HOW では、若手と中堅が 8〜10 週ごとに AI の使い方の学びをチームに発表し、シニアが AI を学ぶ場にしているという(How 2026)。 AWS の CEO も、若手を AI のツールを最も積極的に使う層と見ている(The Stack 2025)。 若手が AI に早く慣れていることを、教わるだけの立場から抜ける足場にできる。 これも一社の制度の紹介で、効果は測られていない。

五つめは、研修や見習いのある入口を選ぶことである。 英国のクリエイティブ産業には、見習い(アプレンティスシップ)の標準が 71 ある(Skills England 2026)。 ただし、見習いを使っている雇用主は 5% で全国の 11% より少なく、採用された卒業生が役割に準備不足だった割合は 21% で全産業の 14% より高かった(Creative PEC 2025、生成 AI 以前の 2022 年のデータ)。 入口の数は少ないが、研修や見習いを持つ組織では、下積みが制度として残っている。

基礎の知識を飛ばさないことは、この五つの前提にある。 GitHub の研究者は、AI が実装を引き受けても、出力を評価するには基礎の知識が要ると書いた(GitHub 2025)。 日本の JILPT の事例調査も、基礎の学習を欠いたまま生成 AI を使うと不具合の恐れがあり、業務を理解して指導できる人材が職場に要るとしている(JILPT 2026)。

この整理が当てはまらないところ

ジュニアの求人と雇用の数値は、求人サイト、給与記録、業界団体の調査で定義が違い、同じ現象の大きさとして並べられない。 減少の原因は確かめられておらず、生成 AI 以外の要因(利上げ、在宅勤務、大卒の供給過剰)を挙げる資料が多い。 ジュニアの振る舞いの五つは、当事者の証言、一社の制度、教育機関の見立て、コーディングの小規模な実験に支えられていて、クリエイティブワークでジュニアの行動の効果を比べた産業界の調査は見つからなかった。 日本のクリエイティブ職で、若手の採用の推移を職種別に示す公的統計も見つからなかった。

関連ノート

未検証事項

主要主張に未検証の記述は残していない。 到達できなかった資料(WEF Future of Jobs 2025、OECD、PwC、McKinsey、Gartner の発表の本体、Burning Glass Institute の報告の本文、経済産業省のエンタメ・クリエイティブ産業戦略、D&AD の AI & Creativity Report 2026)は、台帳に試行した経路とともに記録し、note では使っていない。

参照文献


書いた人:小川 修一郎(Design Researcher / Consultant) 経歴を見る →