Shuichiro Ogawa
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ノート · 更新 2026-11-01 · Markdown 版

プレイングマネージャーとは何か:任命される側と任命する側の損得を、学術界と産業界の資料で比べる

部下を持ちながら自分も実務の成果を負う管理職(プレイングマネージャー、英語では player-coach)について、学術の文献 28 本と、公的機関と国際標準の資料 11 件、調査会社と研究所の調査 14 件、経営者と実務家の一次の発言と報道 16 件を読み、本文が取れたものは本文で照合した。

目次(9)
  1. 学術と産業は同じものを見ているか
  2. プレイングマネージャーは、プレイヤーやマネージャーと何が違うか
  3. 近年の流行は何が新しいのか
  4. 任命される側には何が得で何が損か
  5. 任命する側には何が得で何が損か
  6. 学術と産業はどこで一致し、どこで分かれるか
  7. 違いはどこから来るか
  8. この調べで言えること、言えないこと
  9. Footnotes

学術と産業は同じものを見ているか

日本の課長に「仕事のうち何割がプレイヤーとしての仕事か」を尋ねると、0% と答える人は 1.5% しかいない(産業能率大学総合研究所 2019)。 業務のほぼ半分がプレイヤーとしての仕事であり、課長の 59.0% は、それがマネジメント業務に支障があると答えている。 米国でも、管理職の 97% が個人の実務を持ち、時間の中央値の 40% をそれに使っている(Gallup 2026a)。 部下を持つ人が自分も実務を抱える形は、どちらの国でも例外ではない。

ところが、学術の文献で「playing manager」や「player-coach」を探すと、経営学の論文はほとんど出てこない。 このノートの収集では、二つの語で引いた候補の大半がスポーツの選手兼監督か、無関係の語であった(source/review/playing-manager/papers.md)。 調査の世界でこれほど当たり前の形が、研究の世界では名前を持たない。 この落差は、プレイングマネージャーの損得の見え方の違いにつながっているのか。

このノートは、学術の文献 28 本(査読論文、ワーキングペーパー 2 本、プレプリント 1 本、日本の論文と紀要)と、産業の資料 41 件を読んだ。 産業の資料は、公的機関と国際標準 11 件、調査会社、シンクタンク、人材会社の研究所の調査 14 件、経営者と実務家の一次の発言と報道 16 件である。 数値、引用、主張は、本文が取れた資料では本文の該当箇所で照合した。 本文が取れなかった論文は、年のあとに「要旨」と添えて、要旨の範囲だけで書いた(末尾の未検証事項)。

プレイングマネージャーは、プレイヤーやマネージャーと何が違うか

このノートでは、プレイングマネージャーを、部下を持ち、その育成、評価、仕事の割り振りに責任を負いながら、自分でも部下と同じ種類の実務を担い、その成果にも責任を負う管理職とする。 日本の調査はこれを操作的に定義している。 リクルートワークス研究所(2020)は、プレイング業務を「部下が担う業務と同様の業務」と定義し、それを全く行わない課長は 12.7% だと報告した。 産業能率大学総合研究所の課長調査は、仕事に占めるプレイヤーとしての役割を 0% から 10% 刻みで尋ね、0% 以外を兼務と数える。

純粋なプレイヤーとの違いは、責任の向きにある。 プレイヤーは自分の成果に責任を負い、プレイングマネージャーはそれに加えて部下の成果と成長に責任を負う。 純粋なマネージャーとの違いは、時間の配分と評価の対象にある。 マネージャーは部下を通じて成果を出し、プレイングマネージャーは自分の担当顧客や個人目標も持つ。 JILPT の管理職 50 人のヒアリングは、この二重の立場を、部下の育成と指導(マネージャーの役割)に加えて、自らも担当顧客を持ち売上目標を担う立場(プレイヤーの役割)を掛け持つ状態と書いた(池添ほか 2022)。 ある課長は「自身がノルマをクリアしなければ、他の人に助言することが難しく、自身の担当の仕事を優先するところがある」と述べている(同、事例 12)。

国際標準は、この二重の立場を管理者と監督者の区別で扱う。 ILO の国際標準職業分類の手引きは、監督者は他の労働者の活動の監督だけに責任を負い、管理者は組織単位の運営全体(戦略、予算、職員の選抜と解雇)に責任を負うと書く(ILO 2023)。 監督者はこれらについて助言できても、決める権限を持たない。 そのうえで手引きは、監督者の主な技能は監督する部下の業務の遂行にかかわることが多く、自分の仕事の一部にその業務の遂行を含むことがあると書く。 国際標準の上では、部下と同じ仕事をすることは第一線の監督の役割に含まれうる。 米国の職業分類も、第一線の監督者(first-line supervisor)を、部下の活動を直接監督し調整する職として管理者から分けている(BLS 2018)1。

学術の側では、この形は四つの研究の流れに分かれて現れる。 一つめは第一線の管理職の研究である。 Hales(2005、要旨)は、ロンドンと南東部の 135 組織の調査から、第一線の管理職の役割は、成果を目的にした監督の中核の周りに、追加の管理責任がまとわりつく安定した形だと報告した。 変化はむしろ監督の中核を強める方向に起き、一部では中間管理職の責任が監督の中核に足されて「拡張された」第一線の管理職ができていた。 二つめは、医師や看護師が管理職を兼ねる hybrid の研究である。 Noordegraaf(2007、要旨)は医療や福祉で専門職性が「純粋」から「混成」へ移ると論じ、McGivern ら(2015、要旨)は英国 NHS の医師管理者を、管理職の役割を一時的なものとして専門職性を守る「incidental hybrids」と、二つを統合した自己像を作る「willing hybrids」に分けた。 三つめは、専門性の高い上司の効果の研究(Artz ら 2017)、四つめは役割の曖昧さ、葛藤、過負荷の研究である。 坂爪(2020)は、日本の管理職の文献レビューで、役割過負荷を、個人の時間やエネルギーに対して要求が過度であることで生じる役割葛藤の一形態と整理している。

近年の流行は何が新しいのか

プレイングマネージャーが近年流行っていると言うとき、日本と米国では別のことが起きている。 日本では長く続く状態がそう呼ばれるようになり、米国のテック企業では経営者が方針としてこの形を掲げた。

日本の課長の兼務はいつからか

日本の調査は、プレイングマネージャーの多さが新しい現象ではないことを示している。 リクルートワークス研究所の 2000 年の調査では、プレイング業務を行う管理職が 82.3% であった(坂爪 2020 が引用)。 白石(2008)は、2007 年の企業調査で、プレイヤーとしての個人目標を持つ課長が全体の 8 割にのぼり、彼らの時間の 5 割以上がプレイヤーの職務に使われていると報告し、管理者をプレイヤーとして機能させることは「現実ではすでに所与のものとされている」と書いた。

坂爪(2020)は、産業能率大学の課長調査の第 1 回(2010 年)から第 5 回(2019 年)までで、プレイヤーとしての仕事が占める割合に変化が認められず、最も多いのはいずれも 21〜30% だと述べる。 その後も、兼務は 2017 年に 99.2%、2019 年に 98.5%、2021 年に 99.5% で、業務に占める割合の加重平均は 2019 年に 49.1%、2021 年に 50.1% である(産業能率大学総合研究所 2018、2019、2021)。 部長でも兼務は 96.9%、加重平均は 43.9% で、前回の 39.9% から上がった(産業能率大学総合研究所 2022)。 調査ごとに定義と対象が違い、兼務の割合は約 7 割(リクルートマネジメントソリューションズ 2014)から 86.8%(日本経営協会 2026)まで開く2。 どの定義でも、実務を兼ねる管理職が多数であることは変わらない。

兼ねる理由を、管理職本人は不足として説明する。 リクルートワークス研究所(2020)では、理由の最多が「業務量が多く、自分もプレイヤーとして加わる必要があるため」の 57.3% で、「部下の力量が不足しており、自分もプレイヤーとして加わる必要があるため」が 37.3%、「自分がプレイヤーとして加わらないと、当期のチームの業績目標が達成できないため」が 30.3% と続く。 「プレイヤーとして仕事をすることが、部下育成につながっているため」は 19.8% にとどまる。 坂爪(2020)は、この結果を部下の量と質の不足から生じるものと読んでいる。

2018 年以降の働き方改革は、この不足を管理職の側へ寄せた。 日本能率協会マネジメントセンター(2019)の調査では、管理者の 61.3% が「部下の残業削減のために、自分の仕事量が増えた」と答え、部下で「しわ寄せが上司にいっている」と感じる人は 31.8% であった。 パーソル総合研究所(2019)では、働き方改革が進む企業の第一階層の管理職の 62.1% が自身の業務量が増えたと答え、進まない企業の 48.2% を上回った。 JILPT のヒアリングも、管理業務の負担が働き方改革にともなう時間管理の厳格化で増している可能性を指摘している(池添ほか 2022)。

日本の管理職のプレイヤーの比率は、国際比較でも高い。 久米と中村(2020)は、リクルートワークス研究所の 5 か国の管理職調査を使い、日本の課長の業務に占めるプレイヤー業務の比率を 39.0% と報告し、相対的に日本と中国はプレイヤーに、米国は部下マネジメントに多くの時間をかけると述べた。 「自分は従業員の一人である」と答える管理職は、日本で 50.6%、米国で 22.4% であった。 著者らは、日本では課長と部下が長時間労働をともにしながら相似形の働き方をしていると推察している。

米国のテック企業は何を変えたか

米国で近年起きたのは、経営者が管理職の層を減らし、管理職にも実務を求めることを、方針として公に掲げたことである。 Meta の Zuckerberg(2023)は「Year of Efficiency」の書簡で、管理職の層を複数取り除き、多くの管理職に個人の実務者(individual contributor)になってもらうと書いた。 理由は、実務をする人と経営のあいだの情報の流れを速くすることであった。 Amazon の Jassy(2024)は、各組織に、2025 年の第 1 四半期末までに管理職に対する個人の実務者の比率を少なくとも 15% 上げるよう求め、株主への書簡では、管理職は大きなチームを集めることが昇進の道だと思い違いをしうると書いた(Jassy 2025)。 Intel の Tan(2025)は、層を減らし、管理範囲を広げ、管理職の重要な評価指標がチームの大きさだったことをやめると社員に伝えた。 Google では、部下が 3 人未満の管理職の数を 35% 減らし、その多くは個人の実務者として残ったと報じられた(Elias 2025)。

player-coach という語を方針に書き込んだ企業もある。 Coinbase の Armstrong(2026)は、全社員への書簡で「No pure managers」を掲げ、すべてのリーダーは強い個人の実務者でもあるべきで、管理職は player-coach のようにチームと並んで手を動かすべきだと書いた。 同じ書簡は、CEO の下を最大 5 層にし、リーダーは 15 人以上の部下を持ちうるとし、層の削減がコストを下げることも理由に挙げる。 Block の Dorsey(2026)は、今日の管理職にあたる役割を player-coach と呼び、やり方を指示するのではなく自分で仕事をしてやり方を見せる人だと説明した。 Fortune(Nusca 2026)はこの動きを「the rise of the Silicon Valley player-coach」と見出しに立てている。

数値の上では、管理範囲が広がっている。 Gallup(2026a)の米国の管理職の自己申告では、直属の部下の平均は 2024 年の 10.9 人から 2025 年の 12.1 人に増えたが、中央値は 5〜6 人で変わらず、平均の上昇は大きなチームの増加による。 Gallup は、管理職の 97% が個人の実務の責任を持ち、時間の中央値の 40% をそれに使うと報告し、こうした管理職が「player-coaches」と呼ばれることが多いと書く。 世界の管理職のエンゲージメントは 2022 年から 9 ポイント下がり、2024 年の 27% から 2025 年の 22% への低下が最大であった(Gallup 2026b)。 求人票に player-coach やプレイングマネージャーと書く割合の推移を示す一次の分析は、このノートの収集では見つからなかった。 「プレイングマネージャーが増えた」ことを、労働市場の時系列で直接は確かめられない。

学術は、フラット化そのものを先に記録していた。 Rajan と Wulf(2006、要旨)は米国の大企業 300 社超のパネルで、CEO に直属する職位が増え、事業部長と CEO のあいだの階層が減ったと報告し、この変化は集権とも分権とも単純に言えないと述べた。 Littler ら(2003、要旨)は 3 か国 2,964 組織の調査で、1990 年代の層の削減(delayering)が広く行われ、オーストラリアと南アフリカでは管理職のコミットメントが崩れたと報告した。 McCann ら(2008、要旨)は、層の削減や人員削減を行った英国の 5 組織の 64 人への面接から、中間管理職の成果の監視が強まり、労働時間と仕事の強度が増え、平らになった階層の中で昇進の見込みが縮んだと論じた。 技術と管理範囲の関係では、Bloom ら(2014)が、ERP などの情報技術はより広い管理範囲と、通信技術は自律の低下と関連することを企業データで示した。 生成 AI については、AI の向上につれて管理範囲がいったん縮み、のちに広がるという理論モデル(Xu ら 2025、プレプリント)と、GitHub Copilot を使えるようになった OSS の開発者が、プロジェクト管理の活動からコーディングへ仕事の配分を移したという準実験(Hoffmann ら 2024、ワーキングペーパー)がある。 企業の管理職の実務の比率と AI の関係を測った査読研究は見つからなかった。

任命される側には何が得で何が損か

任命される側の損得を直接測った研究はない。 以下は、昇進、兼務、役割の研究と、本人の回答と発言から組み立てた像である。

得の一つめは、実務への関わりを続けられることである。 Allen と Katz(1986、要旨)は米国 9 組織の技術者約 1,500 人の調査で、管理職の昇進よりも技術職の昇進よりも、面白い技術的な仕事を望む人の割合が、年齢とともに強く増えると報告した。 実務を手放したくない人にとって、兼務は昇進と実務を両立させる道になりうる。 EM の一人は、一流の技術者としてのキャリアを築いた人は管理職になってもその手腕でチームに貢献し続けたいと考えると書いている(kenichit 2023)。

二つめは、部下から尊敬を得る根拠である。 Thoughtworks の Kua(2015)は、開発者は技術の能力を尊敬するので、tech lead はコードに時間を使うことで尊敬を得て、実際に起きていることを把握し続けられると述べ、少なくとも時間の 30% をコードに使うよう勧める。 三つめは、役割の積み増しが本人の成績を必ずしも損なわないことである。 Day ら(2004、要旨)は北米のアイスホッケーリーグの主将 201 人の縦断データで、主将を務めた季は務めない季より個人の成績が高く、前の季の成績を統制しても変わらないと報告した。 四つめは、管理職への昇進そのものの得である。 初めてリーダーの職に就いた 184 人の縦断研究は、移行の時点では緊張が高まるが、その後は情動のウェルビーイングと自尊感情が持続して高まると報告した(Fletcher と French 2021、要旨)。 課長級の所定内給与は月 529.2 千円で、非役職者の 310.5 千円の 1.7 倍である(厚生労働省 2026。平均年齢は課長級 49.5 歳、非役職者 41.8 歳で、年齢と勤続の差を含む)。 日本経営協会(2026)の調査では、管理職の 70.5% が仕事に充実感があると答えている。

損の一つめは、時間の不足である。 産業能率大学総合研究所(2019)では、プレイヤーの仕事をする課長の 59.0% がマネジメント業務に支障があると答え、約 4 割が十分な権限を与えられていると思わないと答えた。 JILPT の調査は、ライン課長はマネジメントとプレイングの配分から見て全体的に時間が足りていないと報告し、管理職の 4 割超に心の不調の兆し(K6 で 5 点以上)があった(JILPT 2022a)。 管理職の月間総実労働時間の平均は 177.4 時間である(JILPT 2021)。 JILPT の個人調査の分析は、マネジメントの時間が足りない主な要因として、業務量の多さ、業務量に見合わない人員配置、上司による業務量の調整の不足、部下がこなせない業務の肩代わりを挙げている(JILPT 2022b)。 英国でも、管理職、経営者、上級職員の 31% が無給の残業を報告している(ONS 2022)。

二つめは、役割の過負荷と葛藤である。 Hutchinson と Purcell(2010、要旨)は NHS の 7 トラストの事例で、病棟管理者の役割が人事の業務へ広がり、求められる役割の多さが役割の葛藤と曖昧さ、重い業務量、ストレスを強めたと報告した。 岩田(2015)は日本の正社員 1,581 人(うち管理職 832 人)の調査で、役割の曖昧さと葛藤がほとんどの職位でうつ反応を説明したと報告している。

三つめは、自分の数字に引き戻され、技能も保ちにくいことである。 先の課長は自分のノルマを優先してしまうと述べ(池添ほか 2022)、Larson(2020)は、技術と管理の両方を担おうとする人は慣れた仕事へ退きがちで、管理の部分を忘れた tech lead manager になりやすいと書く。 Larson は、初めての管理職の役割を tech lead manager から始めることに一貫して反対している。 エンジニアから管理職に移った Majors(2017)は、技術と管理を兼ねる形は、技術の技能と現場の勘がその期間が長いほど衰えるので不安定で、どちらか一方しか一度には伸ばせないと書く。 Majors は、最良の現場の管理職は、実務に専念する仕事から 2〜3 年を超えて離れたことのない人だと書き、Sarah Mei の「両方をうまくやる人は多いが、順番にであって、同時にではない」という言葉を引く。 兼務は、実務への関わりを残すが、技能を保つ手段になるとは限らない。

四つめは、学ぶ時間と、その先の意欲である。 パーソル総合研究所(2019)では、負担の高い管理職の 63.0% が学びの時間を確保できず(負担の低い管理職では 41.1%)、27.0% が転職したいと答えた(同 20.0%)。

五つめは、昇進の得が負担に見合わないことである。 管理職になることの得は、日本のパネルデータでは見えにくい。 Sato(2022、ワーキングペーパー)は、管理職に就いても男女とも健康と幸福感は上がらず、収入は増えても世帯の所得の満足度は変わらず、昇進の 1〜2 年後に主観的な健康が悪化すると報告し、管理職の金銭的な報酬は仕事の負担を相殺するのに足りないと解釈している。 この結果はプレイングマネージャーに限った分析ではない。

任命される前の人も、この損を見ている。 厚生労働省(2018)の集計では、役職のない正社員と係長、主任のうち、管理職に昇進したいとは思わない人が 61.1% で、理由の最多は「責任が重くなる」の 71.3%、次いで「やるべき仕事が増え、長時間労働になる」であった。 昇進したい人の理由の最多は「賃金が上がる」の 87.2% である。 課長自身も、最終的になりたい立場として「現在のポジション(課長)を維持する」を 1 位に挙げ、その割合は過去最高であった(産業能率大学総合研究所 2021)。 管理職への昇進を自分で希望した人は 21.0% で、47.1% は「流れの中でなった」と答えている(日本経営協会 2026)。 英国の医療で管理職を兼ねる医師と看護師のキャリアの語りにも、志向的(aspirational)、両義的(ambivalent)、無関心(agnostic)の三つの型があった(Bresnen ら 2019)。

任命する側には何が得で何が損か

任命する側(経営、上司、人事)の得の一つめは、一人で二つの能力を得ることである。 元開発管理職の Grey(2026)は、コードを書く EM が魅力的に見える理由を、一人の採用で管理の能力と開発の能力の両方が手に入ることだと書き、ごく小さな組織では現実的な妥協だと認める。 EM の一人は、組織はマネジメントの能力を求めながら現場のリソースも求め、人員を確保するまでの穴埋めとして管理職が実務に携わることが多いと書く(kenichit 2023)。 カミナシの鈴木(2025)は、プレイングマネージャーを、意志を持って選択的に実践する EM の型として位置づけ、責務に対するオーナーシップを体現する形だと述べている。

二つめは、層の削減である。 米国の経営者の書簡は、層を減らすことで意思決定と情報の流れが速くなり(Zuckerberg 2023、Armstrong 2026)、余分な手間と官僚制が減り(Jassy 2024、Tan 2025)、コストが下がる(Armstrong 2026)と書く。 これらは経営者の意図の表明であり、効果を測った結果ではない。

三つめは、専門性の高い上司が部下にもたらす効果である。 Artz ら(2017)は米国と英国の労働者のデータで、上司の技術的な能力(社内で下から上がってきたか、部下の仕事を代われるか、能力の評価)が、部下の職務満足の最も強い予測因子であることを示した。 同じ職場と職務にとどまった労働者でも、上司の能力が上がると、本人のウェルビーイングが改善していた(固定効果の縦断データ)。 Google の Project Oxygen は、良い管理職の 10 の行動の一つに「key technical skills を持つ」を挙げている(Google re:Work n.d.)。 Gittell(2001、要旨)は航空会社の発着業務で、監督範囲の小さい監督者ほど部下のあいだの関係的な協調を高め、成績を上げることを示し、質的データからその監督者たちが部下と共に働き、集中的にコーチングとフィードバックを与えていたと報告した。

四つめは、チームの成果である。 リクルートワークス研究所(2020)は、管理職本人が答えたチームの成果の指標(業績、生産性、部下の成長などを尋ねた 15 問の平均、1〜5)を、プレイング業務の比率ごとに比べた。 比率 20〜30% の課長の 3.27 が最も高く、プレイング業務を全く行わない課長の 3.08 を上回った。 この報告書は「プレイングマネジャーはチーム成果を高められないと一括りにして語ることはできない」と書いている。

損の一つめは、部下が育たないことである。 課長の悩みの 1 位は、2012 年から 2019 年の 4 回の調査で一貫して「部下がなかなか育たない」で(2019 年は 37.4%、産業能率大学総合研究所 2018、2019)、部長の悩みの 1 位も同じであった(2021 年に 39.5%、産業能率大学総合研究所 2022)。 人事担当者への調査では、管理職の負担の増大が問題になっていると答えた企業の 71% が、管理職が部下の育成と動機づけに時間を割けなくなっていると答えた(HR総研 2026)。 データサイエンティストから管理職になった武田(2023)は、プレイングの弊害の行き着く先を、チームの成果が管理職個人の能力に閉じ込められることだと書く。

二つめは、比率が高いと成果が下がることである。 同じリクルートワークス研究所(2020)の図で、成果の指標は比率が上がるほどほぼ右肩下がりになり、80% 以上の課長で 2.86 と最も低い。 マネジメント業務の実施の度合いは、比率 30% 以上で急に下がり、30% 未満と 30% 以上の差は統計的に有意であった。 Gallup(2026a)では、個人の実務が時間の 40% 未満の管理職は、チームの大きさにかかわらず平均(37%)より高いエンゲージメントを保つ傾向があり、40% を超えるとエンゲージメントが低く、部下が多いほど差が広がった(年齢、性別、在職年数、業種を統制した回帰)。 二つの調査は、測った対象が違う(前者はチームの成果の自己評価、後者は管理職自身のエンゲージメント)。 どちらも横断の関連であり、比率を変えたときの効果を示したものではない。

三つめは、優秀なプレイヤーを管理職にすることの費用である。 Benson ら(2019、要旨)は 131 社の営業職のデータで、企業は昇進で現在の職務の成績を重く見るが、管理職としての成果は別の特性のほうがよく予測するという、ピーターの法則と整合する結果を示した。 著者らは、管理職の潜在力の低い人を昇進させる費用は大きいと推定し、それでも続くのは、昇進が成績への誘因として働く利点がその費用を上回るためかもしれないと述べる。 Lazear(2004、要旨)は、昇進の後に能力が下がって見えるのは平均への回帰による統計上の帰結だと論じた。 ソフトウェアの開発組織では、技術の技能は優れた管理職の印ではないと、開発者と管理職の双方が答えていた(Kalliamvakou ら 2019、要旨)。 Artz らの上司の技術的な能力と並べると、専門性は部下の満足の根拠になるが、専門性で選べば良い管理職が得られるわけではない。

四つめは、人を管理する技能が測られず、育てられないことである。 Hoffman と Tadelis(2021)は、大きなハイテク企業の人事データで、調査で測った人を管理する技能の高い管理職ほど部下の離職が少なく、その管理職自身も高い評価、昇進、昇給を得ていることを示した。 英国の CMI(2023)の調査では、管理職になる人の 82% が正式な研修を受けておらず、上司を効果的でないと答えた人の 50% が 12 か月以内に辞めるつもりだと答えた(効果的と答えた人では 21%)。 企業の側も、管理職候補者の能力と資質にムラがあることを登用と育成の課題の 1 位に挙げている(49.1%、厚生労働省 2018)。

五つめは、管理の仕事が空白になることである。 Kippist と Fitzgerald(2009)は、オーストラリアの病院の臨床医の管理職 14 人の面接と観察から、彼らが二つの役割の間で絶えず折り合いをつけていると述べ、管理より臨床の役割を選ぶと管理の機能が空白になり、組織内の対立が生じると論じた。 Grey(2026)も、管理と開発のどちらの仕事も十分な注意を得られず、その代償をチームが払うと書く。 鈴木(2025)は、プレイングマネージャーがワーカホリックになる危険と、単一障害点になる危険を挙げている。

六つめは、次の管理職がいなくなることである。 厚生労働省(2018)は、管理職の業務負担の増加と、管理職に就くことを希望しない若年者の増加を、企業に共通の課題と整理し、前者が後者につながると考えられると書いた。 これは白書の見解であり、因果を検証したものではない。

学術と産業はどこで一致し、どこで分かれるか

論点共通する部分学術界の重心産業界の重心
何と呼び、どう測るか部下を持つ人が部下と同じ種類の実務も担う形を扱う第一線の管理職、hybrid、専門性の高い上司、役割の過負荷に分かれ、単一の概念がない「プレイングマネジャー」「player-coach」と名づけ、実務の時間の比率で測る
広がりの理由業務量、人手、層の削減が背景にある組織の再編と労働の強化として説明する(McCann ら、Littler ら、Rajan と Wulf)日本は不足(業務量、部下の力量、目標)、米国の経営者は速さ、官僚制、コスト
本人の損時間と注意の取り合い。管理の仕事が先に削られる役割の葛藤と過負荷、ストレス、健康への効果(Hutchinson と Purcell、岩田、Sato)支障 59%、時間不足、学ぶ時間がない、自分の数字を優先する、兼務でも技能は衰える
本人の得実務への関わりを続けられる役割の積み増しが成績や自尊感情を損なわない例(Day ら、Fletcher と French)実務への情熱、尊敬の根拠、充実感
組織の得専門性は部下の尊敬と満足の根拠になる上司の技術的な能力と部下の満足(Artz ら)、小さな監督範囲の監督者(Gittell)一人で二つの能力、層の削減、20〜30% で成果が最も高い(自己評価)
組織の損部下の育成と管理の機能が手薄になるピーターの法則(Benson ら)、人を管理する技能と離職(Hoffman と Tadelis)、技術の技能は良い管理職の印でない(Kalliamvakou ら)部下が育たない、比率が高いと成果とエンゲージメントが下がる、単一障害点
両立の形同時に両方を伸ばすのは難しい構造の代替(技術職の昇進の梯子、Allen と Katz)、役割の分割(白石)実務家は順番に(振り子、時限的)、経営の方針は同時に(No pure managers)

一致するのは、兼務が時間と注意を取り合い、取り合いでは管理の仕事が先に削られることである。 学術では、臨床医の管理職が臨床を選ぶと管理の機能が空白になり(Kippist と Fitzgerald 2009)、産業では、課長の 6 割がマネジメントに支障があると答え(産業能率大学総合研究所 2019)、実務家は管理の部分を忘れた tech lead manager を描く(Larson 2020)。 実務の比率に上限があるらしいことでも、両者は同じ方向を指す。 産業の調査では、比率 30% 前後(リクルートワークス研究所 2020)や 40%(Gallup 2026a)を境に成果やエンゲージメントが下がり、学術では、部下と共に働く監督者の効果は監督範囲の小さいときに現れた(Gittell 2001)。

分かれるのは、何を単位に測るかである。 産業は時間の比率と本人の負担感を測り、学術は役割の構造(監督の中核と追加の責任、専門職と管理の混成)と、部下や組織への帰結(満足、離職、部下の成績)を測る。 その結果、プレイング業務の比率とチームの成果の関係は産業の横断調査にしかなく、査読研究では見つからなかった。 逆に、昇進の選び方の費用(Benson ら 2019)や上司の能力の効果(Artz ら 2017)は、学術が企業の記録や縦断データで測ったもので、産業の調査には対応する数字がない。

もう一つ分かれるのは、誰の損得を語るかである。 経営者の書簡は任命する側の得(速さ、コスト、官僚制の削減)を語り、実務家のブログや登壇は任命される側の損(技能の衰え、慣れた仕事への退却、ワーカホリック)を語る。 学術は、そのどちらとも違い、部下と組織への帰結と本人の健康を第三者として測る。 両立の形でも、実務家は Majors のように技術と管理を順番に行き来することや、鈴木のように時限的に選ぶことを勧め、経営の方針は Coinbase のように同時に両方を求める。

違いはどこから来るか

違いは、それぞれの資料が誰に何を説明しなければならないかから来ている。 これはこのノートの解釈である。 日本の調査会社、研究所、業界団体の調査の多くは、研修や人事の事業の相手である企業の人事に、課長の現状と打ち手を示す必要がある。 だから課長本人に時間の配分と悩みを尋ね、比率の目安を示す。 米国の経営者の書簡は、社員と株主に、組織を変える理由を示す必要がある。 だから速さとコストの言葉で語る。 学術は、その場にいない読み手に、因果の主張を確かめてもらう必要がある。 だから企業の記録や縦断データで、昇進、上司の能力、部下の結果を測り、「プレイングマネージャー」という職場の言葉を使わずに、監督、役割、専門性の概念へ分解する。

分解の仕方は、日本と英米の管理職の違いとも重なる。 日本の管理職は自分を従業員の一人と見る人が多く、部下と相似形に働く(久米と中村 2020)。 英語圏の学術が、第一線の監督者と管理者を分け、管理者の中に専門職を兼ねる hybrid を見るのに対し、日本の課長は職業分類の上では管理的職業でありながら、ILO の言う監督者の働き方をしていることが多い3。 日本で「プレイングマネージャー」という一つの言葉が要るのは、管理職という地位と、監督者の仕事の中身がずれているからだと読める。

この調べで言えること、言えないこと

言えるのは次のことである。 日本の課長のほぼ全員が実務を兼ね、その比率は少なくとも 2010 年から 2021 年の調査で大きく変わっていない。 近年の「流行」は、日本では長く続く状態の名前の流行であり、米国のテック企業では管理職の層を減らす方針の流行である。 任命される側は実務への関わりと賃金を得て、時間と学ぶ余裕を失い、技能も保ちにくい。 任命する側は一人で二つの能力と層の削減を得て、部下の育成と次の管理職を失う危険を負う。 学術と産業は、兼務が時間と注意を取り合い、管理の仕事が先に削られることで一致する。

言えないことも多い。 実務の比率とチームの成果やエンゲージメントの関係は、産業の横断調査の関連で、比率を変えたときの効果ではない。 リクルートワークス研究所(2020)の成果は管理職本人の回答で、部下や記録による成果ではない。 Day ら(2004)はスポーツ、Gittell(2001)は航空の発着業務、Hutchinson と Purcell(2010)と Kippist と Fitzgerald(2009)は医療の事例で、一般の企業の課長にそのまま当てはまるとは限らない。 Sato(2022)と Fletcher と French(2021)は管理職への昇進一般の分析で、プレイングマネージャーに限らない。 プレイングマネージャーのストレスを題名で扱う日本の研究(福澤と岩田 2015、西村 2014)は、本文を取得できず、内容を確かめられなかった。 米国の経営者の書簡は意図の表明であり、層の削減が速さやコストにどう効いたかの検証は、このノートの収集では見つからなかった。 管理職の層の削減が中間管理職のレイオフや求人の減少として表れているという報道の数値(Live Data Technologies、Revelio Labs)は、一次の分析に届かず、このノートでは使っていない。

関連ノート

未検証事項

主要主張に未検証の記述は残していない。 次の論文は本文を取れず(出版社と機関リポジトリの多くが機械の取得を断った)、要旨の範囲で書いた。 Allen と Katz(1986)、Benson ら(2019、査読版。ワーキングペーパー版の本文は取得したが、数値は版で違うため査読版の要旨の範囲で書いた)、Day ら(2004)、Fletcher と French(2021)、Gittell(2001)、Hales(2005)、Hutchinson と Purcell(2010)、Kalliamvakou ら(2019)、Lazear(2004、ワーキングペーパー版の本文あり)、Littler ら(2003)、McCann ら(2008)、McGivern ら(2015)、Noordegraaf(2007)、Rajan と Wulf(2006、ワーキングペーパー版の本文あり)。 福澤と岩田(2015)と西村(2014)は、所蔵リポジトリが保守中か本文の所在がなく、書誌だけを確かめた。 Sato(2022)と Hoffmann ら(2024)はワーキングペーパー、Xu ら(2025)はプレプリントで、査読版は確認できなかった。 Coinbase の書簡(Armstrong 2026)は X の原投稿を取得できず、複製の頁で確かめた。

参照文献

アクセスはすべて 2026-11-01。台帳と検証の記録は source/review/playing-manager/ の papers.md と industry.md。

学術

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  • 福澤菜恵, 岩田一哲. 2015. 「プレイング・マネジャーのストレスに関する実証調査:ミドル・マネジャーを中心に」『人文社会論叢 社会科学篇』33: 145–166(弘前大学人文学部。本文未確認). https://cir.nii.ac.jp/crid/1050001202538594176
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公的機関と国際標準

調査会社、シンクタンク、人材会社の研究所

経営者と実務家の一次の発言、報道

Footnotes

  1. 米国の職業分類は、第一線の監督者からチームリーダーや作業リーダー(team or work leaders)を外している(BLS 2018)。日本の「管理職」も資料ごとに指すものが違う。日本標準職業分類の管理的職業従事者は課(課相当)以上の組織の経営と管理に従事する者で、係長や主任を含まない(総務省 2009)。JILPT(2021)の管理職調査は、割増賃金の対象とされていない管理職に限っている。 ↩

  2. 兼務の割合は、産業能率大学の調査が「プレイヤーとしての役割が 0% でない」課長、リクルートワークス研究所(2020)が「部下が担う業務と同様の業務」を行う課長相当、日本経営協会(2026)が課長から部長のライン管理職(定義はリリースに記載なし)、リクルートマネジメントソリューションズ(2014)が従業員 1,000 人以上の企業の課長相当で、並べて増減を読むことはできない。人事担当者に尋ねた調査では、プレイヤーとマネジャーの役割が分離されマネジメントに注力できていると答えた企業は 2.1% であった(産業能率大学総合研究所と HR総研 2023)。 ↩

  3. 労働力調査の管理的職業従事者は 2025 年平均で 125 万人、就業者の 1.8% で(JILPT 2026)、部長級と課長級の人数とは一致しない。日本の課長の多くが ILO の言う監督者に近いという読みは、このノートの解釈であり、ILO の記述ではない。 ↩


書いた人:小川 修一郎(デザイン研究者/デザインコンサルタント) 経歴を見る →