Shuichiro Ogawa
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ノート · updated 2026-07-19

参加型デザインと協働の設計:境界対象、インフラストラクチャリング、参加の条件をめぐる文献地図

専門家でない人々をデザインにどう参加させるかという問いをめぐる文献を、一枚の地図に整理する。

目次(8)
  1. 専門家でない人々の参加をどう設計するか
  2. 誰もがデザインする時代の社会技術
  3. 境界対象と知識の翻訳
  4. 生成的道具とプローブ
  5. インフラストラクチャリングとアゴニズム、そして参加の不平等
  6. 年代でみる系譜の交差
  7. この地図の使い方
  8. Footnotes

専門家でない人々の参加をどう設計するか

デザインの意思決定は、長らく専門家の手に握られてきた。 使う人、暮らす人、影響を受ける人は、できあがったものを受け取る側に置かれる。 この配置を問い直し、専門家でない人々をデザインの過程に招き入れようとする研究の系譜が、20世紀後半から現在まで続いている。

問いは二つある。 一つは、専門知を持たない人々の参加を、単なる意見聴取に終わらせずにいかに設計するか。 もう一つは、その参加を可能にする条件と道具は何か、である。 専門家と非専門家では、持っている語彙も、判断の根拠も、時間の使い方も違う。 その違いを越えて協働を成り立たせるには、場と道具と関係を組み立てなければならない。

本ノートは、この協働の設計をめぐる文献を、次の四つの系譜からなる一枚の地図に整理する。

  • 誰もがデザインする時代の社会技術:Manzini の diffuse design、参加型デザインの北欧的伝統
  • 境界対象と知識の翻訳:Star と Griesemer、Carlile の3層フレーム
  • 生成的道具とプローブ:Sanders と Stappers の共創研究、front-end の making
  • インフラストラクチャリングとアゴニズム、そして参加の不平等:時間的拡張、design things、design justice、潜在能力アプローチ

デザイン研究が社会科学から方法と理論を取り込んできた広い経緯は デザインと社会科学の接点:方法・理論・制度の系譜 で整理した。 本ノートはそのうち参加と協働という主題に絞り、文献を選び直す。 参加型デザインの方法論が質的研究の系譜のどこに位置するかは デザイン研究における質的手法の位置づけは学術的主流か に置いた。

誰もがデザインする時代の社会技術

参加型デザイン(participatory design)は、北欧の労働運動と産業民主主義の伝統から生まれた。 1970年代から1980年代のスカンジナビアで、労働者はコンピュータシステムの導入を、上から与えられる技術的決定としてではなく、自分たちの働き方を左右する交渉の対象として捉え直した。 Ehn(1988)は、労働者がシステム設計に参加する権利を主張し、デザインを技術的な最適化ではなく政治的な交渉の場として位置づけた1。 参加型デザインは方法の集合であると同時に、誰がデザインの意思決定に加われるかという権力の問いを最初から抱えていた。

この伝統は、その後の四半世紀で領域として体系化された。 Robertson と Simonsen(2013)が編んだハンドブックは、スカンジナビアの起源から現代的な拡張までを一冊に集め、参加型デザインを独立した研究分野として輪郭づけた2。 参加は一過性のワークショップの手法ではなく、歴史と規範を持った実践の伝統として引き継がれている。

参加の主体を専門家の外へ広げる議論は、社会的イノベーションの文脈でさらに一般化された。 Manzini(2015)は、専門家デザイナーの営みを expert design、専門家でない人々が日々の暮らしの中で行う設計的な営みを diffuse design と呼び分けた3。 誰もが何かをデザインしている、という視座に立つと、専門家の役割は問題を独占的に解くことではなく、多くの人の設計的な力が発揮される条件を整えることへと移る。 この議論は、参加を「専門家が非専門家を巻き込む」という一方向の構図から、両者の力を配分し直す構図へと開いた。

ただし、誰もがデザインしうるという能力の普遍性は、それだけでは参加の平等を保証しない。 誰の設計的な力が実際に発揮され、誰のそれが埋もれるかは、道具と場と評価のあり方に左右される。 この点が、以降の系譜が扱う問題になる。

境界対象と知識の翻訳

専門家と非専門家が同じ机を囲んでも、話がかみ合うとは限らない。 それぞれが別の実践の中で知識を育てており、その知は各自の現場に局所化され、道具や手続きに埋め込まれ、時間と労力を投じて築かれている。 この違いを越えて協働を成り立たせる装置として、境界対象(boundary objects)の概念がある。

Star と Griesemer(1989)は、バークレーの脊椎動物学博物館の成立史から、アマチュア収集家、職業科学者、行政という異なる集団が、完全な合意なしに協働できた条件を分析した4。 彼らが取り出した境界対象とは、各集団の必要に合わせて解釈を変えられる可塑性と、集団を横断して同一性を保つ頑健性とを併せ持つ人工物である。 標本や地図や書式は、それぞれの世界で違う意味を持ちながら、複数の世界にまたがって認識できるだけの共通の構造を保つ。 だからこそ、それらは翻訳の手段(a means of translation)として働く5

境界を越えて知が渡るとき、何が必要になるかは、渡る境界の性質による。 Carlile(2002, 2004)は、製品開発の現場のエスノグラフィから、知識境界を三つの層に区別した67。 語彙が共有されていれば知は移転(transfer)で足りるが、同じ言葉が別の意味で使われる場面では翻訳(translation)が要り、利害と前提が対立する場面では、当事者が自分の知そのものを組み替える変換(transformation)が要る。 この三層はそれぞれ異なる境界対象に対応し、対立を含む境界では、境界対象が機能の違いを可視化し、交渉された意味を安定させる役割を担う。

境界対象の系譜は、参加型デザインに一つの実務的な含意を与える。 非専門家の参加を成り立たせるとは、専門用語を教え込むことではなく、双方が自分の世界の言葉のまま関われる翻訳の装置を用意することである。 何を可視化し、何を安定させるかの設計が、協働の質を左右する。

生成的道具とプローブ

翻訳の装置という発想を、デザインの手前の段階に持ち込んだのが、共創(co-creation)と生成的研究(generative research)の系譜である。

Sanders と Stappers(2008)は、デザインの風景が変わりつつあることを、ユーザーを対象として扱う立場から、ユーザーを共同の作り手として扱う立場への移行として記述した8。 使う人は調査される客体ではなく、専門家と並んで発想を生み出す主体になる。 この転換は、デザイナーの役割を、答えを出す人から、人々が自分の経験を語り出せる場と道具を用意する人へと移した。

その道具立てを体系化したのが『Convivial Toolbox』(2012)である9。 Sanders と Stappers は、デザインの初期段階で非デザイナーの創発を引き出すための生成的な道具を整理した。 プローブは日常の断片を持ち帰らせて経験を掘り起こし、キットは参加者に自分の思いを組み立てさせ、試作は検討可能な形を与える。 非専門家は言葉で語れないことを、作ることを通じて表す。 参加を可能にするのは、抽象的な発言を求めることではなく、手を動かせる素材を渡すことだという見立てが、この系譜を貫いている。

この見立ては、教育の場で発達した足場かけ(scaffolding)の発想とも隣り合う。 学習者の段階的な熟達を支えるために支援を与え、習熟に応じて外していく設計は、非専門家の参加を段階的に引き上げる道具立てと重なる部分を持つ10。 生成的道具もまた、参加者がまだ持たない語彙や視点を、素材と手続きの側から補う仕掛けとして読める。

インフラストラクチャリングとアゴニズム、そして参加の不平等

一回のワークショップで参加が完結することはめずらしい。 協働は、道具や関係や合意を時間をかけて育て、状況の変化に合わせて組み替え続ける営みである。 この時間的な広がりを主題にしたのが、インフラストラクチャリング(infrastructuring)の系譜である。

Ehn(2008)は、デザインの対象を、完成品としてのモノから、人と物と制度が絡み合う継続的な集まり(design things)へと捉え直した11。 デザインは単発のイベントではなく、使われながら育っていく基盤の設計になる。 Karasti(2014)は、参加型デザインにおけるインフラストラクチャリングの議論を整理し、インフラを完成した対象ではなく進行し続ける過程として捉える視点を確立した12。 参加を設計するとは、その場の合意を得ることだけでなく、合意が更新され続ける仕組みを残すことである。

協働は合意へ向かうとは限らない。 Björgvinsson、Ehn、Hillgren(2012)は、現代の参加型デザインが直面する課題を、対立を排除せずに引き受ける agonistic public space(敵対的な公共空間)として論じた13。 利害や価値が食い違う参加者たちが、合意を強いられずに関わり続ける場をどう設計するか。 この議論は、参加を「みなが同じ結論に至ること」とする素朴な想定を退け、対立を含んだまま協働を持続させる条件へと問いを移した。

参加の場を開いても、誰もが等しく関われるわけではない。 Costanza-Chock(2020)は、デザインの過程に潜む権力の非対称を主題にし、人種、ジェンダー、階級、障害の交差が、誰の参加を可能にし誰のそれを妨げるかを問うた14。 design justice は、参加型デザインの北欧的伝統を継承しつつ、参加の入口そのものが不平等に配分されている現実を正面に据える。 参加を設計するとは、場を用意するだけでなく、その場に誰が実際にたどり着けるかを問い直すことでもある。

同じ問いを、規範理論の側から支えるのが潜在能力アプローチ(capability approach)である。 Sen と Nussbaum に発するこの枠組みは、福利の評価単位を資源や効用ではなく、価値ある機能を実際に達成しうる自由に置く15。 資源が自由へ変換される度合いは個人と社会と環境の条件に依存するため、同じ道具を配っても、開かれる参加の機会は人によって異なる。 Oosterlaken(2009, 2015)は、この視座をデザインに接続し、技術や人工物が人々の潜在能力をどう支え、あるいは妨げるかを評価する capability-sensitive design を提唱した16。 参加を可能にする道具は、それが誰の能力を実際に拡張するかという問いから切り離せない。

年代でみる系譜の交差

年代概念系譜
1988Ehn の労働指向のシステム設計参加型デザインの起源
1989Star と Griesemer の境界対象知識の翻訳
2002–2004Carlile の移転/翻訳/変換の3層知識の翻訳
2008Sanders と Stappers の共創、Ehn の design things生成的道具、インフラストラクチャリング
2011scaffolding の教育設計参加の足場
2012Convivial Toolbox、agonistic public space生成的道具、アゴニズム
2013参加型デザインのハンドブック化領域の体系化
2014Karasti のインフラストラクチャリング整理インフラストラクチャリング
2015Manzini の diffuse design、capability-sensitive design誰もがデザインする、参加の不平等
2020Costanza-Chock の design justice参加の不平等

前半(1988〜2004)は、参加の権利の主張と、知が集団を渡るための概念装置が置かれた。 2008年前後に、共創の道具とインフラストラクチャリングという二つの拡張が同時に現れ、2010年代に領域の体系化と、参加の不平等への問い直しが続く、という順序で読める。

この地図の使い方

四つの系譜は、参加という一つの営みを別の角度から照らしている。 Manzini の議論は、参加しうる主体の広がりを描く。 境界対象と生成的道具の系譜は、その参加を成り立たせる翻訳の装置を扱う。 インフラストラクチャリングは、参加を時間の中で持続させる基盤を扱い、agonistic な視座は、参加が合意に収束しないことを引き受ける。 design justice と潜在能力アプローチは、参加の入口が誰に開かれているかを問い直す。

一方で、これらの系譜は互いに独立に発達してきたため、突き合わせて読むと空白が見える。 生成的道具が引き出す発想と、境界対象が可能にする翻訳と、参加の不平等の是正とを、同じ協働の場で同時に測った研究は、本ノートで整理した範囲では見当たらない。 参加を可能にする道具の設計と、参加の機会の配分とを一続きに扱う読みが、この地図の残された課題として開いている。

関連ノート

参照文献

日本語文献

(本テーマの主要文献は英語圏に集中しており、本ノートで参照した日本語の一次文献はない。)

英語文献

  • Adams, R. S., et al. (2011). Multiple Perspectives on Engaging Future Engineers. Journal of Engineering Education, 100(1), 48–88. 要出典確認(著者リスト、書誌、引用形は暫定)
  • Björgvinsson, E., Ehn, P., & Hillgren, P.-A. (2012). Design Things and Design Thinking: Contemporary Participatory Design Challenges. Design Issues, 28(3), 101–116. 要出典確認(DOI)
  • Carlile, P. R. (2002). A Pragmatic View of Knowledge and Boundaries: Boundary Objects in New Product Development. Organization Science, 13(4), 442–455. https://doi.org/10.1287/orsc.13.4.442.2776
  • Carlile, P. R. (2004). Transferring, Translating, and Transforming: An Integrative Framework for Managing Knowledge Across Boundaries. Organization Science, 15(5), 555–568. https://doi.org/10.1287/orsc.1040.0094
  • Costanza-Chock, S. (2020). Design Justice: Community-Led Practices to Build the Worlds We Need. MIT Press. https://doi.org/10.7551/mitpress/12255.001.0001 要出典確認(DOI)
  • Ehn, P. (1988). Work-Oriented Design of Computer Artifacts. Arbetslivscentrum. 要出典確認(正式書誌)
  • Ehn, P. (2008). Participation in Design Things. In Proceedings of the Tenth Anniversary Conference on Participatory Design (PDC ‘08), 92–101. 要出典確認(DOI)
  • Karasti, H. (2014). Infrastructuring in Participatory Design. In Proceedings of the 13th Participatory Design Conference (PDC ‘14), Research Papers Volume 1, 141–150. 要出典確認(DOI)
  • Manzini, E. (2015). Design, When Everybody Designs: An Introduction to Design for Social Innovation. MIT Press.
  • Nussbaum, M. C. (2011). Creating Capabilities: The Human Development Approach. Belknap Press of Harvard University Press. 要出典確認(書誌)
  • Oosterlaken, I. (2009). Design for Development: A Capability Approach. Design Issues, 25(4), 91–102. 要出典確認(DOI)
  • Oosterlaken, I. (2015). Technology and Human Development. Routledge. 要出典確認(書誌)
  • Robertson, T., & Simonsen, J. (Eds.). (2013). Routledge International Handbook of Participatory Design. Routledge. 要出典確認(DOI/ISBN)
  • Sanders, E. B.-N., & Stappers, P. J. (2008). Co-creation and the New Landscapes of Design. CoDesign, 4(1), 5–18. 要出典確認(DOI)
  • Sanders, E. B.-N., & Stappers, P. J. (2012). Convivial Toolbox: Generative Research for the Front End of Design. BIS Publishers. 要出典確認(ISBN)
  • Star, S. L., & Griesemer, J. R. (1989). Institutional Ecology, ‘Translations’ and Boundary Objects: Amateurs and Professionals in Berkeley’s Museum of Vertebrate Zoology, 1907–39. Social Studies of Science, 19(3), 387–420. https://doi.org/10.1177/030631289019003001

Footnotes

  1. Ehn, P. (1988). Work-Oriented Design of Computer Artifacts. Arbetslivscentrum. 要出典確認(正式書誌の確認)

  2. Robertson, T., & Simonsen, J. (Eds.). (2013). Routledge International Handbook of Participatory Design. Routledge. 要出典確認(DOI/ISBN の確認)

  3. Manzini, E. (2015). Design, When Everybody Designs: An Introduction to Design for Social Innovation. MIT Press.

  4. Star, S. L., & Griesemer, J. R. (1989). Institutional Ecology, ‘Translations’ and Boundary Objects: Amateurs and Professionals in Berkeley’s Museum of Vertebrate Zoology, 1907–39. Social Studies of Science, 19(3), 387–420.

  5. 境界対象の定義は原著 p.393、翻訳(translation)への言及は p.389 で確認されている。

  6. Carlile, P. R. (2002). A Pragmatic View of Knowledge and Boundaries: Boundary Objects in New Product Development. Organization Science, 13(4), 442–455. https://doi.org/10.1287/orsc.13.4.442.2776

  7. Carlile, P. R. (2004). Transferring, Translating, and Transforming: An Integrative Framework for Managing Knowledge Across Boundaries. Organization Science, 15(5), 555–568. https://doi.org/10.1287/orsc.1040.0094

  8. Sanders, E. B.-N., & Stappers, P. J. (2008). Co-creation and the New Landscapes of Design. CoDesign, 4(1), 5–18. 要出典確認(DOI の確認)

  9. Sanders, E. B.-N., & Stappers, P. J. (2012). Convivial Toolbox: Generative Research for the Front End of Design. BIS Publishers. 要出典確認(ISBN の確認)

  10. Adams, R. S., et al. (2011). Multiple Perspectives on Engaging Future Engineers. Journal of Engineering Education, 100(1), 48–88. 要出典確認(著者リスト、書誌、「scaffolding」該当箇所の確認。引用形は暫定)

  11. Ehn, P. (2008). Participation in Design Things. In Proceedings of the Tenth Anniversary Conference on Participatory Design (PDC ‘08), 92–101. 要出典確認(DOI の確認)

  12. Karasti, H. (2014). Infrastructuring in Participatory Design. In Proceedings of the 13th Participatory Design Conference (PDC ‘14), Research Papers Volume 1, 141–150. 要出典確認(DOI の確認)

  13. Björgvinsson, E., Ehn, P., & Hillgren, P.-A. (2012). Design Things and Design Thinking: Contemporary Participatory Design Challenges. Design Issues, 28(3), 101–116. 要出典確認(DOI の確認)

  14. Costanza-Chock, S. (2020). Design Justice: Community-Led Practices to Build the Worlds We Need. MIT Press. https://doi.org/10.7551/mitpress/12255.001.0001 要出典確認(DOI の確認)

  15. Nussbaum, M. C. (2011). Creating Capabilities: The Human Development Approach. Belknap Press of Harvard University Press. 要出典確認(書誌の確認)

  16. Oosterlaken, I. (2015). Technology and Human Development. Routledge. / Oosterlaken, I. (2009). Design for Development: A Capability Approach. Design Issues, 25(4), 91–102. 要出典確認(DOI の確認)


書いた人:小川 修一郎(Design Researcher / Consultant) 経歴を見る →