ノート · updated 2026-10-07
データビジュアライゼーションは産業でどんな価値を持つのか:市場の値付け、価値が生まれる場所、生成 AI 以後(産業界の資料から)
データビジュアライゼーション(ダッシュボード、BI、報道の図、公的統計の可視化)の産業とビジネスでの価値を、産業界の資料(上場企業の法定開示と決算説明、英国の統計規制機関と保健当局、デジタル庁と内閣府、IDC Japan と BARC の調査、米国労働統計局と Indeed、可視化の道具と報道の図の作り手の発言)から整理した。学術研究は集めていない。
目次(8)
高い値付けと、使われない画面
このノートは産業界の話である。 使ったのは、上場企業の法定開示と決算説明、統計の規制機関と保健当局の記録、調査会社の調査、可視化の道具と報道の図の作り手の発言で、学術研究は集めていない1。 データビジュアライゼーションとデータアートの定義の違いは データビジュアライゼーションとデータアートは何が同じで、何が違うのか で、教育での扱いは データビジュアライゼーションとデータアートは創造性教育でどう扱われてきたか で扱った。
市場は可視化に高い値を付けている。 Salesforce は 2019 年 8 月、Tableau の株式 1 株に Salesforce の株式 1.103 株を交換する形で買収を完了した(Salesforce 2019)。 Alphabet は同じ年の 12 月、BI とデータアプリケーションと組み込み分析の統合基盤である Looker を 24 億ドルで買収するのに必要な規制の承認をすべて得て、Google Cloud に加えるとした(Alphabet 2020)。 Microsoft は 2025 年 1 月、Power BI の月間アクティブ利用者が 3,000 万人を超え、前年から 40% 増えたと述べた(Microsoft 2025)。
ところが、組織の中で BI のツールを実際に使う従業員の割合は、平均で 25% だった(BARC 2022)。 調査した BARC は、この割合が測り始めてから 7 年ほとんど増えていないと書いている。 可視化に払われる額と、実際に使う人の広がりは、同じ向きに動いていない。 その価値はどこで生まれ、どこで生まれていないのか。
市場は、データの基盤と一緒に値を付けている
大型の買収はどれも、可視化をデータの基盤や業務アプリケーションと束ねる形で行われた。 Looker は Google Cloud に入り(Alphabet 2020)、Power BI は Microsoft のデータ分析基盤 Fabric と深く統合されている(Microsoft 2025)。 Microsoft は 2025 年 10 月の決算説明で、Fabric の売上が 60% 伸び、有料の顧客が 2 万 8,000 社になったと述べた(Microsoft 2025b)。 Salesforce は 2026 年の年次報告書で、Tableau を自社の AI エージェントの基盤に載せ、顧客がデータを可視化し、分析し、行動に移し、傾向を示し、結果を予測し、提案を届けるものと書いている(Salesforce 2026)。 日本でも、IDC Japan の集計で 2024 年のアナリティクスと BI のソフトウェア市場は前年比 15.3% 伸びた(IDC Japan 2025)。
単独の BI ベンダーの数字は、これと違う。 Domo の売上は 2023 年 1 月期の 3 億 860 万ドルから 2024 年 1 月期に 3 億 1,900 万ドル、2025 年 1 月期に 3 億 1,700 万ドルと横ばいで、既存顧客からの年間売上の維持率は 106%、96%、89% と下がった(Domo 2025)。 Domo は、維持率の低下の一因に、景気と、COVID-19 の用途で使っていた顧客の更新の難しさを挙げている。 データの準備と分析の Alteryx は、2023 年 12 月に投資会社による非公開化の合併契約を結んだ(Alteryx 2024)。 可視化の値段は、データの基盤や業務の流れに組み込まれたところで付いていて、可視化だけを売る会社は伸び悩んでいる。 ただし専業ベンダーの例は 2 社で、業界全体の傾向とは言えない。
価値が大きく生まれたのは、公共に一つのメッセージを伝える場面だった
数字で価値が見えた場面は、公共に向けた図に集まっている。 英国の COVID-19 ダッシュボードは、2021 年 3 月の時点で週に約 1,900 万ページビューを集め、第 3 次ロックダウンの山場には 24 時間で 7,650 万ヒットを記録した(UK Health Security Agency 2021)。 運営チームは、首相官邸が見るのと同じ時点で最新のデータを市民に公開していると書いた。 利用者の調査では、データを信頼すると答えた割合が 2020 年 11 月の 73.4% から 2021 年 3 月の 90.3% に上がっていて、2020 年の夏には信頼すると答えたのは半数に満たなかった。 英国の統計規制機関は、ダッシュボードはパンデミックの間、統計を市民に伝える方法として非常に人気だったと総括し、スコットランドの保健当局のダッシュボードが山場で 1 日 12 万回超見られたことも記録している(Office for Statistics Regulation 2022)。
報道と研究の側でも同じことが起きた。 Financial Times の John Burn-Murdoch は、1 日だけのつもりで出した COVID-19 の図に、読者が毎晩の更新を求めるようになり、「意図せず製品を作ってしまった」と語った(Gibson 2020)。 指標と方法の違いを見せることで、読者が聞いた話を信じるか、自分で解釈するかを、情報を持って選べるようにしたとも述べている。 Our World in Data の Max Roser は、月間の利用者が COVID-19 の前の 200 万人から 1,000 万人になり、世界銀行の世界開発報告の年間ダウンロード(40 万回)の 25 倍に達したと語った(Wiblin 2021)。
作り手たちは、こうした図の価値を、作者が要点を言えることに置いている。 D3 の作者 Mike Bostock は、作者が図から興味深い要点を何も言えないなら、その図はおそらく出すべきではないと述べた(Schwabish 2020)。 New York Times のグラフィックス編集者だった Amanda Cox は、図は本文を読まなくても基本の要点が分かるべきで、図の中の言葉は「ここにデータがある」と言うのではなく、関係する傾向か専門家の解釈を示すべきだと語った(Simply Statistics 2012)。 英国政府の分析職のガイダンスも、図が伝えるメッセージを数文で書けないなら図の選び方を考え直すよう求めている(Government Analysis Function n.d.)。
組織の中の意思決定についても、公的部門は同じ目標を掲げている。 デジタル庁は、データを見やすくすることで多くの関係者が正しい共通理解を持ち、意思決定の質を上げてより良い行動につなげることを、ダッシュボードの手引きの狙いに挙げた(デジタル庁 2026a)。 デジタル庁は政策と効果をデータとエビデンスで見える化する役割を担うとして、政策のダッシュボードを一覧で公開している(デジタル庁 2026b)。 内閣府とデジタル庁は 2025 年 7 月、経済と財政の指標の見える化のサイトを Japan Dashboard に改め、都道府県と市区町村の財政担当者 884 人へのアンケートで出た、経年で比べたい、複数の指標を選びたいといった要望に応えたと書いている(内閣府とデジタル庁 2025)。 ただしこれらは目標と改修の記録で、意思決定の質がどれだけ上がったかを測った数字ではない。
価値が生まれにくいのは、使われない画面と文脈のない数字である
組織の中のダッシュボードについては、作り手の側から使われ方の問題が語られている。 分析ノートブックの Hex の CEO Barry McCardel は、これまでの職場ではどこでも、時間の 80〜90% がダッシュボードの保守に消え、本当の分析はダッシュボードの外で行われていたと語った(Berezovsky 2025)。 Flourish の共同創業者 Duncan Clark は、ダッシュボードは視覚的な分析の一つの形だが、いつもそのように使われるわけではないと述べた(Schwabish 2025)。 BARC の調査では、データと分析の責任者の 50% が BI の利用は「大きく増えた」と答えた一方で、利用する従業員の割合は 25% にとどまっていた(BARC 2022)。 使う人は使い込んでいるが、使う人の範囲は広がっていない。
文脈のない数字は、誤った結論も生む。 Max Roser は、データは間違っていなくても、文脈がなければ誤った結論を引き出すと語った(Wiblin 2021)。 英国の統計規制機関は、保健当局がワクチン接種の状況別に公開した感染率の統計が、反ワクチンの誤情報に使われた例を挙げている(Office for Statistics Regulation 2022)。 同じ機関は 2025 年のガイダンスで、ダッシュボードは役に立つ伝達の道具になりうるとしつつ、報告書なしにダッシュボードだけで公式統計を出すのは例外的な場合に限り、慎重に考えるよう求めた(Office for Statistics Regulation 2025)。 Domo が挙げた COVID-19 の用途の顧客の更新の難しさも、ある出来事のために作られたダッシュボードは、出来事が過ぎると価値を失いやすいことを示している(Domo 2025)。
可視化の価値は、その下のデータに支えられている。 BARC の 2025 年の調査(データの専門職 1,795 人)では、重要な論点の 1 位はデータのセキュリティとプライバシー、2 位はデータ品質の管理で、AI と機械学習は注目を集めつつも上位ではなかった(BARC 2024a)。 意思決定の質や投資の回収を、利害のない第三者が方法論つきで測った資料は見つからなかった。
働き手の側では、可視化は分析の職の仕事の一部として値付けされている。 米国労働統計局によると、データサイエンティストは 2025 年に 27 万 5,600 人、賃金の中央値は 12 万 230 ドルで、2035 年までに 35% 増える見通しで、仕事の一つに可視化のソフトウェアで結果を示すことが挙がっている(U.S. Bureau of Labor Statistics 2026a)。 可視化の技能だけに賃金がどれだけ上乗せされるかを方法論つきで示す資料は取れなかった。
生成 AI 以後に変わりつつあるもの
道具の側では、自然言語での問い合わせと通知が加わった。 Copilot in Power BI では、ビジネスの利用者がデータと対話して、その場で分析できるようになったが、使うには有料の Fabric 容量(F2 以上)か Power BI Premium(P1 以上)が要る(Microsoft 2026)。 Microsoft は、AI に向けてデータを準備しないと、Copilot はデータを誤って解釈し、一般的な答えや不正確な答えを返しうると書いている。 Tableau Pulse は、仕事の流れの中でデータを見守るものとされ、指標の要約と通知を Microsoft Teams などに送る(Tableau 2026)。
作り手の見方は慎重である。 Mode の共同創業者 Benn Stancil は 2024 年、言語モデルを包んだだけの分析ツールは、実際の業務の文脈ではまったく機能しないと述べた(DataCamp 2024)。 分析者の仕事は、AI が出す説得力のある主張の中からより良いものを選び、議論を仲裁することへ移るとも語っている。 Rill の CEO は、AI エージェントにはダッシュボードが見えないが、その裏にある指標などの基本要素には触れる必要があると述べた(Rill 2026)。 Flourish は 2025 年 12 月の時点で、AI の機能を、AI のためだけに出すことはしないとして、まだ出していなかった(Schwabish 2025)。
調査と公的機関の動きも、期待の段階にある。 BARC の 2024 年の調査(データの責任者と実務者 238 人)では、3 分の 1 超が、今後 12〜18 か月で生成 AI により BI と分析の能力が中程度に改善すると見込んだ(BARC 2024b)。 英国の統計規制機関は 2024 年 3 月の時点で、公式統計の成果物の作成に AI を使った例を把握していないと書いた(Office for Statistics Regulation 2024)。 Reuters Institute の 2025 年の調査では、AI のチャットボットを週にニュースに使う人は全体の 7% だった(Newman et al. 2025)。 労働市場では、Indeed の求人の中でデータと分析の職の約 45% が AI に関する語を含むようになった(Indeed Hiring Lab 2026)。 米国労働統計局は、グラフィックデザイナーについて、AI などの自動化された道具が生産性を上げ、必要な人数を減らすと見込んでいる(U.S. Bureau of Labor Statistics 2026b)。
価値はどこへ移るのか
ここまでの資料から、三つの仮説を立てられる。 どれも直接に測った資料はなく、複数の資料が同じ向きを指している段階である。
一つめに、図を作る費用が下がるほど、価値は図の上流と下流へ移る。 上流は、データと指標の整備である。 Copilot はデータの準備がないと誤った答えを返すことがあり(Microsoft 2026)、エージェントが必要とするのは画面の裏の指標である(Rill 2026)。 実務家の優先順位も、データの品質とガバナンスにある(BARC 2024a)。 下流は、メッセージと文脈の編集である。 作者が要点を言えない図は出すべきではないという Bostock の基準(Schwabish 2020)と、文脈がなければ誤った結論を生むという Roser の指摘(Wiblin 2021)は、図を作る手間が減っても残る仕事を指している。 この仮説が誤りなのは、AI が作った図が、データの整備や編集なしに組織の判断を変え続ける場合である。
二つめに、ダッシュボードは開いて見る画面から、届く答えと通知へ形を変える。 BI を使う従業員が 25% から広がらない(BARC 2022)のに対し、道具の側は、質問すれば答えが返り、変化があれば通知が届く形を加えた(Microsoft 2026; Tableau 2026)。 画面を開かせることで越えられなかった壁を、画面を開かせずに越えようとしていると読める。 この仮説が誤りなのは、自然言語の問い合わせが広がったあとも、データを使う従業員の割合が上がらない場合である。
三つめに、公共に向けた図では、出所と方法を示すことの価値が残る。 COVID-19 ダッシュボードの信頼は数か月で半数未満から 90% 超に上がり(UK Health Security Agency 2021)、Burn-Murdoch は指標と方法の違いを見せることで読者が自分で判断できるようにしたと語った(Gibson 2020)。 統計の規制機関は公式統計への AI の利用に慎重で(Office for Statistics Regulation 2024)、ダッシュボードだけでの公表にも慎重である(Office for Statistics Regulation 2025)。 図を AI で作れるようになるほど、誰がどのデータからどう作ったかを示せることが、公共に向けた図の価値として残ると考えられる。
この整理が当てはまらないところ
意思決定の質や投資の回収を、利害のない第三者が方法論つきで測った資料は見つからなかった。 価値の数字が大きく出たのは COVID-19 という例外的な出来事のときで、平時の可視化に同じ規模の価値があるとは言えない。 BI の利用者の割合は、ベンダーが協賛した 2021 年末の調査(責任者 214 人)の値で(BARC n.d.)、「利用者」の定義は調査ごとに違う。 Microsoft の利用者数は定義が開示されていない。 単独の BI ベンダーの不振は Domo と Alteryx の 2 社の例で、業界全体の傾向とは言えない。
日本については、ダッシュボードの目的と改修の記録はあるが、利用の規模や効果を示す数字は取れなかった。 可視化の技能だけの賃金の上乗せと、2024 年以降の BI 職の求人の動きも、方法論つきの資料に届かなかった。
関連ノート
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未検証事項
主要主張に未検証の記述は残していない。 到達できなかった資料(Gartner の分析基盤の市場規模と ABI の利用率の原典、Dresner の調査の方法論、Forrester の Tableau の投資回収の研究、Harvard Business Review Analytic Services の調査、可視化の技能の求人比率と賃金の上乗せ、日本のダッシュボードの利用実績)は、台帳に試行した経路とともに記録した。
参照文献
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Footnotes
-
出典の層は、公的機関と上場企業の法定開示(T1)、調査会社の調査の事実部分(T2)、道具と報道の図の作り手の発言(T3、developer-voice)の三つに分けた。BARC の BI 利用の調査は Tableau などのベンダーが協賛している。Microsoft の利用者数は経営陣の発言で、定義は開示されていない。作り手の発言は、自社の製品を勧める立場のものは事実の部分と本人の見解に分けて使った。台帳は
source/review/dataviz-business-value/industry.mdにある。 ↩
書いた人:小川 修一郎(Design Researcher / Consultant) 経歴を見る →