ノート · 更新 2026-11-01 · Markdown 版
初めの小さな偶然は、なぜ後で大きく効くのか:累積有利と同じ構造の理論を、経済学、政治学、統計物理、化学、生物学、発達研究、言語学から比べる
累積有利(最初の有利がその後の有利を呼ぶ過程)と同じく、初期の小さな偶然の影響が時間とともに大きくなるとする理論を、経済学、政治学、統計物理とネットワーク科学、化学、宇宙論、生物学、発達研究、言語学の学術文献 43 件で比べた。同じ構造と呼べるのは、偶然の出来事、いまの状態に応じて強まる自己強化、過去を忘れない過程(非エルゴード性)の三つがそろうものである。
目次(13)
初めの偶然が後で効くという説明は、分野をまたいで同じものか
持てる者はさらに与えられるのか:累積有利とマタイ効果の機構、因果の識別、限界の学術文献から では、最初に有利だった人がその後も有利を重ねる過程(累積有利)を、科学社会学と教育とネットワークの文献で読んだ。 最初の有利は運なのか:選択的運と厳然たる運、事前と事後、最初の有利の実証と公平の判断の学術文献から では、その最初の有利が運なのか、どの種類の運なのかを読んだ。 どちらのノートも、人と組織の世界の話にとどまっていた。
ところが、「初めの小さな偶然が、時間とともに大きな違いになる」という説明は、ほかの学問にも繰り返し現れる。 経済学はタイプライターの鍵盤の配列を、政治学は制度の成り立ちを、化学は生体分子がなぜ片方の鏡像だけでできているかを、生物学は生命の歴史を、この形で説明してきた。 Krugman(1991)は、経済地理の中心と周辺の分かれ方を、水が冷えて氷が結晶するときの構造にたとえた。 たとえが分野をまたいで通じるように見えるなら、それは同じ一つの機構なのだろうか。
一つの機構に見えて、そうでないものも混ざっている。 天気予報の限界を示したカオスも、生命の遺伝暗号が変わらないことも、幼い時期の経験が一生に残ることも、「初めが後を決める」と要約できてしまう。 しかし、初めの差が大きくなる理由は、それぞれ違う。 このノートは、各分野の理論を、偶然がどこで入り、何が差を大きくし、最後に何が残るのかで分けて比べる。 読み終えて残る答えは、累積有利と同じ構造と呼べるのは、偶然、いまの状態に応じて強まる自己強化、過去を忘れない過程の三つがそろう理論に限られ、多くの理論はこのうち一つか二つしか持たない、というものである。
スコープと方法
- 対象:初期の小さな、偶然の差が、時間とともに大きな影響を持つとする理論の原典、代表的な検証と反証、総説、概念の整理。似て見えて機構の違う理論(初期値鋭敏性、比例成長、ヒステリシス、敏感期、遺伝的浮動など)も比べるために含めた。分野は限らず、経済学、政治学と歴史社会学、統計物理とネットワーク科学、物理学と宇宙論、化学、生物学、発達研究と教育経済学、言語学と文化進化、哲学から集めた。
- 対象外:累積有利の社会学の実証(既存の 2 本のノートで扱った)。一般書だけで述べられた理論(Gould の『ワンダフル・ライフ』など)は、査読論文が整理した範囲でだけ扱った。
- 収集:学術データベース(Crossref、Semantic Scholar、OpenAlex、PMC、arXiv、NBER、RePEc)を横断して候補 90 件を集め、範囲外の 1 件を除いた 89 件から、比較に要る 43 件を選んだ。撤回と予測誌は 0 件だった。
- 照合:43 件のうち 21 件は本文(誌版、PMC、arXiv、著者版、ワーキングペーパー)を取り、数値と主張を該当箇所で照合した。ワーキングペーパーの版で読んだもの(Arthur 1989、Davis と Weinstein 2002、Bleakley と Lin 2012、Blanchard と Summers 1986、Cunha と Heckman 2007)は、誌版の要旨と食い違わない主張だけを使った。Liebowitz と Margolis の 2 本は、著者のサイトに置かれた版(2019 年の写し)で読んだ。本文の取れない 22 件のうち 19 件は要旨の範囲で著者の主張として扱い、残る 3 件の Frank(1953)、Soai ら(1995)、Crick(1968)は本文も要旨も取れず、内容はそれぞれを引く総説(Blackmond 2010、Koonin と Novozhilov 2009)の記述によった。
- 書き方:各理論について、偶然の入る位置、差を大きくする機構、帰結、反証を分けて書く。
同じ構造とは、何がそろうことか
比べる基準には、経済学の Arthur(1989)が技術の競争で示した性質を使う。 Arthur は、二つの技術(たとえば二つの規格)を、到着順の決まらない利用者が一人ずつ選ぶ模型を考えた1。 選ぶ人が増えるほど、その技術の利得が下がるか(収穫逓減)、変わらないか(収穫一定)、上がるか(収穫逓増)で、結果がどう変わるかを比べた。 四つの性質がそろって現れたのは、収穫逓増のときだけだった(収穫一定でも硬直性だけは現れた)。 個人が合理的に選んでも全体の結果が非効率になりうる(潜在的な非効率)。 市場の占有率が固定され、小さな政策では動かせない(硬直性、ロックイン)。 需要と供給の条件を知っていても最終の占有率を予測できない(予測不能性)。 小さな歴史上の出来事が平均されて消えず、占有率の経路を決める(非エルゴード性)。 収穫逓減と収穫一定では、結果は予測でき、どの出来事の列から始めてもほぼ確実に同じ結果に行き着いた(エルゴード的)。
この模型で「偶然」は、観察者の知識の外にある出来事として定義されている。 Arthur は、無限に詳しい知識があれば結果は決まるはずだと認めたうえで、観察者のモデルが見分けられない出来事を「歴史上の小さな出来事」(historical small events)と呼んだ。 偶然を世界の性質ではなく観察者の限界として置いたことで、問いは「偶然があるか」から「観察者の見分けられない差が、後で消えるか残るか」に移る。 Arthur の言い方では、収穫逓増のもとでは小さな出来事が正のフィードバックで拡大され、その積み重ねが結果を決める。
自己強化の強さで帰結が変わることは、確率論の Pólya の壺がよく示す。 壺から玉を一つ引き、同じ色の玉を足して戻すことを繰り返すと、引いた色ほど次に引かれやすくなる。 Pemantle(2007)の総説によれば、選ばれる確率がいまの割合に比例する基本の Pólya の壺では、割合はある値に収束するが、その値自体が偶然で決まる。 規模の経済で、採用の速さが現在の占有率の 1 より大きいべき乗に比例するなら、割合は 0 か 1 のどちらかに収束し、どちらになるかは序盤の偶然のゆらぎで決まる。 この定性的なふるまいは、一方の技術にもともと少しの優位があっても、自己強化の形が同じなら変わらない。 Arthur(1989)が示した収穫逓減の側では、偶然は平均されて消える。
ここから、比べるための三つの条件が取り出せる。 一つめは、観察者の見分けられない偶然の出来事があることである。 二つめは、いまの状態が次の変化の確率や速さを決め、その効き方が状態に比例するか、それ以上であることである(自己強化)。 三つめは、過程が過去を忘れず、早い出来事の効果が後まで残ることである(非エルゴード性)。 このノートでは、三つがそろう理論を「同じ構造」と呼び、一部しか持たない理論を「似て見えて機構が違う」理論として扱う。 自己強化の強さは、線形なら偶然の割合への収束、逓増なら一方への固定、逓減なら偶然の消失というように、帰結の種類も決める。
経済学では、何がロックインを起こし、何がそれを崩したか
経済学の経路依存の研究は、Arthur(1989)の模型と、QWERTY の鍵盤の歴史をめぐって育った。 Arthur の作業論文は、QWERTY の鍵盤を、いまの用途には明らかに非効率なのに固定された技術の例として挙げた。
これに反論したのが Liebowitz と Margolis(1990)である。 二人は、Dvorak 配列が優れるという主張の根拠になった 1944 年の海軍の実験の報告を取り寄せ、その実験を行ったのが配列の特許を持つ Dvorak 本人だったという Strong の報告を引いた。 1956 年の連邦調達庁の Strong の対照実験では、Dvorak 配列に移った 10 人のタイピストが元の速さに戻るのに、1 日 4 時間の訓練で 25 日を大きく超えた。 その後の訓練では、Dvorak に移った人の上達は、QWERTY で訓練を続けた人より遅かった。 二人は、QWERTY を使い続けることは当時の知見のもとで効率的だと結論し、Dvorak の例は検証に耐えない市場の失敗の寓話だと書いた。
Liebowitz と Margolis(1995)は、この論争を、経路依存の三つの程度に分けて整理した。 一つめは、初期の条件への鋭敏さはあるが、非効率は伴わない場合である(第一度)。 二つめは、選んだ時点では知りようがなかったが、後から見れば別の道の方が良かった場合で、悔やまれ、変えるのに費用がかかるが、知識の制約のもとでは非効率とは言えない(第二度)。 三つめは、より良い道を認識して実現する手段が当時もいまもあったのに、それが取られない場合である(第三度)。 二人は、新古典派の合理的な行動の模型と衝突するのは第三度だけだと書いた。 この区別に照らすと、Arthur の模型が示した「潜在的な非効率」は第三度の主張であり、初期の偶然が結果を決めるという主張(第一度と第二度)とは分けて確かめる必要がある。
経済地理では、同じ構造が都市と地域の分化として現れる。 Krugman(1991)は、輸送費、規模の経済、非農業の財への支出の割合を合わせた指標が臨界の値を越えると、人口が集まり始め、地域が分かれ、その過程が自分を強めると論じた。 どの地域が人口を得るかは初期の条件に鋭敏で、輸送費が臨界の値を下回った瞬間に人口がわずかに多かった地域が、ほかの地域を犠牲にして人口を得る。 Krugman はこれを、水が冷えて氷が結晶するときの「偶然の対称性の破れ」にたとえ、細かな構造は初期の歴史の小さな偶然で決まりうると書いた。 この説明では、偶然が効くのは臨界の値を越える時点の前後であり、どの時点でも同じように効くわけではない。
この予測を、大きな衝撃で試した研究が二つある。 Davis と Weinstein(2002)は、第二次世界大戦の米軍の空襲を、日本の都市の相対的な大きさへの衝撃として使った。 多くの都市は、ほぼ 15 年で都市の大きさの分布の中の元の位置に戻った。1940〜47 年の人口の伸びに対する 1947〜60 年の伸びの係数は −1.0 で、典型的な都市は 1960 年までに衝撃を取り戻していた。 広島と長崎も、ほかの都市より時間がかかったが、戦前の成長の傾向に戻った。 二人は、この結果を、偶然の比例成長の理論(衝撃は戻らず残ると予測する)に最も強く反するものと読み、収穫逓増の理論にとっても、空間の破局は理論上ありえても実際の都市の大きさの分布は大きな一時の衝撃に頑健だと書いた。 誌版の要旨は、立地の基礎条件が地域の相対的な密度の型を決め、収穫逓増が分化の度合いを決める、という混合の理論を支持すると述べる。
反対の向きの証拠を出したのが Bleakley と Lin(2012)である。 北米の都市の多くは、船の航行が途切れて陸上で荷を運ぶ必要のある地点(ポーテージ)にでき、そこに商業が集まり、滝の水力が初期の工業を呼んだ。 二人は、米国の南部、中部大西洋岸、中西部のポーテージの地点を調べ、もとの利点がとうに失われた後も、その地点が人口の上で重要であり続けていることを示した。 二人はこれを経路依存と読み、埋没費用と収穫逓減を組み合わせた説明と、埋没費用と収穫逓増を組み合わせた説明を対比した。 二つの研究を並べると、一時の衝撃が消える場合(戦災)と、もとの理由が消えても位置が残る場合(ポーテージ)があることになる。 どちらの研究も、扱っているのは地理という初期の条件とその後の衝撃であり、偶然の初期差を直接に測った研究とは区別して読む必要がある。
失業のヒステリシスは、同じ「過去が残る」でも機構が違う。 Blanchard と Summers(1986)は、欧州の失業が 15 年にわたって上がり続けたことを、標準の理論が説明できない衝撃の持続とみなした。 二人の仮説では、賃金は雇われている内部者と企業の交渉で決まり、外部者は交渉から外される。 雇用を減らす衝撃は内部者の数を変え、その後の均衡の賃金を変えるので、均衡の失業率が実際の失業率についていく。 この過程では、衝撃の効果は残るが、初期の差が自分を強めて広がるわけではない。 また、残るのは初期の衝撃に限らず、どの時点の衝撃でもよい。
政治学と歴史社会学は、経済学の何を持ち込み、何を足したか
政治学は、Arthur の性質をそのまま持ち込んだ。 Pierson(2000)の要旨は、経路依存を「収穫逓増」の動態に根ざした社会過程として定義し、政治にはこの過程が多いと論じる。 同じ要旨は、歴史的制度論の主張を五つにまとめる。 出来事の時期と順序が効く、多様な帰結がありうる、比較的小さな、あるいは偶然の出来事から大きな帰結が生じうる、いったん始まった方針は戻すのがほぼ不可能になる、政治の発展は社会の輪郭を形づくる決定的な時期で区切られる、の五つである。 四つめまでは Arthur の四つの性質と対応する。
五つめの「決定的な時期」は、政治学が足した要素である。 Capoccia と Kelemen(2007)の要旨は、決定的分岐点(critical juncture)を、そこで下された選択が別の選択肢を閉ざし、自己強化する経路依存の過程を生む制度を作る時期として位置づけ直す。 二人は、偶然性(contingency)を決定的分岐点の中心の性質とし、それを分析するには反実仮想の推論と叙述の方法が要ると書いた。 この枠組みでは、偶然が効くのは決定的分岐点での選択であり、その後は自己強化する過程が経路を守る。 Krugman の臨界の値の前後と同じく、偶然の入る位置が時間の中で限られている。
経営学と組織論は、経路依存の検証の仕方を問い直した。 Vergne と Durand(2010)の要旨は、先行研究が、自己強化しながら歴史が展開する過程としての経路依存と、ロックインと呼ばれる持続する状態としての経路依存を混同してきたと指摘する。 二人は、経路依存の必要条件を定義し直し、経路依存を「歴史が効く」ほかの機構と区別したうえで、事例研究から、シミュレーション、実験、反実仮想の検討のような統制された設計に移ることを勧めた。 Sydow、Schreyögg と Koch(2009)の要旨は、組織が経路依存に陥る過程を、自己強化の機構を中心に三つの段階で描き、ロックインからの脱出も論じる。
哲学の側では、Ben-Menahem(1997)の要旨が、歴史の文脈での必然と偶然性を定義し直した。 偶然性は初期の条件への鋭敏さに比例して増え、必然はそれに反比例する、という定義である。 要旨は、この定義の利点として、因果と必然を混同しないこと、偶然性(contingency)と偶然(chance)を混同しないことを挙げる。 この定義に従えば、歴史の説明で問うべきは、偶然があったかではなく、結果が初期の条件のどれほど小さな違いに鋭敏だったかになる。
分布と市場では、強化の形がどう読み分けられてきたか
統計物理とネットワーク科学は、自己強化の過程を、分布の形から読もうとしてきた。 Newman(2005)の総説によれば、Yule の過程では、新しい対象がときどき現れ、そのあいだに加わる新しい要素が、各対象がすでに持つ数に比例して配られる(Yule は植物の属あたりの種の数を説明するためにこの過程を考えた)。 Simon はこの「富める者がさらに富む」型の過程を Gibrat の原理と呼び、同じ過程は、マタイ効果、累積有利、優先的選択とも呼ばれてきた。 この過程は裾がべき乗の分布を生み、指数は、新しい対象が持って現れる数、比例の定数、新しい対象が現れるあいだに加わる要素の数で決まる。
Barabási と Albert(1999)は、点が加わり続けることと、新しい点がつながりの多い点に優先してつながることの二つから、つながりの数がべき乗に分布するネットワークを示した。 この模型では、点 i のつながりの数は、加わった時刻 t_i からの経過の 0.5 乗に比例して増え、早く加わった点ほど、後から加わった点を犠牲にしてつながりを増やす。 ここで初期の有利は、偶然の出来事というより、早く着いたことそのものである。 Bianconi と Barabási(2001)は、点ごとに異なる適応度(つながりを得る力)を加え、適応度の高い点が、つながりは多いが適応度の低い点を追い越しうることを示した。 自己強化の上に地力の差を足すと、先着の有利は覆りうる。
同じ「比例」でも、比例成長(Gibrat の比例効果の法則)は別の帰結を生む。 Mitzenmacher(2004)の総説によれば、各段階で大きさが偶然の倍率で増減する乗法の過程では、大きさの対数は、初めの大きさの対数に各段階の倍率の対数を足し合わせたものになり、中心極限定理によって対数正規分布に近づく。 式の形からわかるとおり、早い時点の衝撃と遅い時点の衝撃は、対数の上で同じ重みで足し合わされる。 早い衝撃も遅い衝撃も、消えずに同じ重みで残る。 Mitzenmacher は、下限で跳ね返す壁を一つ加えるだけで、同じ乗法の過程がべき乗の分布を生むことも示した。 Davis と Weinstein(2002)が「戦災の衝撃は戻らない」と予測した理論として退けたのは、この偶然の比例成長である。
分布の形から過程を逆算できないことは、実データでも確かめられている。 Broido と Clauset(2019)は、生物、技術、社会、交通、情報の 928 のネットワークのデータを検定し、強いスケールフリー(べき乗)の証拠を満たすのは 4%(Strongest)と 10%(Strong)にとどまり、多くのネットワークでは対数正規分布がべき乗の分布と同等かそれ以上に当てはまったと報告した。 文化の側でも、Bentley、Hahn と Shennan(2004)の要旨は、名前、考古学の土器、技術の特許の出願の頻度の分布が、無作為の模倣(浮動)だけの単純な模型で説明できるべき乗の分布に従うと述べる。 裾の重い分布は、自己強化からも、乗法の過程からも、選り好みのない浮動からも生じうる。
分布でなく過程そのものを見るために、同じ条件から歴史を何度もやり直す実験がある。 Salganik、Dodds と Watts(2006)は、14,341 人の参加者が無名の曲を聴いてダウンロードする人工の音楽市場を作り、参加者を、他人のダウンロード数が見える八つの「世界」と、見えない一つの世界に分けた。 他人の選択の影響を強めるほど、成功の不平等と予測不能性はともに増した。 成功は質だけでは決まらなかったが、質が最も高い曲がひどく失敗することも、最も低い曲が大成功することもまれだった。 同じ曲から始めた八つの世界で結果が違ったことは、初期の偶然の選択が後の成功を左右したことを示す。 質の上下の端で結果がそろったことは、自己強化を相殺する地力が残ることを示す。
経済学の情報カスケードは、強化の働き方を人の推論で説明する。 Bikhchandani、Hirshleifer と Welch(1992)は、前の人々の行動を見た人が、自分の私的な情報を無視して前の人に従うことが最適になる状態を情報カスケードと呼んだ。 カスケードでは、人々はごく少ない情報に基づいて一つの行動に急速に収束し、少しでも新しい情報が入るか、状況が変わったと疑われるだけで、社会の均衡が大きく移る。 二人は、カスケードが、社会を、少ない情報のまま二つの選択肢の境目近くに系統的に落ち着かせるので、集団の行動は壊れやすいと書いた。 ここでの固定は、Arthur の収穫逓増のロックインと違って脆い。 初期の少数の選択が後を決める点は同じでも、固定された状態の固さは、強化の源が利得なのか情報なのかで違う。
化学と物理では、小さな偏りはどう育ち、どう育たないか
生体のアミノ酸と糖が片方の鏡像(左手型か右手型)だけでできていること(ホモキラリティ)は、化学での典型の問いである。 Blackmond(2010)の総説によれば、分子の数のゆらぎは偶然に左右の偏りを生むが、何かの過程がその偏りを保ち、増幅しない限り、偏りは平均されて左右等量の状態に戻る。 偏りが偶然に生じたにせよ、宇宙から来たにせよ、ホモキラリティに近づくには増幅の機構が要る。
Frank(1953)は、この増幅の機構を数式で示した。 Blackmond(2010)の説明では、Frank の模型の分子は、自分自身の生成を助ける触媒になり(自己触媒)、同時に反対の鏡像と出会うと両方とも働きを失う(相互の拮抗)。 左手型が 3、右手型が 2 の状態から、出会った一組が消え、残りが自分を複製すると 4 対 2 になり、これを繰り返すと 6 対 2、10 対 2 と差が開く。 初めの偏りが小さいほど、偏りが目に見えるまでに多くの分子が失われるが、原料が十分にあれば、片方の生成がやがて全体を占める。 Soai ら(1995)は、生成物が自分の生成を速める不斉自己触媒の反応を報告し、初めの触媒のわずかな偏りから、生成物の高い偏りが得られることを示した。 Blackmond によれば、その後の研究では、0.1% の偏りの開始剤から 85% の偏りが得られた報告があり、Blackmond らの反応速度の模型は、この反応が Frank の模型の二つの特徴を備えることを示した。 同じ総説は、偏り 1% の自己触媒は、選択性の弱い組み合わせのままでも、約 5000 回の触媒の循環でホモキラリティに近づくと計算している。
物理の過程でも同じ増幅が見つかった。 Kondepudi、Kaufman と Singh(1990)の要旨によれば、塩素酸ナトリウムの水溶液を撹拌せずに結晶させると、左手型と右手型の結晶は統計的に同数だったが、撹拌すると、一つの試料の結晶のほぼすべて(99.7%)が同じ向きになり、その向きは左手型にも右手型にもなった。 Blackmond(2010)の説明では、撹拌によって最初にできた一つの結晶が砕けて同じ向きの多数の小さな結晶になり、それらが溶液の分子を急速に使い切る。 繰り返した実験で向きが偶然に左右に分かれたことは、初期の一つの出来事が結果を決め、自己強化がそれを全体に広げたことを示す。 一方で同じ総説は、平衡に近い条件で結晶が溶けては再びつくことを繰り返すと、結晶が以前の向きを「忘れる」過程(キラルな健忘)も紹介している。 偏りの固定は、条件しだいでほどける。
物理学のカオスは、同じく小さな差が大きくなるが、機構が違う。 Lorenz(1963)の要旨は、有界な解を持つ散逸系の非線形の微分方程式では、周期を持たない解が小さな変更に対して不安定で、わずかに違う初期状態が大きく違う状態へ発展すると述べ、この結果に照らして非常に長期の天気予報の可能性を検討した。 ここで差を広げるのは、状態に応じて強まる強化ではなく、解の不安定性である。 要旨の言う不安定性は、初めの状態に限らず解の上のどの状態についても言えるので、初期の差だけが特別に効くわけではなく、どれか一つの状態に固定されることもないと読める。 Ben-Menahem(1997)が偶然性を初期の条件への鋭敏さで定義したことに照らすと、カオスは偶然性が最も高い系の一つだが、累積有利の構造は持たない。
宇宙の構造形成は、偶然の種と決定論的な成長の組み合わせである。 Springel、Frenk と White(2006)の総説によれば、宇宙のはじめに、インフレーションの場の量子ゆらぎが巨視的な大きさに引き伸ばされ、エネルギー密度のかすかな波紋になった。 その波紋は 140 億年にわたる重力によって増幅され、暗黒物質の濃い塊を作り、その中で銀河ができた。 密度の高いところほど周りを引きつけるという点で、重力の成長は自己強化に似る。 しかし、単純なインフレーションの模型は、初期のゆらぎの統計的な性質を予測し、宇宙の網の目の構造は、初期のゆらぎのガウス分布の型を非線形の重力が「鋭くした」ものだと総説は書く。 どこに銀河ができるかは種の偶然で決まるが、構造の統計は予測できる点で、Arthur の予測不能性とは違う。
生物学では、偶然の歴史と収斂のどちらが勝つのか
生物学には、偶然の初期の出来事を扱う理論がいくつもあり、機構はそれぞれ違う。 創始者効果は、少数の個体が新しい場所に移り住むときの標本の偶然を扱う。 Templeton(1980)の要旨によれば、Mayr のもとの模型では、創始者の出来事が近親交配と遺伝子の組み合わせの偏りを生み、それが選択の働き方を変えて、新しい適応の頂点への急速な移行(遺伝的な革命)を起こしうる。 Barton と Charlesworth(1984)の総説の要旨は、創始者効果が種分化を起こすのは十分に厳しい条件のもとに限られ、連続した可能性の一つの端にすぎないと論じた。 ここで初期の偶然は、小さな集団での標本の偏りとして持ち込まれ、その後の浮動と選択で残る。
凍結された偶然は、変える費用による固定である。 Koonin と Novozhilov(2009)の総説によれば、Crick(1968)の凍結された偶然の仮説は、標準の遺伝暗号が特別な性質を持たなくても、すべての生物が共通の祖先を持ち、その後の暗号の割り当ての変更が有害なために、ほとんど変えられずに固定された、と考える。 数学的な分析では、標準の暗号は翻訳の読み誤りに強いが、もっと強い暗号も数多くあり、凍結された偶然と誤りを減らす選択の組み合わせで説明できる部分が大きいと総説は書く。 ここで固定されるのは一つの割り当てで、それが残る理由は、変えたときの害の大きさにある。
歴史的偶然性(historical contingency)は、生命の歴史を何度もやり直したら同じ結果になるか、という問いとして立てられた。 Blount、Borland と Lenski(2008)は、Gould が、進化の結果は前の状態の長い連鎖の細部に依存し、その小さな変化が長期に大きな影響を持ちうるので、「生命のテープ」を巻き戻して再生すれば今と大きく違う世界ができると論じたこと、これに対して Conway Morris が、自然選択は生物を少数の適応的な選択肢に絞るので、道は多くても行き先は限られると反論したことを整理した。 そのうえで二人は、1988 年に同じ祖先から始めた大腸菌の 12 の集団を調べた。 酸素のある条件でクエン酸を炭素源に使う変異体は、3 万世代を超えてもどの集団にも現れず、3 万 1500 世代までに一つの集団でだけ現れた。 その集団の歴史の途中から進化を再生すると、祖先の細胞 8.4×10^12 個と、最初の 1 万 5000 世代の 60 クローンの細胞 9×10^12 個からは変異体が出なかったが、後の世代のクローンほど変異体を出しやすかった。 二人は、2 万世代までに後の変異を起こりやすくする変異(下地を作る変異)が生じていたと結論した。 この事例での偶然は、後の出来事を可能にする条件として働いた。
同じ研究の系譜は、収斂の証拠も出している。 Travisano ら(1995)の要旨によれば、同じ環境で育てた細菌の集団は、それまでの歴史やその後の偶然の出来事にかかわらず似た適応度に達したが、適応度と弱くしか相関しない細胞の大きさは、歴史と偶然に強く左右された。 Losos ら(1998)の要旨によれば、大アンティル諸島の四つの島のアノールトカゲには同じ生息場所の専門家の組み合わせが現れ、系統の分析は、それらが島ごとに独立に生じたことを示した。 Blount、Lenski と Losos(2018)の総説の要旨は、再生の実験では全体の性能でとくに平行な変化が多く、近縁の系統のあいだでは進化は驚くほど再現的だが、歴史の足跡が深くなるほど異なる結果が起こりやすくなる、とまとめる。 偶然が後で効くかは、どの形質を見るか(適応度か、それと結びつきの弱い形質か)と、どれほど離れた系統を比べるかで変わる。
群集生態学の優先効果は、生物学の中で最も累積有利に近い構造を持つ。 Fukami(2015)の総説の要旨によれば、種が群集に移入する順序と時期は、さまざまな空間の規模で種の豊富さを左右し、この優先効果が、群集の構造と機能の歴史的偶然性を生み、複数の安定状態、複数の一時的な状態、組成の循環をもたらす。 機構は、先に来た種が空いた資源を占める(ニッチの先取り)か、環境を変える(ニッチの改変)かの二つに分かれる。 歴史的偶然性が起こるには、地域の種の集まりが優先効果を起こしうる種を含むことと、先に来た種が、後の種が来る前にニッチを占めるか変えるほど局所の動態が速いことの二つが要る。 Chase(2010)の要旨は、池の長期の実験で、生産性が高いほど確率的な群集の組み立てが強まり、その結果は、優先効果が強まって複数の安定な平衡が生じるという仮説と最もよく合い、生産性の高い所で場所ごとの種の組成の違いが大きい理由になりうると報告する。 到着の順序という偶然が、資源の先取りという自己強化で固定される点で、三つの条件がそろう。
性選択のランナウェイも、同じ構造を持つ。 Lande(1981)の要旨によれば、雌の配偶の好みと雄の飾りの形質がともに進化する模型では、雄に安定化の自然選択が働いていても、好みの種類によってはランナウェイの過程が生じ、表現型の進化の帰結は、遺伝的な変異の大きさと集団の初期の条件に強く依存する。 好みと形質の結びつきが互いを強める点で、自己強化がある。
発達と言語では、時期の効き方と自己強化はどう分けられるか
発達研究では、早い時期の経験が後に残ることを、まず時期の性質として説明する。 Knudsen(2004)の要旨は、経験が脳に及ぼす影響が発達のある限られた時期にとくに強いとき、その時期を敏感期と呼び、正常な発達に欠かせない情報を経験が与え、機能を恒久的に変える場合を臨界期と呼ぶ。 敏感期の経験は回路の構造を根本から変え、ある結合の型をとても安定にし、敏感期の後の可塑性は、その構造の制約の中で結合を変える、という仮説である。 胎児期起源説(DOHaD)の総説で、Gluckman ら(2008)は、発達の可塑性とその仕組みとしての後成的な変化を挙げ、発達中の変化の効果は後の人生まで現れないことがあると書く。 貧しい子宮内の環境で生じた体の作りは、貧しい環境では生存に有利でも、その後の環境が豊かだと、作りと環境の食い違いが代謝の病気の危険を高める。 どちらの説明でも、早い出来事が強く効く理由は、その時期の可塑性の高さであり、初期の差が自分を強めることではない。
教育経済学の Cunha と Heckman(2007)は、この二つを一つの模型の中で分けた。 二人の技能の形成の模型では、ある技能を作るのにとくに効く段階が敏感期で、一つの段階だけが効く場合が臨界期である。 これとは別に、ある段階で得た技能が後の段階の技能を高めること(自己生産性)と、ある段階で得た技能が後の段階の投資の効き目を高めること(動的な補完性)がある。 二人は、この二つが合わさって「技能が技能を生む」乗数の効果になると書いた。 補完性は、早い投資が効くには後の投資が続かなければならないことも意味する。 敏感期は時期の効き方、自己生産性と補完性は自己強化であり、教育での早期の差の拡大(読みのマタイ効果などは 持てる者はさらに与えられるのか:累積有利とマタイ効果の機構、因果の識別、限界の学術文献から で扱った)は後者の主張である。
言語学では、クレオール語の成り立ちが、集団遺伝学の創始者効果にならって説明された。 Mufwene(1996)の要旨は、言語を個体ではなく集団に、言語の特徴を遺伝子にたとえ、言語の接触で特徴どうしがクレオールの体系に選ばれようと競うと見る。 そのうえで、植民地の初期の住民(創始者の集団)が、どの特徴が競争で優位に立つかを、従来考えられていたより強く決めた、と論じる(創始者の原理)。 言語の変化の広まり方については、Blythe と Croft(2012)の要旨が、広く観察される S 字の時間の経路は、競合する変種のあいだに選択の重みづけがある場合にしか、ほぼ再現できないと述べる。 選り好みのない浮動だけでは S 字はできにくいという結果は、Bentley ら(2004)が文化の頻度の分布を浮動で説明したことと並べると、分布の形と時間の経路で、効く機構の推定が違いうることを示す。
偶然の入る位置、強化の機構、帰結、固さ、反証で比べる
表の「三条件」は、偶然、自己強化、過去を忘れない過程の三つのうち、いくつがそろうかを示す。
| 理論(分野) | 偶然の入る位置 | 差を大きくする機構 | 帰結 | 固定された状態の固さ | 三条件 | 主な反証と相殺 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 収穫逓増とロックイン(経済学) | 序盤の採用の順序 | 採用が利得を上げる自己強化(逓増) | 一方の独占 | 固い。小さな政策で動かない | 三つ | QWERTY の証拠の弱さ(Liebowitz と Margolis 1990)。非効率の主張は第三度に限られる |
| Pólya の壺(確率論) | 序盤の引き | 割合に比例する強化(線形) | 偶然で決まる割合への収束 | 割合は固まる | 三つ | 強化が逓減なら偶然は消える |
| 経済地理の中心と周辺(経済学) | 臨界の値を越える時点の人口の差 | 規模の経済と移住の自己強化 | 地域の分化 | 大きな衝撃に頑健とも、脆いとも | 三つ | 戦災後の都市の回復(Davis と Weinstein 2002)。ポーテージの持続は支持(Bleakley と Lin 2012) |
| 経路依存と決定的分岐点(政治学) | 決定的分岐点での選択 | 制度の収穫逓増 | 戻しにくい制度の経路 | 固い | 三つ | 過程とロックインの混同(Vergne と Durand 2010) |
| 優先的選択(ネットワーク科学) | 到着の順序 | 次数に比例する結合 | 裾の重い分布、先着の有利 | 先着の有利は地力で覆りうる | 三つ | 強いべき乗はまれ(Broido と Clauset 2019)。適応度で追い越し(Bianconi と Barabási 2001) |
| 社会的影響の市場(社会学) | 初期の選択 | 人気が見えることによる模倣 | 不平等と予測不能性の増加 | 世界ごとに異なる | 三つ | 質の上下の端では結果がそろう(Salganik ら 2006) |
| 情報カスケード(経済学) | 初期の少数の行動 | 私的な情報を捨てて前に従う推論 | 一つの行動への急速な収束 | 脆い。少しの新情報で崩れる | 三つ | 新しい公的な情報 |
| 不斉自己触媒と撹拌結晶化(化学) | 分子の数のゆらぎ、最初の結晶 | 自己触媒と相互の拮抗、二次核形成 | 片方の鏡像への固定 | 遠非平衡では固い。平衡に近いと向きを忘れうる | 三つ | 物理の微小な偏り(パリティの破れ)による決定論の説は実験では未支持(Blackmond 2010) |
| 群集の優先効果(生態学) | 種の到着の順序と時期 | ニッチの先取りと改変 | 複数の安定状態、一時の状態、循環 | 局所の動態の速さしだい | 三つ | 優先効果を起こす種の集まりと速い動態が要る(Fukami 2015) |
| ランナウェイ性選択(進化生物学) | 集団の初期の条件 | 好みと形質の相互の強化 | 帰結が初期の条件に依存 | 平衡の線上を浮動 | 三つ | 安定化の自然選択 |
| 比例成長(Gibrat) | 各時点 | なし(倍率は大きさに独立) | 対数正規分布 | 衝撃はすべて残る | 二つ(自己強化なし) | 戦災後の回復は比例成長に反する(Davis と Weinstein 2002) |
| ヒステリシス(マクロ経済学) | 各時点の衝撃 | 内部者の交渉で均衡が実際に追随 | 衝撃の持続 | 持続するが拡大しない | 二つ(自己強化なし) | このノートでは扱わず |
| 初期値鋭敏性(物理学) | 初期値(と途中のどの状態も) | 解の不安定性 | 予測の限界 | 固定されない | 一つ(偶然と鋭敏さ) | このノートでは扱わず |
| 構造形成(宇宙論) | 原始の量子ゆらぎ | 重力による決定論的な成長 | 網の目の構造 | 統計は予測できる | 二つ(予測不能性なし) | このノートでは扱わず |
| 創始者効果と浮動(集団遺伝学) | 移住のときの標本 | 標本の偏りと浮動、選択 | 小集団での頻度の変化 | 条件しだい | 二つ(自己強化は弱い) | 種分化を起こすのは厳しい条件に限られる(Barton と Charlesworth 1984) |
| 凍結された偶然(分子生物学) | 暗号の初期の割り当て | なし(変更の害による固定) | 一つの割り当ての持続 | とても固い | 二つ(自己強化なし) | 誤りを減らす選択の寄与(Koonin と Novozhilov 2009) |
| 歴史的偶然性(実験進化) | 突然変異の生起 | 下地を作る変異による後の可能性 | 系統ごとに異なる革新 | 形質しだい | 二つ(強化でなく可能化) | 適応度の収斂(Travisano ら 1995)、アノールの収斂(Losos ら 1998) |
| 敏感期と胎児期起源説(発達研究) | 発達の限られた時期の経験 | 時期の可塑性の高さ | 構造の安定化、後の病気の危険 | 敏感期の後は制約の中で可塑 | 二つ(自己強化なし) | 後の環境との食い違いで効き方が変わる(Gluckman ら 2008) |
| 技能の形成(教育経済学) | 早期の投資と経験 | 自己生産性と動的な補完性 | 技能の差の拡大 | 後の投資が続かなければ弱まる | 三つ | このノートでは扱わず |
| 創始者の原理(言語学) | 初期の住民の言語の特徴 | 特徴どうしの選択の競争 | クレオールの特徴の偏り | 要旨の範囲では不明 | 二つ(要旨の範囲では自己強化は未確認) | このノートでは扱わず |
表の「三つ」の行は、偶然の入る位置と固定の固さが違っても、三つの条件をすべて持つ。 「二つ」と「一つ」の行は、早い出来事が後に残る点では似るが、残る理由が自己強化ではない。
累積有利と同じ構造と言えるもの、言えないもの
三つの条件で読むと、累積有利と同じ構造の理論は、自然科学、社会科学、人文科学のすべてにあった。 経済学の収穫逓増とロックイン、経済地理の中心と周辺、政治学の経路依存と決定的分岐点、ネットワーク科学の優先的選択、社会的影響の市場と情報カスケード、化学の不斉自己触媒と撹拌結晶化、生態学の優先効果、進化生物学のランナウェイ性選択、教育経済学の技能の自己生産性である。 これらは、序盤の偶然が、いまの状態に応じて強まる自己強化に乗り、過程がそれを忘れないことで、後の大きな違いになる。 Krugman(1991)が都市の分化を結晶にたとえたことは、化学の撹拌結晶化と経済地理が、偶然の初期の一つの出来事と、それを広げる自己強化という同じ骨組みを持つことに照らせば、比喩以上の対応がある。
同じ構造の中でも、帰結は自己強化の強さで分かれる。 Pólya の壺のように強化が線形なら、割合は偶然で決まる値に落ち着く。 収穫逓増や Frank の相互の拮抗のように強化が逓増なら、一方への固定になる。 逓減なら偶然は消える。 固定された状態の固さも違い、収穫逓増のロックインは小さな政策では動かず、情報カスケードは少しの新情報で崩れ、平衡に近い結晶は向きを忘れうる。
似て見えて機構が違う理論は、三つの条件のどれかを欠く。 初期値鋭敏性は、偶然への鋭敏さを持つが、強化も固定もない。 比例成長は衝撃を残すが、早い衝撃を遅い衝撃より重くはしない。 ヒステリシスは衝撃を持続させるが、差を広げない。 凍結された偶然は固定を持つが、その理由は変える費用である。 敏感期と胎児期起源説は、早い出来事を重くするが、その理由は時期の可塑性である。 宇宙の構造形成は偶然の種を育てるが、統計は予測できる。 歴史的偶然性は、偶然が後の可能性を開く条件になることを示したが、差が自分を強めて広がる過程ではない。 これらを累積有利と「同じ」と呼ぶと、早い時期の介入が効く理由(可塑性か、自己強化か)や、後から変えられるか(費用か、固定か)について、誤った結論を引き出しやすい。
同じ構造の理論にも、反証と相殺は付いてくる。 戦災を受けた日本の都市は、ほぼ 15 年で元の相対的な大きさに戻った(Davis と Weinstein 2002)。 QWERTY の非効率の証拠は弱かった(Liebowitz と Margolis 1990)。 適応度の高い点は先着の点を追い越しうる(Bianconi と Barabási 2001)。 音楽市場では、質の上下の端で結果がそろった(Salganik ら 2006)。 細菌の適応度は歴史にかかわらず似た値に収束した(Travisano ら 1995)。 相殺するのは、立地の基礎条件、地力、適応度、選択といった、偶然の外にある決定の要因である。 持てる者はさらに与えられるのか:累積有利とマタイ効果の機構、因果の識別、限界の学術文献から で読んだ Merton(1988)の限定(差は相殺する過程に抑えられるまで広がる)は、他の分野の理論にもそのまま当てはまる。
最後に、偶然が後で効くかを確かめる方法も、分野をまたいで似ている。 同じ条件から歴史を何度もやり直す実験(音楽市場の八つの世界、大腸菌の 12 の集団と再生、繰り返した結晶化、群集の組み立ての順序を変える実験)が、偶然の効きを最も直接に測る。 自然実験(戦災、ポーテージ)は、一時の衝撃が消えるか残るかで、自己強化と基礎条件を見分ける。 分布の形からの推定は、自己強化、乗法の過程、浮動が同じ形を生みうるので、最も弱い。 初めの偶然が後で大きく効くかは、偶然の入る時点、自己強化の強さ、固定された状態の固さ、偶然の外にある決定の要因による相殺の四つで決まる。 四つのどれが効いているかは、やり直しの実験と、衝撃への応答で確かめるほかない。
空白(未充足の論点)
- 自己強化の強さの推定:同じ構造の理論の帰結は強化が線形か逓増かで分かれるが、社会の過程で強化の指数を実データから推定し、帰結の種類を予測した研究は、このノートの範囲では少なかった。
- 固定された状態の固さの比較:収穫逓増のロックイン、情報カスケード、平衡に近い結晶の向きの忘却のように、固定の固さは理論で違うが、同じ枠組みで比べた研究は見つからなかった。
- 人文科学の側の検証:歴史学の偶然性と言語学の創始者の原理は、要旨の範囲では自己強化の機構の検証まで届いていない。正典の形成や反実仮想の歴史学は、査読論文で機構を扱ったものを特定できず、扱っていない。
- 最初の有利と運:累積の出発点の有利がどの種類の運なのかは 最初の有利は運なのか:選択的運と厳然たる運、事前と事後、最初の有利の実証と公平の判断の学術文献から で扱った。
未検証事項
- 主要主張に未検証の項目はない。
- 本文を取得できず、要旨の範囲で扱った文献は 19 件ある(Pierson 2000、Capoccia と Kelemen 2007、Vergne と Durand 2010、Sydow ら 2009、Ben-Menahem 1997、Bentley ら 2004、Lorenz 1963、Kondepudi ら 1990、Templeton 1980、Barton と Charlesworth 1984、Travisano ら 1995、Losos ら 1998、Blount ら 2018、Fukami 2015、Chase 2010、Lande 1981、Knudsen 2004、Mufwene 1996、Blythe と Croft 2012)。本文中ではいずれも要旨に書かれた範囲で著者の主張に帰属させた。
- Frank(1953)、Soai ら(1995)、Crick(1968)は本文も要旨も取れず、内容は総説(Blackmond 2010、Koonin と Novozhilov 2009)の記述によった。
- Arthur(1989)は誌版の本文が取れず、同じ模型の作業論文(IIASA WP-83-090、1983)で照合した。
参照文献
アクセス日はすべて 2026-11-01。
経済学
- Arthur, W. B. (1989). Competing technologies, increasing returns, and lock-in by historical events. The Economic Journal, 99(394), 116–131. https://doi.org/10.2307/2234208
- Liebowitz, S. J., & Margolis, S. E. (1990). The fable of the keys. Journal of Law and Economics, 33(1), 1–25. https://doi.org/10.1086/467198
- Liebowitz, S. J., & Margolis, S. E. (1995). Path dependence, lock-in, and history. Journal of Law, Economics, and Organization, 11(1), 205–226. https://doi.org/10.1093/oxfordjournals.jleo.a036867
- Krugman, P. (1991). Increasing returns and economic geography. Journal of Political Economy, 99(3), 483–499. https://doi.org/10.1086/261763
- Davis, D. R., & Weinstein, D. E. (2002). Bones, bombs, and break points: The geography of economic activity. American Economic Review, 92(5), 1269–1289. https://doi.org/10.1257/000282802762024502
- Bleakley, H., & Lin, J. (2012). Portage and path dependence. The Quarterly Journal of Economics, 127(2), 587–644. https://doi.org/10.1093/qje/qjs011
- Blanchard, O. J., & Summers, L. H. (1986). Hysteresis and the European unemployment problem. NBER Macroeconomics Annual, 1, 15–78. https://doi.org/10.1086/654013
- Bikhchandani, S., Hirshleifer, D., & Welch, I. (1992). A theory of fads, fashion, custom, and cultural change as informational cascades. Journal of Political Economy, 100(5), 992–1026. https://doi.org/10.1086/261849
- Cunha, F., & Heckman, J. (2007). The technology of skill formation. American Economic Review, 97(2), 31–47. https://doi.org/10.1257/aer.97.2.31
政治学、組織論、哲学
- Pierson, P. (2000). Increasing returns, path dependence, and the study of politics. American Political Science Review, 94(2), 251–267. https://doi.org/10.2307/2586011
- Capoccia, G., & Kelemen, R. D. (2007). The study of critical junctures: Theory, narrative, and counterfactuals in historical institutionalism. World Politics, 59(3), 341–369. https://doi.org/10.1017/S0043887100020852
- Vergne, J.-P., & Durand, R. (2010). The missing link between the theory and empirics of path dependence: Conceptual clarification, testability issue, and methodological implications. Journal of Management Studies, 47(4), 736–759. https://doi.org/10.1111/j.1467-6486.2009.00913.x
- Sydow, J., Schreyögg, G., & Koch, J. (2009). Organizational path dependence: Opening the black box. Academy of Management Review, 34(4), 689–709. https://doi.org/10.5465/amr.34.4.zok689
- Ben-Menahem, Y. (1997). Historical contingency. Ratio, 10(2), 99–107. https://doi.org/10.1111/1467-9329.00032
確率過程、分布、ネットワーク、市場
- Pemantle, R. (2007). A survey of random processes with reinforcement. Probability Surveys, 4, 1–79. https://doi.org/10.1214/07-PS094
- Newman, M. E. J. (2005). Power laws, Pareto distributions and Zipf’s law. Contemporary Physics, 46(5), 323–351. https://doi.org/10.1080/00107510500052444
- Barabási, A.-L., & Albert, R. (1999). Emergence of scaling in random networks. Science, 286(5439), 509–512. https://doi.org/10.1126/science.286.5439.509
- Bianconi, G., & Barabási, A.-L. (2001). Competition and multiscaling in evolving networks. Europhysics Letters, 54(4), 436–442. https://doi.org/10.1209/epl/i2001-00260-6
- Mitzenmacher, M. (2004). A brief history of generative models for power law and lognormal distributions. Internet Mathematics, 1(2), 226–251. https://doi.org/10.1080/15427951.2004.10129088
- Broido, A. D., & Clauset, A. (2019). Scale-free networks are rare. Nature Communications, 10, 1017. https://doi.org/10.1038/s41467-019-08746-5
- Salganik, M. J., Dodds, P. S., & Watts, D. J. (2006). Experimental study of inequality and unpredictability in an artificial cultural market. Science, 311(5762), 854–856. https://doi.org/10.1126/science.1121066
- Bentley, R. A., Hahn, M. W., & Shennan, S. J. (2004). Random drift and culture change. Proceedings of the Royal Society B, 271(1547), 1443–1450. https://doi.org/10.1098/rspb.2004.2746
物理学と宇宙論
- Lorenz, E. N. (1963). Deterministic nonperiodic flow. Journal of the Atmospheric Sciences, 20(2), 130–141. https://doi.org/10.1175/1520-0469%281963%29020%3C0130%3ADNF%3E2.0.CO%3B2
- Springel, V., Frenk, C. S., & White, S. D. M. (2006). The large-scale structure of the Universe. Nature, 440(7088), 1137–1144. https://doi.org/10.1038/nature04805
化学
- Frank, F. C. (1953). On spontaneous asymmetric synthesis. Biochimica et Biophysica Acta, 11, 459–463. https://doi.org/10.1016/0006-3002%2853%2990082-1
- Soai, K., Shibata, T., Morioka, H., & Choji, K. (1995). Asymmetric autocatalysis and amplification of enantiomeric excess of a chiral molecule. Nature, 378(6559), 767–768. https://doi.org/10.1038/378767a0
- Kondepudi, D. K., Kaufman, R. J., & Singh, N. (1990). Chiral symmetry breaking in sodium chlorate crystallization. Science, 250(4983), 975–976. https://doi.org/10.1126/science.250.4983.975
- Blackmond, D. G. (2010). The origin of biological homochirality. Cold Spring Harbor Perspectives in Biology, 2(5), a002147. https://doi.org/10.1101/cshperspect.a002147
生物学
- Templeton, A. R. (1980). The theory of speciation via the founder principle. Genetics, 94(4), 1011–1038. https://doi.org/10.1093/genetics/94.4.1011
- Barton, N. H., & Charlesworth, B. (1984). Genetic revolutions, founder effects, and speciation. Annual Review of Ecology and Systematics, 15, 133–164. https://doi.org/10.1146/annurev.es.15.110184.001025
- Crick, F. H. C. (1968). The origin of the genetic code. Journal of Molecular Biology, 38(3), 367–379. https://doi.org/10.1016/0022-2836%2868%2990392-6
- Koonin, E. V., & Novozhilov, A. S. (2009). Origin and evolution of the genetic code: The universal enigma. IUBMB Life, 61(2), 99–111. https://doi.org/10.1002/iub.146
- Blount, Z. D., Borland, C. Z., & Lenski, R. E. (2008). Historical contingency and the evolution of a key innovation in an experimental population of Escherichia coli. Proceedings of the National Academy of Sciences, 105(23), 7899–7906. https://doi.org/10.1073/pnas.0803151105
- Travisano, M., Mongold, J. A., Bennett, A. F., & Lenski, R. E. (1995). Experimental tests of the roles of adaptation, chance, and history in evolution. Science, 267(5194), 87–90. https://doi.org/10.1126/science.7809610
- Losos, J. B., Jackman, T. R., Larson, A., de Queiroz, K., & Rodríguez-Schettino, L. (1998). Contingency and determinism in replicated adaptive radiations of island lizards. Science, 279(5359), 2115–2118. https://doi.org/10.1126/science.279.5359.2115
- Blount, Z. D., Lenski, R. E., & Losos, J. B. (2018). Contingency and determinism in evolution: Replaying life’s tape. Science, 362(6415), eaam5979. https://doi.org/10.1126/science.aam5979
- Fukami, T. (2015). Historical contingency in community assembly: Integrating niches, species pools, and priority effects. Annual Review of Ecology, Evolution, and Systematics, 46, 1–23. https://doi.org/10.1146/annurev-ecolsys-110411-160340
- Chase, J. M. (2010). Stochastic community assembly causes higher biodiversity in more productive environments. Science, 328(5984), 1388–1391. https://doi.org/10.1126/science.1187820
- Lande, R. (1981). Models of speciation by sexual selection on polygenic traits. Proceedings of the National Academy of Sciences, 78(6), 3721–3725. https://doi.org/10.1073/pnas.78.6.3721
発達研究
- Knudsen, E. I. (2004). Sensitive periods in the development of the brain and behavior. Journal of Cognitive Neuroscience, 16(8), 1412–1425. https://doi.org/10.1162/0898929042304796
- Gluckman, P. D., Hanson, M. A., Cooper, C., & Thornburg, K. L. (2008). Effect of in utero and early-life conditions on adult health and disease. New England Journal of Medicine, 359(1), 61–73. https://doi.org/10.1056/NEJMra0708473
言語学
- Mufwene, S. S. (1996). The founder principle in creole genesis. Diachronica, 13(1), 83–134. https://doi.org/10.1075/dia.13.1.05muf
- Blythe, R. A., & Croft, W. (2012). S-curves and the mechanisms of propagation in language change. Language, 88(2), 269–304. https://doi.org/10.1353/lan.2012.0027
Footnotes
-
誌版の本文は取れず、同じ模型を示した作業論文(Arthur, W. B. 1983. On competing technologies and historical small events: The dynamics of choice under increasing returns. IIASA Working Paper WP-83-090. https://pure.iiasa.ac.at/2222 )で照合した。四つの性質と、収穫一定、逓減、逓増の比較の表は作業論文による。 ↩
書いた人:小川 修一郎(デザイン研究者/デザインコンサルタント) 経歴を見る →