Shuichiro Ogawa
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ノート · 更新 2026-08-31 · Markdown 版

『デザイン学研究』投稿計画:デザイン学の妥当性をめぐる並行する診断

日本デザイン学会の論文集『デザイン学研究』への投稿を前提に、投稿要件、論文構想、理論枠組み、先行研究の空白、方法の実行可能性を整理した準備ノート。当初の構想(デザイン学の不在という問いが引き継がれない機構を問う)は、調査の結果その前提が崩れた。

目次(9)
  1. 投稿要件(一次資料で確認)
  2. 構想はどう変わったか
  3. 立て直した構想
  4. 理論枠組み
  5. 方法論的先例
  6. 先行研究の空白
  7. 方法の実行可能性
  8. 新規性の見立て
  9. 次にやること

日本デザイン学会の論文集『デザイン学研究』への投稿を前提とした準備ノート。 本文の読解は 「デザイン学の不在」は三度言われたのか:1978年・2008年・2023年の指摘を原典で読み直す、制度の系譜は 日本のデザイン研究の系譜:三つの源流と、会長職を回してきた大学 にある。 出典追跡つきの内部台帳は source/review/design-discipline-absence/papers.md。

投稿要件(一次資料で確認)

日本デザイン学会の投稿規定と執筆要領、投稿手順の PDF を取得して確認した。

  • 投稿資格:本学会正会員、学生会員、名誉会員。共著の場合、筆頭者以外はこの規定に拘束されない。筆頭で出すには会員である必要がある
  • 区分:「論文(Original Articles)」「報告(Research Report)」「論説(Review Articles)」の3種
    • 論文:デザインに関する課題が理論的または実証的に論述され、独創性があり、目的・方法・手段・結論等が明記され、学術的に価値ある知見あるいは結論を含むもの
    • 報告:史料、調査、実測、統計、実験などの研究報告や実践報告
    • 論説:特定の歴史的、文化的、技術的等の主題に関する独創的、総合的な解析ならびに論考で、著者自身の研究に関する視座、理念、方法を反映するもの
  • 分量:刷り上がりを偶数頁とし、上限10頁
  • 書式:日本語による完全版下(camera ready)原稿。二段組み、一段 28字×44行(1232字詰め)で1頁あたり 2464字詰め。1枚目は右段16行目から本文。製版後の校正は原則不可
  • 審査:論文審査委員会が選定した2名以上の査読者による審査
  • 投稿系:Editorial Manager(http://www.editorialmanager.com/jssdj/)
  • 掲載料:掲載基本料と論文掲載料の合計を著者が納入する

本構想は「論説」が最も近い。歴史的主題の総合的な解析にあたり、実証データを主たる根拠にしないためである。ただし引用の計量分析を主方法に据えるなら「論文」になる。

構想はどう変わったか

当初の案は「『デザイン学の不在』という問いが日本語圏で引き継がれないのはなぜか」だった。 調査の結果、この前提は成り立たないことが分かった。崩した事実は三つある。

第一に、引き継がれていた。 八重樫文と三好春陽が 2025年に「デザイン研究におけるオートエスノグラフィの可能性の検討」を発表し、2023年の論文を明示的に引用している。 結論でオートエスノグラフィを「実践と理論,主観と客観,経験と意味を架橋するための重要な方法論的媒介となりうる」と述べており、書誌上の参照ではなく問いの継承にあたる。 共著者が重なる自己引用ではあるが、継承がないという前提は使えない。

第二に、学会をまたぐ統合は制度として既に実現していた。 『デザイン科学事典』が 2019年に丸善出版から刊行されている。 編集委員会に6学会から31名、執筆者103名、後援に16学協会が名を連ね、そこには芸術工学会、意匠学会、基礎デザイン学会、道具学会、日本感性工学会が含まれる。 掲げられた目的は「デザイン行為に関する知の統合を図ることで、その法則性の解明およびデザイン行為に用いられる知識の体系化を目指す」ことである。 さらに 2016年度以降、日本デザイン学会、意匠学会、芸術工学会、基礎デザイン学会、道具学会の5学会が合同シンポジウムを毎年開催している。

第三に、同じ問いが別の場所で独立に問われていた。 松井実が 2024年に芸術工学会誌で「ブッククラブ『批判的デザイン学研究会』への招待」を発表している。 冒頭はこうである。

デザイン論には疑似科学的アプローチが多く見受けられる。たとえば進化理論を我流で応用した『進化思考』は科学的に妥当とはいえず、我々による批判をうけ改訂された。現状、デザイン学がなにかの役に立つとすれば、このような粗悪なデザイン論を批判的観点から吟味し、誤りを避けられる点にある。

2023年度の芸術工学会特設委員会として企画・採択されている。 八重樫らへの引用は無い。

立て直した構想

三つの事実を並べると、当初とは別の構造が見える。

年主体診断場所
20196学会31名+後援16学協会知の統合と体系化を目指す(事典刊行)丸善出版
2016–5学会合同シンポジウムを毎年開催学会横断
2023八重樫らデザイン独自の知は科学化の不可能性にある。独自の存在論・認識論・方法論が要る立命館・紀要
2024松井疑似科学的アプローチが多い。科学的に妥当なデザイン学を促進すべきである芸術工学会
2025Cross、Cash らデザインは学問分野として認められた。成熟の段階へ移るべきである国際誌

八重樫と松井は正反対のことを言っている。 一方は科学化が不可能だから別の道を探すべきだとし、他方は科学的に妥当でないものが多いからもっと厳密にすべきだとする。 同じ2023年から2024年に、大学の紀要と学会誌という別の媒体で発表され、後に出た松井は八重樫らを引用していない。

したがって問いはこうなる。

学会をまたぐ制度的な協業の枠組み(2019年の事典、2016年度からの合同シンポジウム)が存在するにもかかわらず、デザイン学の学問的妥当性についての診断が互いに接続しないのはなぜか。

「統合されていない」ではない。制度としては統合されている。 統合されているのに、知的な診断は噛み合っていない。 この乖離を説明することが本論文の課題になる。

理論枠組み

Richard Whitley の fragmented adhocracy を中心に据える。 学問分野の統合度を task uncertainty(何が正しい問いと方法かについての合意の低さ)と mutual dependence(他の研究者の成果に依存する度合い)の二軸で類型化する枠組みである。 Whitley は経営学をこの類型に位置づけた。

デザイン研究に当てはめるなら、制度的な協業(事典、シンポジウム)は組織間の関係であって、mutual dependence を高めるものではない。 互いの成果に依存しなくても各学統が研究を続けられる状態が保たれていれば、制度的に集まっても診断は接続しない。 これが説明の骨格になる。

補助として次を使う。

  • Gieryn の boundary-work:学会の分立を境界画定の失敗ではなく、専門職的利害に駆動された能動的な線引きとして読み替える
  • Galison の trading zone:合同シンポジウムや事典を、完全な統合ではない局所的な調整の場として位置づける。稲次敏郎が 1987年の『デザイン学研究』No.58 に、日本学術会議の芸術学研連では日本デザイン学会と意匠学会が同一研究領域とみなされ、2学会で連絡委員1名の定数となっていると記している。この状態も、この枠組みで読める

方法論的先例

Vakkari (2024)「What characterizes LIS as a fragmenting discipline?」(Journal of Documentation 80(7))が決定的である。 Whitley (1984) と Fuchs (1993) を図書館情報学に適用し、一分野が断片化する過程を歴史的資料と概念の分析で特徴づけている。

やろうとしていることの構造がそのまま同じで、対象がデザイン研究(かつ日本語圏)に変わる。 査読で「方法が確立していない」と言われにくい。

デザイン研究の側にも自己診断の計量書誌学的先例がある。 Chai & Xiao (2012) が Design Studies 誌の459論文・12,107引用を分析し、Trindade Perry & Soares Pereira (2023) がデザイン系14誌の著者の所属機関の国を分析している。

先行研究の空白

本調査の範囲で、次のいずれも見つからなかった。

  • デザイン学の妥当性についての診断が接続しない機構を、学会分立と学統の相互非引用から説明する研究
  • 日本のデザイン研究を対象にした計量書誌学的な分野構造分析
  • Whitley の枠組みをデザイン研究に適用した研究(図書館情報学への適用は Vakkari 2024 がある)

ただし検索は主要データベースと Web 検索に限られ、『デザイン理論』のバックナンバーや学会の会報、研究会資料には到達していない。 悉皆調査ではない。 投稿前に、少なくとも『デザイン学研究』本誌と『デザイン理論』の目次は通しで確認する必要がある。

方法の実行可能性

引用ネットワーク分析を主方法に据えるのはリスクが高い。 J-STAGE と CiNii のデータ制約を実際に検証した結果は次のとおりである。

  • 書誌は機械取得できる。J-STAGE 検索 API で『デザイン学研究』の書誌が取れる(2020年以降190件)。ただしレスポンスに参考文献は含まれない
  • PDF からの参考文献抽出は使えない。二段組みとフォント埋め込みの影響で日本語が文字化けし、順序も乱れる。実際に試して確認した
  • 記事ページの引用文献リストは JavaScript で動的に読み込まれる。静的な取得では件数しか得られず、ブラウザでレンダリングすれば完全なリストが読める。大量取得にはヘッドレスブラウザが要る
  • CiNii Research の参照文献・被引用文献は、NII 自身が網羅性を保証していない。J-STAGE の引用リンクは DOI 登録済みの新しい論文に限られ、1978年の書籍や1980年代の学会誌には遡及しない

したがって主方法は内容分析にする。 同じ問いの再提起を、阿部 (1978)、向井、八重樫ら (2023)、松井 (2024)、Cross (2025) と Cash ら (2025) と追跡し、それぞれが何を引用し何を引用していないかを本文から直接読み取る。 引用データは補助に回す。

サンプル1件で確認した限りでは、学会をまたぐ引用は実在する(『デザイン学研究』の論文が日本基礎造形学会『基礎造形』を2件引用していた)。 「まったく引用しない」ではなく「どの程度、どの方向に引用するか」を測る問題になる。

新規性の見立て

軸評価根拠
PD(問題設定)4制度的協業と知的非接続の乖離を対象化する。直接の先行研究は見つからなかった
Mat(材料)4事典 (2019)、合同シンポジウム (2016–)、八重樫 (2023, 2025)、松井 (2024)、Cross (2025) と Cash ら (2025) を一次資料で入手済み。学会史と会長職の系譜も既に取得済み
Met(方法)3Vakkari (2024) の Whitley 適用が方法論的先例。内容分析+制度分析
Res(結果)3–4両立しない診断が並行することを示し、非接続の機構を mutual dependence の低さで説明する

2軸で3以上という基準は満たす。 ただし PD の 4 は「先行研究が無い」という条件つきであり、悉皆調査ではないため確度は下がる。 この見立ては書き手の自己評価である。その後の論文の工程の監査(2026-08〜11)は、PD を 2〜3、Mat を 2 と判定し、理由の循環と原典に無い前提の帰属が残ったとして、この論文を止めた。

次にやること

  1. JSSD の会員資格を確認する。筆頭で投稿するには正会員・学生会員・名誉会員のいずれかである必要がある
  2. 『デザイン学研究』本誌と『デザイン理論』の目次を通しで確認する。先行研究の空白の主張を固めるため
  3. 向井周太郎『生とデザイン かたちの詩学 I』(2008) と阿部公正『デザイン思考』(1978) の原典を入手する。現在は八重樫ら経由の孫引きであり、論文で引くには原典が要る
  4. 稲次敏郎の 1987年の記述を原文で読み直す。『デザイン学研究』No.58 の p.5(第7回春季大会の主旨説明)にあることは確認したが、スキャンの文字認識が崩れており、逐語では引けていない
  5. 「デザイン関連学会シンポジウム」の記録が公刊されているかを確認する。制度的協業の証拠として使うため
  6. 松井 (2024) の梗概の続き(2ページ目)と、研究会のその後を確認する。2023年度の特設委員会が何を読み、何を結論したか

未検証事項

  • 八重樫ら (2023) の被引用は、共著者による自己引用のほかに存在しないのか [要一次検証: 本文未到達 『デザイン科学研究』後続号の過半を本文で精査していない]
  • 「デザイン関連学会シンポジウム」の記録の公刊状況。2016年度から毎年開かれていることは道具学会の告知で確かめた [要確認: 未試行 各学会の記録ページを照会していない]
  • Trindade Perry & Soares Pereira (2023) が東アジアの著者比率をどう記述しているか [要一次検証: 本文未到達 要旨のみ]
  • 『デザイン学研究』と『デザイン理論』が Scopus / Web of Science に収録されているか [要確認: 未試行 収録誌の一覧を照会していない]
  • 向井周太郎 (2008) が阿部公正 (1978) を引用しているか [要一次検証: 取得不能 原典の書籍を入手していない]
  • 『デザイン科学事典』(2019) の「知の体系化」が、八重樫らの言う「独自の存在論・認識論の欠如」と同じ問題を指すのか、別の次元の課題なのか [要一次検証: 取得不能 事典本体を入手していない]

参照文献

投稿要件

  1. 日本デザイン学会 (2022)「論文集『デザイン学研究』投稿規定」. https://jssd.jp/ja/wp-content/uploads/2022/05/J_rules_1_20220212.pdf
  2. 日本デザイン学会 (2017)「論文集『デザイン学研究』執筆要領」. https://jssd.jp/ja/wp-content/uploads/2017/01/J_rules_2_20170101.pdf
  3. 日本デザイン学会 (2016)「研究論文投稿から掲載までの手順」. https://jssd.jp/ja/wp-content/uploads/2016/08/J_rules_3_20160727.pdf

デザイン学の妥当性をめぐる診断と制度

  1. 阿部公正 (1978)『デザイン思考』美術出版社. 書誌は八重樫ら (2023) の参考文献リストで確定。原典未入手
  2. 向井周太郎 (2008)『生とデザイン かたちの詩学 I』中公文庫. 書誌は八重樫ら (2023) の参考文献リストで確定。原典未入手
  3. 稲次敏郎 (1987)「デザイン学の今日的課題(昭和61年度日本デザイン学会第7回春季大会)」『デザイン学研究』No.58, p.5. https://doi.org/10.11247/jssdj.1987.5_1
  4. 日本デザイン学会ほか編 (2019)『デザイン科学事典』丸善出版. http://jssd.jp/papers-and-works/papers-and-books/encyclopedia-of-design-science
  5. 八重樫文・磯邉美香・三好春陽 (2023)「デザイン研究における今日的課題の検討」『デザイン科学研究』(立命館大学) Vol.2, pp.51-68. https://www.ritsumei.ac.jp/research/rcds/file/2023/6_rcds_2_yaegashi_isobe_miyoshi.pdf
  6. 松井実 (2024)「ブッククラブ『批判的デザイン学研究会』への招待:デザイン学の不協和音に耳を澄ます」『芸術工学会誌』No.89, pp.30-31. https://doi.org/10.24520/designresearch.89.0_30
  7. 八重樫文・三好春陽 (2025)「デザイン研究におけるオートエスノグラフィの可能性の検討」『デザイン科学研究』(立命館大学) Vol.5 No.1, pp.51-66. https://www.ritsumei.ac.jp/research/rcds/file/2025/3_rcds_5.pdf
  8. 道具学会 (2025)「2025年度 デザイン関連学会シンポジウム(10月18日開催)」. https://douguology.jp/dnetdesign251018/
  9. Cash, P., Daalhuizen, J. & Cross, N. (2025) “Designing: A new era for design research,” Designing 1(1), 12-17. https://doi.org/10.1177/30497671251392170
  10. Cross, N. (2025) “Making Design Research Visible,” Visible Language 59(1), 1-4. https://doi.org/10.34314/rgn7xe38

理論枠組みと方法論的先例

  1. Whitley, R. (1984) “The Fragmented State of Management Studies: Reasons and Consequences,” Journal of Management Studies 21(3), 331-348. https://doi.org/10.1111/j.1467-6486.1984.tb00415.x
  2. Gieryn, T. F. (1983) “Boundary-Work and the Demarcation of Science from Non-Science: Strains and Interests in Professional Ideologies of Scientists,” American Sociological Review 48(6), 781-795. https://doi.org/10.2307/2095325
  3. Galison, P. (1997) Image and Logic: A Material Culture of Microphysics, University of Chicago Press. ISBN 9780226279176
  4. Vakkari, P. (2024) “What characterizes LIS as a fragmenting discipline?” Journal of Documentation 80(7), 60-77. https://doi.org/10.1108/JD-10-2023-0207
  5. Chai, K. H. & Xiao, X. (2012) “Understanding design research: A bibliometric analysis of Design Studies (1996–2010),” Design Studies 33(1), 24-43. https://doi.org/10.1016/j.destud.2011.06.004
  6. Trindade Perry, G. & Soares Pereira, L. (2023) “Global diversity in design research: A bibliometric investigation of design journals,” Design Studies 88, 101217. https://doi.org/10.1016/j.destud.2023.101217

書いた人:小川 修一郎(デザイン研究者/デザインコンサルタント) 経歴を見る →