ノート · updated 2026-10-23 · Markdown 版
AI 時代のデザイン哲学を研究するための必読文献(潮流ごとの読書案内)
AI 時代のデザイン哲学を研究し始める人が、それまでの潮流を理解するために読む文献を、潮流ごとに選び、読む順を示した。AI が問い直している論点(判断は誰が下すのか、デザインする者は何を知っているのか、作られたものは使う人の行為をどう変えるのか、デザインは誰の世界を作るのか)には、どれも AI より前にそれを立てた文献がある。
目次(10)
生成 AI がデザインに入ってきたことで、デザイン哲学の古い問いが形を変えて戻ってきている。 判断を下すのは誰か、デザインする者は何を知っているのか、作られたものは使う人の行為をどう変えるのか、デザインは誰の世界を作るのか、という問いである。 どの問いにも、AI より前にそれを立てた文献がある。 AI についての近年の論考だけを読むと、その論考がどの潮流の問いを引き継ぎ、どこで新しいことを言っているのかを見分けにくい。
このノートは、AI 時代のデザイン哲学を研究し始める人が、それまでの潮流を理解するために読む文献を、潮流ごとに選んで並べる。 各節では、問いを立てた文献と、その問いを AI に当てた近年の論考を対にした。 分野の定義、起源、展望の全体は デザイン哲学とは何か(学術研究から) にまとめてあるので、ここでは何をどの順で読むかに絞る。 本文を読んで確かめた文献と、要旨や出版社の紹介だけで確かめた文献を分け、後者には引用の括弧に「要旨」と添えた。 本文を取れなかった書は、本文を確かめた別の文献がその書をどう紹介しているかの範囲で書き、引用の括弧に紹介した文献を示した。
必読のリストは誰が決めたのか
デザイン哲学には、学会や編者が定めた必読のリストがない。 Vermaas と Vial は 2018 年の論集の序章で、デザインは哲学の新しい主題であり、共有された問いの集まりも確立した学問分野もまだないと書いた(Vermaas and Vial 2018、要旨)。 Galle も 2002 年の特集号の序論で、この分野は若く、石に刻むような定義は可能でも望ましくもないと書いている(Galle 2002)。 そのため、このノートの「必読」は、編者の宣言ではなく、文献がどう引かれているかから立てた判断である。
選ぶ基準は三つ置いた。 一つめは、後の潮流が前提にしている問いを最初に立てた文献であること。 二つめは、分野の見取り図を書いた文献(Galle 2002 の序論、Cross 2001、Stanford Encyclopedia of Philosophy の項目)が基礎として引いていること。 三つめは、AI を論じる近年の論考が、実際に理論の足場として引いていること。 たとえば Benjamin らは、機械学習をポスト現象学で論じるときに、Ihde の人間と技術の関係と Verbeek の媒介の考えを土台にし、Yang らと Dove らを先行研究に置いた(Benjamin et al. 2021)。
選んでいるうちに、デザイン研究の側が引く古典と、技術哲学の側が引く古典が、別の集まりであることがわかった。 Stanford Encyclopedia of Philosophy の「Philosophy of Technology」の項目(2026 年 7 月改訂)は、Simon、Winner、Latour、Verbeek、Houkes と Vermaas、Kroes を引くが、Schön、Cross、Buchanan、Rittel、Galle、Winograd、Suchman の名は本文にも参考文献にも出てこない(Franssen et al. 2026)。 同じ百科事典の「Artifact」の項目も、Houkes と Vermaas、Kroes、Parsons を引き、Schön や Cross を引かない(Preston 2022)。 逆に、デザイン研究の側の見取り図である Cross 2001 は、Simon と Schön を軸に組まれ、Latour も Winner も引かない(Cross 2001)。 どちらか一方の古典だけを読んで AI を論じると、もう一方の系譜がすでに立てた問いを新しい問いと取り違えやすい。 以下の六つの潮流は、二つの系譜を合わせて組んだ。
デザインは科学にできるか(1960〜1990 年代)
最初に読むのは、デザインを科学にしようとした企てと、その反動の文献である。 AI がデザイン案を出せるようになった今、「デザインの判断はどこまで形式化できるか」という問いが戻っているので、その問いが最初にどう立てられ、どう退けられたかを先に知っておく。
Cross は 2001 年の論考で、近代のデザイン史の中で、デザインと科学の関係への関心が二度強まったと整理した(Cross 2001)。 一度めは 1920 年代のモダニズムが科学的な製品を求めたとき、二度めは 1960 年代のデザイン方法運動が科学的な過程を求めたときである。 Cross によれば、1960 年代は Simon の「人工物の科学」で頂点に達した。 Simon は、大学に「デザインの科学」、すなわち、知的に堅く、分析的で、一部は形式化でき、一部は経験的で、教えられる、デザインの過程についての教義を作るよう訴えた(Cross 2001 が引く Simon)。 技術哲学の側から見ると、Simon の『The Sciences of the Artificial』は、科学者は物事がどうあるかに関わり、技術者は物事がどうあるべきかに関わるとして、技術を科学から根本的に区別した答えの一つである(Franssen et al. 2026)。 同じ項目は、Simon がこの「どうあるべきか」に「機能するために」という条件を付け、機能という目的を決めることが技術の仕事に含まれるかを開いたままにしたと指摘し、それが技術を目的の外で決まる手段とみなす通念の源になったと書いている(Franssen et al. 2026)。
1970 年代には反動が来た。 Rittel と Webber は、計画の問題は数学の問題のような扱いやすい(tame)問題と違い、確定した定式化を持たない「厄介な問題」(wicked problems)であり、少なくとも十の性質でそれと区別できると論じた(Rittel and Webber 1973)。 Schön は、Simon の「デザインの科学」が整った問題を解く方法に基づいていると批判し、専門職の実践が向き合うのは「乱雑で問題含みの状況」だとして、実践者が不確かさや価値の対立の中で使っている「実践の認識論」を探すことを提案した(Cross 2001 が引く Schön 1983)。 Schön 自身も書の序で、実践の認識論を探る研究が要ると書き、実践の状況の複雑さ、不確かさ、不安定さ、独自性、価値の対立を挙げている(Schön 1983)。 Cross はこの流れを受けて、デザインする人には固有の知の形がある、という公理の上に、科学ではなく規律としてのデザインを立てた(Cross 2001)。 Buchanan は、デザインは設計者がそう考える以外に固有の主題を持たず、問題の中から主題を見つけるか作るほかないので、デザインの問題は厄介になると論じ、デザインを技術文化の新しい教養と呼んだ(Buchanan 1992)。
この潮流の問いを AI に当てた論考として、Yang らの 2020 年の論文を対にする。 Yang らは、先行研究、自分たちの設計と研究の経験、授業での観察をまとめ、人間と AI の相互作用の設計が独特に難しい源を二つに絞った(Yang et al. 2020)。 AI の能力をめぐる不確かさと、単純なものから適応的で複雑なものまでにわたる AI の出力の複雑さである。 Yang らはさらに、スケッチとプロトタイピングを設計の過程の礎と呼んだうえで、AI のための設計の方法と道具は、AI とは何かを理解する段と最後の評価の段に偏り、その中間にあるスケッチとプロトタイピングが手薄だと指摘した(Yang et al. 2020)。 整った問題を前提にしない実践を説明しようとした Schön の問いは、何を作れるかが試すまでわからない素材を相手にしたとき、どう変わるのか。 Yang らの論文は、この問いを読む側に残す。
Cross は、デザインと科学をめぐる関心がおよそ 40 年の周期で戻り、2000 年代に再び現れると予想していた(Cross 2001)。 生成 AI をめぐる議論がその三度めの波にあたるのかどうかは、この節の文献を読んだうえで確かめる問いになる。
読む文献
- Cross 2001:二つの波、Simon と Schön の対立、規律としてのデザインの公理。この節の地図になる。
- Rittel and Webber 1973:厄介な問題の十の性質。デザインの問題の形についての後の議論の出発点。
- Buchanan 1992:デザインは固有の主題を持たない、という主張。
- Simon 1969:「デザインの科学」の原典。本文は今回取れず、Cross 2001 と Franssen et al. 2026 の紹介の範囲で書いた。
- Schön 1983:反省的実践の原典。今回は出版社が公開している冒頭(序と第 1 章)だけを読み、残りは Cross 2001 の紹介の範囲で書いた。
- AI の側:Yang et al. 2020。
計算機とデザインが出会ったとき、二つの道があった(1980 年代)
AI 時代のデザイン哲学の前史として読み落とされやすいのが、1980 年代に計算機とデザインが出会ったときの文献である。 このとき、互いに逆を向いた二つの道が出ている。
一つめの道は、設計を形式化して、知的な CAD に載せる道である。 吉川弘之の一般設計学を拡張した Tomiyama と Yoshikawa の 1986 年の報告は、次世代の CAD は知能を持つと考えられており、知識に基づく CAD の研究が進んでいるのに、それを実装する指針となる理論がないと書き出す(Tomiyama and Yoshikawa 1986)。 二人は、設計の過程と設計の知識を形式化する理論として、公理的集合論に基づく一般設計学を示し、三つの公理で理想の状態を定めたうえで、現実の問題に向けて理論を拡張した(Tomiyama and Yoshikawa 1986)。 序論は、それまでの設計方法論が、どう設計するかを現象論的に論じるだけで、設計とは何かという基本の問いに十分な説明を与えていないと批判している(Tomiyama and Yoshikawa 1986)。 Simon が求めた「一部は形式化できる」デザインの科学を、機械に載せる目的で押し進めた試みとして読める。 Reich は 1995 年の批判的な総説で、一般設計学の仮定は厳しすぎて実際の設計にそのままは当てはまらないとし、理論を現実の記述ではなくモデルとして扱い、そこから出る指針を経験的に確かめる仮説として扱うことを提案した(Reich 1995、要旨)。
二つめの道は、AI の前提そのものを批判し、設計の土台を据え直す道である。 Winograd と Flores の 1986 年の書『Understanding Computers and Cognition: A New Foundation for Design』の本文は今回取れなかったので、Maurer の 1991 年の論考による読みで書く。 Maurer によれば、Winograd と Flores は、AI が心のモデルを作るときに頼っている合理主義の伝統(物事は解釈から独立して存在し、思考はその表象の操作だとする見方)を退け、Heidegger の「投げ込まれていること」、「手元にあること」、そして道具が使えなくなったときに背景の前提が表に出てくる「故障」(breakdown)の考えから、計算機の設計を考え直した(Maurer 1991)。 Maurer の整理では、この立場に立つと、計算機は人と同じく自律した行為者ではなく、テクストのように人の間の理解を運ぶ媒体であり、計算機の中で別の人に伝わるのは設計者の約束と理解である(Maurer 1991)。 Winograd と Flores は、そこから、人の間の会話の性質に基づく計算機科学の新しい土台を論じた(Maurer 1991)。
Maurer はこの書が AI の分野で賛否の分かれる評価を受け、多くは好意的でなく、一部は敵対的だったと書き、自分は二人の企てに共感しつつ、二人が Heidegger と Habermas を経由して合理主義の前提を持ち込み直していると批判した(Maurer 1991)。
この二つの道を並べて読むと、生成 AI をめぐる今の議論の対立が、1980 年代にすでに一度現れていたことがわかる。 設計の知を形式化して機械に任せようとする側と、機械が担えるのは人の理解の媒体までだとする側である。 AI の側では、大規模言語モデルが見せる共感のふるまいがデザインに投げかける課題を、Buber と Levinas の他者性の概念で検討した Sinclair と Buwert の論考がある(Sinclair and Buwert 2026、要旨)。 Maurer が整理した「計算機は自律した行為者ではなく媒体だ」という立場は、この論考を読むときの比較の軸になる。
読む文献
- Maurer 1991:Winograd と Flores の書の読みと批判。短く、書に入る前の案内になる。
- Winograd and Flores 1986:解釈学から AI を批判し、設計の土台を据え直した書。本文は今回取れず、Maurer 1991 の紹介の範囲で書いた。
- Tomiyama and Yoshikawa 1986:一般設計学の公理と、知的な CAD のための形式化のねらい。
- Reich 1995:一般設計学への批判(要旨)。
- AI の側:Sinclair and Buwert 2026(要旨)。
デザインの哲学という分野ができたとき(2000 年前後)
三つめに、デザインの哲学が一つの分野として名乗りを上げた時期の文献を読む。 ここでの問いは、デザインとは何か、デザインされた人工物とは何か、である。
Love は、科学哲学や技術哲学に並ぶ分野としての「Philosophy of Design」を、デザイン方法の哲学的な研究と結びついてきた「design philosophy」と区別した(Love 2000)。 Galle は 2002 年の特集号の序論で、特集号の論考に共通するのは、経験的な観察ではなく合理的な反省によって洞察を得ていることだとし、デザイン哲学を、哲学の手段でデザインについての洞察を求める営みと特徴づけた(Galle 2002)。 Galle は同じ序論で、この分野の担い手の多くは哲学とデザインの一方しか訓練を受けていない「半分素人」だと書いている(Galle 2002)。
この時期の問いのうち、AI 時代にもっとも直接に効いてくるのが、人工物の二重性である。 Kroes と Meijers は 2002 年の研究計画の論文で、人は世界を、因果でつながる物理的な物の集まりとしても、世界を意図をもって表象し行為する主体の集まりとしても捉えていると書き、技術的人工物はこの二つの捉え方の両方にまたがると論じた(Kroes and Meijers 2002)。 機能という概念は物理的な記述には現れず、意図の側に属する。 人工物は機能をうまく果たすか下手に果たすかで評価されるので、機能の帰属は規範的な判断を伴う(Kroes and Meijers 2002)。 そのため、技術的人工物は、機能を持つことを記述できない物理の捉え方だけでも、機能が物理的な構造に実現されることを記述できない意図の捉え方だけでも、記述しきれない(Kroes and Meijers 2002)。 二人は、この二つの記述をつなぐことがまさに設計の中で起きていると書いている(Kroes and Meijers 2002)。
この二重性の議論を、誰の意図が機能を決めるのかという問いへ進めたのが、Houkes と Vermaas の『Technical Functions』(2010 年)である。 本文は今回取れなかったので、Stanford Encyclopedia of Philosophy の「Artifact」の項目による紹介で書く。 Houkes と Vermaas は、設計者が定める使用計画(use plan)がまず人工物の機能を立てると考える(Preston 2022)。 ただし使用計画は、その計画で機能が実現されるという正当化を必要とし、その正当化には人工物の物理的な能力の因果的な役割の知識が要るので、物理的な構造が使用計画に表れる意図を制約する(Preston 2022)。 さらに二人は、使用計画が設計者から使用者へ、使用者から使用者へと伝わる歴史的な要素も求めている(Preston 2022)。
AI の側では、この節に二つの論考を対にする。 Gal は 2025 年の論考で、生成 AI の画像は美学の場を劇的には変えず、むしろ美学の議論の連続性を露わにしていると論じた(Gal 2025)。 Gal が挙げる連続した論点は、画像や物の存在論的な安定は錯覚ではないか、機能と使用者の制御、自然と人工、真正と贋作、手製と量産、レディメイド、エクフラシスである(Gal 2025)。 Gal は Gibson のアフォーダンスを引き、階段が腰かけや集まりの場として使われるように、作られた後に生まれる使い方は、設計で予定された使い方と同じく真正だとした(Gal 2025)。 機能をまず設計者の使用計画から立てる Houkes と Vermaas の説と並べると、二つの説がどこで割れるかがわかる。 Abdipour は 2026 年の論考で、生成 AI とのデザインでは作者性が人とシステムの間で交渉を通じて配り直されると論じ、互いに適応し合う AI のシステムを渡り歩くのに要る能力を「相互作用のリテラシー」と呼び、Walter Benjamin のアウラの概念を、プロンプトのアウラ、相互作用のアウラ、アルゴリズムの署名の三つの型で捉え直した(Abdipour 2026)。
読む文献
- Galle 2002:特集号の序論。分野の主題の一覧と、反省という方法。
- Love 2000:「Philosophy of Design」と「design philosophy」の区別。
- Kroes and Meijers 2002:人工物の二重性の研究計画。オープンアクセスで読める。
- Houkes and Vermaas 2010:使用計画の理論。本文は今回取れず、Preston 2022 の紹介の範囲で書いた。
- Vermaas and Vial 2018:論集の序章(要旨)。分野がまだ固まっていないことの確認に使う。
- Galle 2017:Parsons の『Philosophy of Design』の書評論文。Galle はデザインの概念に安定した本質があるという考えを擁護し、Parsons の定義を批判的に分析した(Galle 2017、要旨)。
- AI の側:Gal 2025、Abdipour 2026。
人工物は人の行為を形づくる(技術哲学と STS、1980〜2000 年代)
四つめの潮流は、デザインされた人工物が、使う人の行為と道徳をどう形づくるかを問う。 この系譜はデザイン研究の外、技術哲学と科学技術社会論(STS)で育ち、前に見たように、デザイン研究の側の見取り図には出てこないことが多い。 しかし、AI のシステムが人の判断に入り込む今、このノートで対にした AI の論考のうち二本(Benjamin らと van de Poel)は、この系譜を足場にしている。
Akrich は 1992 年の章で、設計者は新しい物を作るとき、その物が入る世界について仮説を立て、特定の好み、能力、動機、政治的な偏見を持つ行為者を定め、道徳や技術や経済がどう変わるかを想定していると書いた(Akrich 1992)。 Akrich は、この世界の見方を物の技術的な中身に書き込むこと(inscription)の成果を「スクリプト」と呼び、技術的な物は映画の脚本のように、行為の枠組みを、行為者と、行為者が動くと想定された空間とともに定めると論じた(Akrich 1992)。 ただし使用者は、設計者が思い描いた役を演じないことも、別の役を自分で定めることもある(Akrich 1992)。 同じ書の用語集で、Akrich と Latour は、分析者が書き込みを読み解いて書き起こす作業を「de-scription」と呼び、設計者による書き込みの逆向きの動きとした(Akrich and Latour 1992)。
Latour は同じ書の章で、蝶番が壁の穴の出入りの問題を解く仕事を引き受けている例から、人がするはずの仕事を非人間の物に移すことを「委任」(delegation)と呼んだ(Latour 1992)。 シートベルトを締めるまで警報が鳴りやまない車の例では、法に従う道徳は運転する人の中にあるのか、人を従わせる人工物の中にあるのかと問い、社会学が見落としてきた「失われた質量」(missing masses)は、道徳を担う非人間の中にあると論じた(Latour 1992)。 技術哲学の側の見取り図は、技術と政治の関係を論じた代表として Winner を挙げている(Franssen et al. 2026)。
Verbeek は 2006 年の論文で、このスクリプトの考えを規範の側へ進めた。 Verbeek は、技術が人の知覚と行為を媒介する以上、設計者は技術に道徳を物質化しており、別の手段で倫理を行っていると論じ、設計の段階で技術の媒介を予測する媒介分析を提案した(Verbeek 2006)。 Stanford Encyclopedia of Philosophy は、設計の倫理(design ethics)の根の一つにこのポスト現象学を挙げ、その課題を、技術の媒介を予測し、望ましい媒介を考えて設計することとまとめている(Franssen et al. 2026)。 ポスト現象学の出発点にある Ihde の人間と技術の関係は、Benjamin らの紹介によれば四つある(Benjamin et al. 2021 が引く Ihde 1990)。 眼鏡のように技術が身体と知覚の一部になる身体化の関係、地図や温度計のように技術が世界を特定の形で読めるようにする解釈学的な関係、ATM やロボットのように技術を準他者として扱う他者性の関係、空調のように技術が経験の背景に溶けてそれに肌合いを与える背景の関係である。
AI の側では、Benjamin らの 2021 年の論文と van de Poel の 2020 年の論文を対にする。 Benjamin らは、機械学習の不確実性をデザインの素材とみなし、ポスト現象学の見方でデザイン研究の四つの事例を読んで、三つの概念を出した(Benjamin et al. 2021)。 機械学習で動く人工物が世界について不確かであり、そのことで物や環境や人との幅広い関係を生み出し適応していく性質を指す「物としての不確実性」(thingly uncertainty)、機械学習のモデルが表そうとする世界そのものを変えてしまう「パターンの漏れ」(pattern leakage)、予測が現在の経験を目立たない形で変えていく「未来の忍び込み」(futures creep)である(Benjamin et al. 2021)。 Benjamin らは、デザインは「別の手段で」哲学をしているという Verbeek の見方を採っている(Benjamin et al. 2021)。
van de Poel は、AI のシステムが公平性や説明責任といった価値を体現していると言えるのはいつかを問い、体現された価値を、その価値をシステムに埋め込もうとする設計の活動の結果として捉える説を示した(van de Poel 2020)。 van de Poel は AI のシステムを、技術的な人工物、人、制度からなる従来の社会技術システムに加えて、人工の行為者と、人工の行為者と他の要素の相互作用を規律する技術的な規範を含む、特別な種類の社会技術システムとして扱う(van de Poel 2020)。
Akrich のスクリプトと Latour の委任は、設計者が物に書き込むものとして論じられた。 学習するモデルが書き込みの一部を担うとき、誰が何を書き込んだと言えるのかは、この二つの論考を読む側が問うことになる。
読む文献
- Akrich 1992:スクリプトと de-scription の原典。Bijker と Law の論集はオープンアクセスで読める。
- Latour 1992:委任と、人工物の中の道徳。同じ論集に入っている。
- Verbeek 2006:技術による媒介と、設計者が「別の手段で」行う倫理。
- Ihde 1990:人間と技術の四つの関係。本文は今回取れず、Benjamin et al. 2021 の紹介の範囲で書いた。
- Winner 1980:技術の政治性の古典。本文は今回取れず、Franssen et al. 2026 の位置づけだけを書いた。
- Franssen et al. 2026:技術哲学の見取り図。設計の方法論と設計の倫理の節がある。
- AI の側:Benjamin et al. 2021、van de Poel 2020。
デザインは世界を作り、その世界が人を作り返す(存在論的デザイン)
五つめの潮流は、デザインを、人のあり方と人の生きる世界を形づくる営みとして捉える存在論的デザイン(ontological designing)である。 前の節の系譜が、一つの人工物が一人の使用者の行為をどう形づくるかを問うのに対し、この潮流は、デザインの積み重ねが世界そのものと、そこで生きる人のあり方を作ると考える。
原典の Willis 2006 は本文を取れなかったので、Rego の 2023 年の論考による引用で読む。 Rego の整理では、この考えは Heidegger の存在の思考に根を持つ(Rego 2023)。 Willis は、存在論的デザインが、実践としても物としても通常とは根本的に違うデザインの理解を意味し、近代の主体としての人がどうあり、どうして今の人になるのかについても違う理解を意味すると書いた(Rego 2023 が引く Willis 2006)。 Rego は、Fry が存在論的デザインを、デザインの行為者性を認める政治的なデザインの実践と呼んだことも挙げている(Rego 2023)。 Escobar は 2018 年の書で、デザインが世界を作る力を、正義と地球に深く沿うあり方へ向けることを論じ、多くのデザインが資本主義の目的に仕えていると指摘して、協働と場所に根ざす「自律のデザイン」を示した(Escobar 2018、要旨)。
AI の側では、生成 AI がデザインの開く世界を狭めるという論考を対にする。 Vogel と Quadflieg は、生成 AI がデザインの流れを速めるという道具的な見方は、探索的で曖昧で素材に根ざした形の探し方を確率的な処理へ外に出してしまうという知の変化を見えなくすると論じた(Vogel and Quadflieg 2026)。 二人によれば、生成 AI は、デジタルの記録にすでに多くある知り方を優先する「二重の閉じ込め」を通じて、特定の場所からの支配的な見方を誰にとっても中立な標準として示し、別のデザインの未来に構造上届かなくする(Vogel and Quadflieg 2026)。
Heron らは、生成 AI は収束に向かい細かな違いを嫌う技術で、統計的にありそうで文化的に支配的なものを優先して再生産することで、可能な世界の閉じ込めを早めると論じた(Heron et al. 2026)。 デザインが頼る特異さ、断絶、偶然、複数性は、生成 AI の確率の論理が系統的に削るものだという(Heron et al. 2026)。 Heron らは、グリッチ・フェミニズムの見方から、誤り、狂い、計算できないものを抵抗の手立てとして示した(Heron et al. 2026)。
Bordas らは工学設計の研究の知見から生成性の種類を分け、生成 AI には新しい人工物を生成する水準と、生成 AI のモデルそのものを生成する水準の二つがあると示した(Bordas et al. 2024、要旨)。 デザインが世界を作り返すという存在論的デザインの考えを、モデルを生成する水準まで広げるとどうなるかは、今回集めた文献の中では論じられていなかった。
読む文献
- Rego 2023:存在論的デザインの定義と起源の整理。Willis 2006 を頁つきで引く。
- Willis 2006:存在論的デザインの原典。本文は今回取れず、Rego 2023 の引用の範囲で書いた。
- Escobar 2018:多元世界のためのデザイン(要旨)。
- AI の側:Vogel and Quadflieg 2026、Heron et al. 2026、Bordas et al. 2024(要旨)。
誰のためのデザインか、人間中心はまだ保てるか(2010 年代〜)
六つめの潮流は、デザインが誰に何をもたらすかを問い、人間中心のデザインという前提そのものを問い直す。 この節の文献は Heron らを除いて要旨で確かめたので、主張は要旨の範囲で書く。
Bardzell と Bardzell は、批判的デザインを、デザイン実践の倫理を前に出し、隠れた意図と価値を明らかにし、別のデザインの価値を探る、デザインを通した研究の方法論と位置づけた(Bardzell and Bardzell 2013、要旨)。 Costanza-Chock は、デザインの正義を周縁化された共同体が主導するデザインの方法とし、普遍主義のデザインの原則と実践が、交差的に不利な立場にある人々をどう消してしまうかを論じた(Costanza-Chock 2020、要旨)。 Forlano は、デザインは少なくとも 1980 年代半ばから人間中心と利用者中心の考えに支配されてきたが、技術と環境の変化が設計者に複雑な社会技術システムへの注目を迫っていると書き、ポストヒューマニズムの議論を見渡した(Forlano 2017、要旨)。 Giaccardi と Redström は、IoT や機械学習のようなデータの技術に対して、人間中心と利用者中心のデザインが限界に達しているのではないかと問うた(Giaccardi and Redström 2020、要旨)。
AI の側では、Schneider と Csűrös の論考を対にする。 二人は、物質的転回の見方から、生成 AI を道具ではなく共に作る者として捉え、存在論的デザイン、ポスト現象学、認知科学、物質的関与の理論に依って、創造性を社会と物の網の目の中で生じるものとし、設計者の役割は制御から編成へ移ると論じた(Schneider and Csűrös 2025、要旨)。 前の節で見た Heron らは、生成 AI の学習データには深い人間中心主義が映っており、それが複数性を消すとも書いている(Heron et al. 2026)。 人間中心の外を目指す議論の中で、生成 AI を人間でない共作者として迎える立場と、生成 AI を人間中心主義を再生産する技術とみる立場が並んでいる。
読む文献
- Bardzell and Bardzell 2013:批判的デザインの概念の整理(要旨)。
- Costanza-Chock 2020:デザインの正義(要旨)。
- Forlano 2017:ポストヒューマニズムとデザイン(要旨)。
- Giaccardi and Redström 2020:データの技術と人間以上のデザイン(要旨)。
- AI の側:Schneider and Csűrös 2025(要旨)、Heron et al. 2026。
AI 時代のデザイン哲学は、いまどこにいるのか
ここまでの潮流を読んだうえで、AI 時代のデザイン哲学そのものの現在地を示す文献を読む。
2026 年の DRS の「AI の最中と後のデザイン研究」のトラックには 90 本の論文が投稿され、43 本が査読に回り、11 本が採択された(Lee-Smith et al. 2026)。 編者たちは、AI をデザインの外の現象として扱える段階はすでに過ぎているかもしれないと書き、トラックの題の「後」はまだ満たされず、挑発として残っていると述べた(Lee-Smith et al. 2026)。 Verganti らは、イノベーションの中で問題を解く意思決定の側を「デザイン」と呼び、これまで人が下してきたその判断が機械に置き換わるとき何が起こるかを問うて、AI 時代のデザインとイノベーションを理解する枠組みを示した(Verganti et al. 2020、要旨)。
デザインに固有の知があるかという Cross 以来の問いも、いま争われている。 Digby は、科学と芸術、合理と直観といったデザインの認識論の二分は偽の二分法であり、批判的合理主義が、別の認識論を立てなくてもデザインの特徴を説明できると論じた(Digby 2026、要旨)。 Secomandi と Verbeek が 2026 年に編んだ論集の出版社の紹介文は、哲学者がデザインの実践から距離を置いたままデザインを論じる従来の「デザインの哲学」からはすでに遠く離れていると論じ、デザイン哲学を「デザインのやり方で哲学をすること」として解釈し直す可能性を挙げた(Secomandi and Verbeek 2026、要旨)。 この言い方は、Verbeek が設計者は「別の手段で」倫理を行うと書いたことや、Benjamin らがデザインは「別の手段で」哲学をしているという見方を採ったことと並べて読める。 二つの論考の主張と論証は デザインに固有の認識論は要るか、デザインで哲学はできるか(2026 年の二つの論考を読む) で本文から整理した。
読む文献
- Lee-Smith et al. 2026:DRS 2026 の AI のトラックの序論。いま何がどれだけ論じられているかの確認。
- Verganti et al. 2020:判断が機械に置き換わるときのデザインとイノベーションの枠組み(要旨)。
- Digby 2026:デザインに固有の認識論は要らないという主張(要旨)。
- Secomandi and Verbeek 2026:「デザインのやり方で哲学をする」への移行(要旨)。
どの順で読むか
最初の 12 本は、短く、オープンアクセスか写しで手に入りやすい論文から始め、書は後に回す順に並べた。 古い潮流から新しい潮流へ進み、潮流を読み終えたところで、対にした AI の論考を挟む。
- Cross 2001:最初の地図。二つの波、Simon と Schön、規律としてのデザインがわかる。
- Rittel and Webber 1973:厄介な問題。後の文献の多くがこの語を前提にする。
- Buchanan 1992:デザインに固有の主題がないという主張。
- Yang et al. 2020:ここまでの問いを AI に当てると何が難しくなるか。
- Maurer 1991:Winograd と Flores への入口。読んだ後に書そのものへ進む。
- Tomiyama and Yoshikawa 1986:もう一つの道としての設計の形式化。
- Galle 2002:分野の主題の一覧。
- Kroes and Meijers 2002:人工物の二重性。
- Akrich 1992 と Latour 1992:スクリプトと委任。同じ論集で続けて読める。
- Verbeek 2006:媒介と設計の倫理。
- Benjamin et al. 2021:ポスト現象学を機械学習に当てた例。
- Vogel and Quadflieg 2026 と Heron et al. 2026:生成 AI が開く世界を狭めるという批判。
この 12 本の後に、本文を今回読めなかったか一部しか読めなかった書(Simon 1969、Schön 1983、Winograd and Flores 1986、Houkes and Vermaas 2010、Ihde 1990、Escobar 2018)へ進む。 どの書も、このノートでは別の文献の紹介を通してしか書いていないので、原典で確かめ直す価値がある。
今回確かめられなかったこと
次の書と論文は、デザイン哲学の文献で名前の挙がるものだが、今回は本文も要旨も取れなかったので、上の潮流に位置づけなかった。 状況に置かれた行為を論じた Suchman の書(第 2 版、2007 年)、意味論的転回を論じた Krippendorff の書(2006 年)、デザイン理論の作り方を論じた Redström の書(2017 年)、デザイン思考の核を論じた Dorst の論文(2011 年)、デザインの知り方を最初に論じた Cross の論文(1982 年)である。 Suchman の書は、計算機と人の相互作用を論じた書として二つめと四つめの潮流をつなぐ位置にあるかもしれないが、今回はそれを本文で確かめていない。 Dreyfus の AI 批判がデザイン理論に入った経路は、今回の収集では書の章の要旨でしか見つからなかったので、このノートには入れなかった。 非英語圏のデザイン哲学は、一般設計学を除いて今回の範囲に入っていない。
関連ノート
- デザイン哲学とは何か(学術研究から):デザイン哲学とは何か(定義、起源、潮流、展望の全体)
- デザインに固有の認識論は要るか、デザインで哲学はできるか(2026 年の二つの論考を読む):デザインに固有の認識論は要るか、デザインで哲学はできるか(Digby 2026 と Secomandi と Verbeek 2026 の本文を読む)
- デザインの認識論的前提と方法論的基盤:ウィキッド問題・アブダクション・集合ベース探索の文献地図:デザインの認識論の前提と方法論の基盤
- 日本のデザイン研究の系譜:三つの源流と、会長職を回してきた大学:日本のデザイン研究の系譜
- デザイン業界における AI 活用 — 学術レビュー(2026):デザインにおける AI の学術研究
未検証事項
主要主張に未検証の記述は残していない。 要旨か出版社の紹介文だけで確かめた文献は、引用の括弧に「要旨」と添え、要旨に書かれた範囲だけを述べた。 本文を取れなかった書と論文(Simon 1969、Schön 1983 の第 2 章以降、Winograd and Flores 1986、Houkes and Vermaas 2010、Ihde 1990、Willis 2006、Winner 1980)は、本文を確かめた別の文献(Cross 2001、Franssen et al. 2026、Maurer 1991、Preston 2022、Benjamin et al. 2021、Rego 2023)がそれをどう紹介しているかの範囲だけを書いた。 Yang et al. 2020 と van de Poel 2020 は、ブラウザで出版社の本文の頁を開いて該当箇所を確かめたが、本文のテキストを保存できなかった。 Benjamin et al. 2021 は arXiv の版で読み、ACM の版との違いは照合していない。
参照文献
- Abdipour, Mahdi. 2026. “Designing with Generative AI: Symbiosis, Authorship, and the Evolving Image.” She Ji: The Journal of Design, Economics, and Innovation 12 (1): 85–106. https://doi.org/10.1016/j.sheji.2026.02.004
- Akrich, Madeleine. 1992. “The De-Scription of Technical Objects.” In Shaping Technology/Building Society: Studies in Sociotechnical Change, edited by Wiebe E. Bijker and John Law, 205–224. Cambridge, MA: MIT Press. https://www.fulcrum.org/concern/monographs/474299249
- Akrich, Madeleine, and Bruno Latour. 1992. “A Summary of a Convenient Vocabulary for the Semiotics of Human and Nonhuman Assemblies.” In Shaping Technology/Building Society: Studies in Sociotechnical Change, edited by Wiebe E. Bijker and John Law, 259–264. Cambridge, MA: MIT Press. https://www.fulcrum.org/concern/monographs/474299249
- Bardzell, Jeffrey, and Shaowen Bardzell. 2013. “What Is ‘Critical’ about Critical Design?” In Proceedings of the SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI ‘13): 3297–3306. https://doi.org/10.1145/2470654.2466451
- Benjamin, Jesse Josua, Arne Berger, Nick Merrill, and James Pierce. 2021. “Machine Learning Uncertainty as a Design Material: A Post-Phenomenological Inquiry.” In Proceedings of the 2021 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI ‘21): 1–14. https://doi.org/10.1145/3411764.3445481 (arXiv 版 https://arxiv.org/abs/2101.04035)
- Bordas, Antoine, Pascal Le Masson, Maxime Thomas, and Benoit Weil. 2024. “What Is Generative in Generative Artificial Intelligence? A Design-Based Perspective.” Research in Engineering Design 35 (4): 427–443. https://doi.org/10.1007/s00163-024-00441-x
- Buchanan, Richard. 1992. “Wicked Problems in Design Thinking.” Design Issues 8 (2): 5–21. https://doi.org/10.2307/1511637
- Costanza-Chock, Sasha. 2020. Design Justice: Community-Led Practices to Build the Worlds We Need. Cambridge, MA: MIT Press. https://doi.org/10.7551/mitpress/12255.001.0001
- Cross, Nigel. 1982. “Designerly Ways of Knowing.” Design Studies 3 (4): 221–227. https://doi.org/10.1016/0142-694X%2882%2990040-0
- Cross, Nigel. 2001. “Designerly Ways of Knowing: Design Discipline Versus Design Science.” Design Issues 17 (3): 49–55. https://doi.org/10.1162/074793601750357196
- Digby, JJ. 2026. “Does Knowledge in Design Require a Distinct Epistemology? A Critical Rationalist Perspective.” In DRS2026: Edinburgh. Design Research Society. https://doi.org/10.21606/drs.2026.1608
- Dorst, Kees. 2011. “The Core of ‘Design Thinking’ and Its Application.” Design Studies 32 (6): 521–532. https://doi.org/10.1016/j.destud.2011.07.006
- Escobar, Arturo. 2018. Designs for the Pluriverse: Radical Interdependence, Autonomy, and the Making of Worlds. Durham, NC: Duke University Press. https://doi.org/10.1215/9780822371816
- Forlano, Laura. 2017. “Posthumanism and Design.” She Ji: The Journal of Design, Economics, and Innovation 3 (1): 16–29. https://doi.org/10.1016/j.sheji.2017.08.001
- Franssen, Maarten, Ibo van de Poel, Michael Klenk, and Filippo Santoni de Sio. 2026. “Philosophy of Technology.” In The Stanford Encyclopedia of Philosophy (Fall 2026 Edition), edited by Edward N. Zalta and Uri Nodelman. https://plato.stanford.edu/entries/technology/ (取得日 2026-10-23)
- Gal, Michalle. 2025. “Is Generative AI in Aesthetics Really New? The Visualist Perspective.” Contemporary Aesthetics Special Volume 13. https://contempaesthetics.org/2025/07/14/is-generative-ai-in-aesthetics-really-new-the-visualist-perspective/ (取得日 2026-10-23)
- Galle, Per. 2002. “Philosophy of Design: An Editorial Introduction.” Design Studies 23 (3): 211–218. https://doi.org/10.1016/S0142-694X%2801%2900034-5
- Galle, Per. 2017. “Self-Knowledge by Proxy: Parsons on Philosophy of Design and the Modernist Vision.” She Ji: The Journal of Design, Economics, and Innovation 2 (4): 322–342. https://doi.org/10.1016/j.sheji.2017.05.001
- Giaccardi, Elisa, and Johan Redström. 2020. “Technology and More-Than-Human Design.” Design Issues 36 (4): 33–44. https://doi.org/10.1162/desi_a_00612
- Heron, Michael, Kristin Aune, Mafalda Gamboa, Sofia Thunberg, Nasim Hashmati, and Peter Belford. 2026. “The Hauntology of Generative AI in Design.” In DRS2026: Edinburgh. Design Research Society. https://doi.org/10.21606/drs.2026.786
- Houkes, Wybo, and Pieter E. Vermaas. 2010. Technical Functions: On the Use and Design of Artefacts. Dordrecht: Springer. https://doi.org/10.1007/978-90-481-3900-2
- Ihde, Don. 1990. Technology and the Lifeworld: From Garden to Earth. Bloomington: Indiana University Press. https://doi.org/10.2979/3108.0
- Krippendorff, Klaus. 2006. The Semantic Turn: A New Foundation for Design. Boca Raton, FL: CRC Press. https://doi.org/10.1201/9780203299951
- Kroes, Peter, and Anthonie Meijers. 2002. “The Dual Nature of Technical Artifacts: Presentation of a New Research Programme.” Techné: Research in Philosophy and Technology 6 (2). https://scholar.lib.vt.edu/ejournals/SPT/v6n2/kroes.html (取得日 2026-10-23)
- Latour, Bruno. 1992. “Where Are the Missing Masses? The Sociology of a Few Mundane Artifacts.” In Shaping Technology/Building Society: Studies in Sociotechnical Change, edited by Wiebe E. Bijker and John Law, 225–258. Cambridge, MA: MIT Press. https://www.fulcrum.org/concern/monographs/474299249
- Lee-Smith, Matthew, Jesse Josua Benjamin, Mafalda Gamboa, and Stephan Wensveen. 2026. “Design Research During and After Artificial Intelligence.” In DRS2026: Edinburgh. Design Research Society. https://doi.org/10.21606/drs.2026.217
- Love, Terence. 2000. “Philosophy of Design: A Meta-Theoretical Structure for Design Theory.” Design Studies 21 (3): 293–313. https://doi.org/10.1016/S0142-694X%2899%2900012-5
- Maurer, Bill. 1991. “Can a Computer Understand? Hermeneutics in Computer Science (Thinking Through Heidegger, Habermas, and Dilthey).” Kodikas/Code: Ars Semeiotica 14 (3–4). https://escholarship.org/uc/item/4bh7801c
- Preston, Beth. 2022. “Artifact.” In The Stanford Encyclopedia of Philosophy (Winter 2022 Edition), edited by Edward N. Zalta and Uri Nodelman. https://plato.stanford.edu/entries/artifact/ (取得日 2026-10-23)
- Redström, Johan. 2017. Making Design Theory. Cambridge, MA: MIT Press. https://doi.org/10.7551/mitpress/11160.001.0001
- Rego, Mark. 2023. “What Does Ontological Design Do? And Does It Do Enough?” In Proceedings of the 15th International Conference of the European Academy of Design (EAD 2023). Blucher Design Proceedings: 1011–1020. https://doi.org/10.5151/ead2023-5gla-12full_ontologicaldesign_rego
- Reich, Yoram. 1995. “A Critical Review of General Design Theory.” Research in Engineering Design 7 (1): 1–18. https://doi.org/10.1007/BF01681909
- Rittel, Horst W. J., and Melvin M. Webber. 1973. “Dilemmas in a General Theory of Planning.” Policy Sciences 4 (2): 155–169. https://doi.org/10.1007/BF01405730
- Schneider, Ágnes, and Dóra Csűrös. 2025. “Towards Distributed Creativity: Understanding Generative AI in the Context of Design Philosophy and the Material Turn.” In EKSIG 2025: Data as Experiential Knowledge and Embodied Processes. Design Research Society. https://doi.org/10.21606/eksig2025.127
- Schön, Donald A. 1983. The Reflective Practitioner: How Professionals Think in Action. New York: Basic Books.(再刊 London: Routledge, 2017. https://doi.org/10.4324/9781315237473)
- Secomandi, Fernando, and Peter-Paul Verbeek, eds. 2026. Design Philosophy after the Technology Turn. London: Bloomsbury Visual Arts. https://doi.org/10.5040/9781350494480
- Simon, Herbert A. 1969. The Sciences of the Artificial. Cambridge, MA: MIT Press.(第 3 版 1996、再刊 2019. https://doi.org/10.7551/mitpress/12107.001.0001)
- Sinclair, Matt, and Peter Buwert. 2026. “AI and Thou: Empathy, Artificial Intelligence and Alterity in Design.” In DRS2026: Edinburgh. Design Research Society. https://doi.org/10.21606/drs.2026.2191
- Suchman, Lucy. 2007. Human-Machine Reconfigurations: Plans and Situated Actions. 2nd ed. Cambridge: Cambridge University Press. https://doi.org/10.1017/CBO9780511808418
- Tomiyama, Tetsuo, and Hiroyuki Yoshikawa. 1986. Extended General Design Theory. Report CS-R8604. Amsterdam: Centrum voor Wiskunde en Informatica. https://ir.cwi.nl/pub/6306
- van de Poel, Ibo. 2020. “Embedding Values in Artificial Intelligence (AI) Systems.” Minds and Machines 30 (3): 385–409. https://doi.org/10.1007/s11023-020-09537-4
- Verbeek, Peter-Paul. 2006. “Materializing Morality: Design Ethics and Technological Mediation.” Science, Technology, & Human Values 31 (3): 361–380. https://doi.org/10.1177/0162243905285847
- Verganti, Roberto, Luca Vendraminelli, and Marco Iansiti. 2020. “Innovation and Design in the Age of Artificial Intelligence.” Journal of Product Innovation Management 37 (3): 212–227. https://doi.org/10.1111/jpim.12523
- Vermaas, Pieter E., and Stéphane Vial. 2018. “Towards a Philosophy of Design.” In Advancements in the Philosophy of Design, edited by Pieter E. Vermaas and Stéphane Vial, 1–12. Cham: Springer. https://doi.org/10.1007/978-3-319-73302-9_1
- Vogel, Caroline, and Sven Quadflieg. 2026. “Designing from Some-Where: Generative AI and Foreclosed Futures in Design.” Base Diseño e Innovación 11 (13). https://revistas.udd.cl/index.php/BDI/article/view/1751
- Willis, Anne-Marie. 2006. “Ontological Designing.” Design Philosophy Papers 4 (2): 69–92. https://doi.org/10.2752/144871306X13966268131514
- Winner, Langdon. 1980. “Do Artifacts Have Politics?” Daedalus 109 (1): 121–136. https://www.jstor.org/stable/20024652
- Winograd, Terry, and Fernando Flores. 1986. Understanding Computers and Cognition: A New Foundation for Design. Norwood, NJ: Ablex. https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA00073700
- Yang, Qian, Aaron Steinfeld, Carolyn Rosé, and John Zimmerman. 2020. “Re-examining Whether, Why, and How Human-AI Interaction Is Uniquely Difficult to Design.” In Proceedings of the 2020 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI ‘20): 1–13. https://doi.org/10.1145/3313831.3376301
書いた人:小川 修一郎(デザイン研究者/デザインコンサルタント) 経歴を見る →