ノート · updated 2026-10-11
デザイン哲学とは何か(学術研究から)
デザイン哲学(philosophy of design)が何を問う分野で、どこから来て、どの潮流を経て、どこへ向かっているかを、学術文献で整理した。デザイン哲学は 2000 年前後に Design Studies の論考と特集号で名乗りを上げた若い分野で、Galle はそれを、実証の観察ではなく合理的な反省という哲学の手段で、デザインについての洞察を求める営みと特徴づけた。
目次(6)
デザインについて書かれたものは多いが、その多くはデザインをどう進めるか、どう教えるか、何が売れるかを扱っている。 デザインとはそもそも何か、デザインする人は何を知っているのか、デザインされたものは人の行為をどう変え、その変化に誰が責任を負うのか、という問いは、それとは別の層にある。 この層を扱う分野は「デザイン哲学」(philosophy of design)と呼ばれる。 このノートは、デザイン哲学が何を問う分野で、どこから来て、どの潮流を経て、どこへ向かっているかを、学術文献で整理する。 要旨や出版社の紹介文だけで確かめた文献は、引用の括弧に「要旨」と添えた。 どこまで読んで確かめたかは、文献ごとにコーパスの検証証跡に残した。
デザイン哲学は何を問う分野か
デザイン哲学が一つの研究分野として名乗りを上げたのは、2000 年前後である。 Design Studies は 2002 年に「デザインの哲学」の特集号を組み、編者の Galle は序論で、この分野はまだ若く、石に刻むような定義は可能でも望ましくもないと書いた(Galle 2002)。 Galle はまず、デザイン哲学を「デザインの哲学者がしていること」と仮に答え、特集号の論考から主題を拾い出した。 デザインの概念(Love はデザインする営みを、考えることや感じることと並ぶ人間の基本的な働きとして概念化し、Houkes らは計画と意図と実践的推論の言葉で行為の一種として定義した)、デザインの方法論(Kroes はデザイン方法論が規範的で過程に向いている点で、記述的で成果に向いている科学の方法論と対照的だと論じた)、デザインの質の基準、デザインの現象学(Coyne らは Heidegger の「開示」を試作の電子製図板の試験に当てた)、そして人工物の二重性である(Galle 2002)。
最後の論点で Kroes らが言う人工物の二重性とは、技術的な人工物が、構造を持つ物理的な対象であると同時に、機能を持つ意図的な対象でもあり、どちらの見方でも汲み尽くせないことを指す(Galle 2002)。 設計者は実際には機能から構造へ渡っているが、二つの見方がどう関係し、一方から他方へどう移れるのかは、哲学的には明らかでない、と Kroes は書いている(Galle 2002 が引く Kroes の論考)。
Galle は、これらの主題に共通する点を、洞察が実証の観察ではなく合理的な反省によって得られたことに求めた(Galle 2002)。 Galle によれば、こうした洞察は反省のほかの手段では得られず、発話のプロトコル分析のようなデザイン研究の通常の実証の方法はほとんど役に立たなかっただろう。 そのうえで Galle は、デザイン哲学を「哲学の手段によってデザインについての洞察を求める営み」と特徴づけた。 ここに、デザイン哲学と、デザインの過程を観察して測るデザイン研究の違いがある。 Galle は、この分野が分野をまたぐことを本質とし、書き手の多くは哲学とデザインのどちらか一方の訓練しか受けていない「半分素人」だとも書いている。
用語の区別をはっきりさせたのは Love である。 Love は、デザインの哲学(Philosophy of Design)は科学哲学や技術哲学に相当する分野であり、デザイン方法の哲学的研究と結びついてきた「design philosophy」とは違うと書いた(Love 2000)。 Love が挙げるデザインの哲学の問いは、「一般にデザインとは何か」「デザインの妥当な理論はどんな性質を持つか」「デザインされる対象の理論はデザイン理論の一部であるべきか」といったものである。 design philosophy という名前が適さない理由として、Love は、デザインに関わる理論と概念が、デザインの方法や手法よりはるかに広い範囲に及ぶことを挙げた。 Love 自身は、デザイン理論の概念を抽象の水準で並べるメタ理論の構造を提案した。 最も低い水準に感覚による直接の知覚を置き、最も高い水準に存在についての信念と価値を置き、その間にデザイン理論の概念を位置づける構造である(Love 2000)。
デザイン哲学がその後扱ってきた主題は、存在論(デザインとは何か、人工物とは何か)、認識論(デザインする人は何を知っているか)、倫理、美学に分けられる。 2026 年の DRS(Design Research Society)の国際会議の Design Philosophies のトラックには、存在論、認識論、認知、倫理、美学の問いを扱う 6 本が並んだ(Buwert 2026)。 認識論については、Murphy が、デザインの分野は 20 世紀を通じて、プラトンとアリストテレスの認識論、プラグマティズムの認識論、ポストモダンの認識論の三つを、多くは暗黙のうちに使ってきたと整理した(Murphy 2017、要旨)。 美学と、デザインの定義の問題では、Parsons の 2016 年の『The Philosophy of Design』がデザイン一般とモダニズムのデザインを論じ、Galle はその書評論文で、デザインの概念に安定した本質があるという考えを擁護しつつ、Parsons のデザインの定義を批判的に分析した(Galle 2017、要旨)。
デザインを科学にしようとした二つの波と、その反動
デザイン哲学の問いは、デザインを科学にしようとした試みと、その試みへの反動から生まれた。 Cross は、デザインと科学の関係をめぐる関心が、近代のデザインの歴史で二度強く現れたと整理した(Cross 2001)。 1920 年代の、科学的なデザインの製品の追求と、1960 年代の、科学的なデザインの過程への関心である。 1920 年代の例として、Cross は、De Stijl の van Doesburg が新しい対象を作るには方法、すなわち客観的な体系が要ると書いたことと、Le Corbusier が住宅を客観的にデザインされた「住むための機械」と書いたことを挙げ、モダニズムの運動の多くに、客観性と合理性という科学の価値に基づいて作品を作る望みがあったとまとめた。 Bayazit は、1920 年代からのデザイン研究の根が、デザイン教育の方法の基礎として設立されたバウハウスにあると書き、バウハウスの閉鎖後に教員が米国、英国、ロシアに移ってその伝統を広げたことを記している(Bayazit 2004)。 Moholy-Nagy は米国で「ニュー・バウハウス」の長になり、それはのちにイリノイ工科大学のインスティテュート・オブ・デザインになった。
二度目の波は、1960 年代のデザイン方法運動(design methods movement)である。 Cross は、1962 年にロンドンで開かれたデザイン方法の会議を、デザイン方法論が研究分野として始まった出来事とし、この運動はデザインの成果だけでなく過程を客観性と合理性に基づかせようとしたと書いた(Cross 2001)。 その源は、第二次世界大戦の問題に当てられた新しい科学的な方法と計算の方法にあった。 Bayazit によれば、Design Research Society は 1966 年 4 月にロンドンで設立された(Bayazit 2004)。 Cross は、この 10 年が、Simon の「人工物の科学」と、大学に「デザインの科学」を作るべきだという Simon の呼びかけで頂点に達したと整理した(Cross 2001)。 Simon が求めたのは、デザインの過程についての、知的に手ごたえがあり、分析的で、部分的に形式化でき、部分的に実証的で、教えることのできる教義だった(Cross 2001 が引く Simon 1969)。
ところが 1970 年代には、運動の先駆者の一部が方法論とその価値を退けた(Cross 2001)。 Cross は、Alexander が方法論から離れ、Jones が機械の言葉や行動主義、人生のすべてを論理の枠に収めようとする試みを嫌うようになったと述べた言葉を引いている。 Bayazit は、Rittel がこの転換を「世代」と呼び、初期の方法を、複雑な現実の問題の要求に応えられない「第一世代」とし、「第二世代」として議論による(argumentative)方法を提案したことを記している(Bayazit 2004)。 Rittel と Webber は、計画の問題は数学の問題のような「おとなしい」問題と違い、確定した定式化を持たない厄介な問題(wicked problems)であり、少なくとも十の性質で区別できると論じた(Rittel and Webber 1973)。
Schön は、「デザインの科学」の運動の土台にあった実証主義に異を唱え、構成主義の見方を出した(Cross 2001)。 Cross の整理では、Schön は Simon の「デザインの科学」が整った問題を解く方法に基づいていると批判した。 専門職の実践が向き合うのは、整った問題ではなく「乱雑で問題含みの状況」であり、Schön は、実践者が示す芸術的で直観的な過程に含まれる「実践の認識論」を探そうとした。 Buchanan は 1992 年に、デザインは職人の仕事から細分化された専門職、技術研究の分野へと育ち、いまや技術文化の新しい教養(liberal art)と認められるべきだと論じた(Buchanan 1992)。 Buchanan によれば、デザインの問題が厄介なのは、デザインが、設計者が構想するもの以外に固有の主題を持たないからである。 デザインの思考は人間の経験のどの領域にも当てられるが、当てるたびに、設計者は具体的な状況の問題から特定の主題を見つけるか作り出さなければならない。 Buchanan は、デザインが働く場所を、固定した「カテゴリー」ではなく、記号、物、行為、思考のように境界は持つが固定されていない「配置」(placements)として捉えた。
Cross はここから、科学とデザインの関係を三つに分けた(Cross 2001)。 科学の知識を使うデザイン(scientific design)、明示的に組織され合理的で体系的な活動としてのデザイン科学(design science)、そしてデザインを対象とする研究としてのデザインの科学(science of design)である。 Cross は、デザインを科学として行うデザイン科学という考えは、多くのデザイナーと理論家から異論を受けてきたと書いた。 そのうえで Cross は、デザインを科学ではなく、それ自身の厳密な文化の中で研究される規律として立てた。 その公理は、デザインする人の気づきと能力に固有の知の形があり、それはデザインの職能の違いを超えて共通するというものである。 デザインする人が特に知っているのは人工物の世界であり、特にできるのはその世界に加えたり変えたりする提案だ、と Cross は書いている(Cross 2001)。
問いの対象は、過程から、デザインされたものが作る世界へ広がった
ここまでの議論の多くは、デザインする人と、その過程と知識を対象にしていた。 2000 年代からの潮流では、問いの対象が、デザインされたものが人の知覚と行為と世界をどう形づくるかへ広がった。
技術による媒介とデザインの倫理
この広がりを技術哲学の側から論じたのが Verbeek である。 Verbeek は、技術が人の行為を規定する「スクリプト」という STS の概念を、記述から規範の場面へ移した(Verbeek 2006)。 減速帯は車の緩衝器を壊すことで運転者にゆっくり走らせ、使い捨てのプラスチックのカップは使ったら捨てるよう、磁器のカップは洗ってまた使うよう促す、という例を Verbeek は挙げている。 技術が人の行為を共に形づくるなら、技術はどう行為すべきかという倫理の問いに物の形で答えていることになり、技術者は「別の手段で倫理を行っている」、つまり道徳を物質化している、と Verbeek は論じた。 Verbeek は、Ihde の現象学の技術哲学と Latour の概念から、知覚と実践の二つの側の技術による媒介(technological mediation)の語彙を組み立て、ポスト現象学の技術哲学で発展した媒介の概念を使っている。 たとえば超音波の画像は、胎児の見え方と解釈を形づくり、人が下す道徳の判断に関わる。 Verbeek は、設計の段階で媒介を予測する方法として、使われる場面での媒介の役割を設計者が想像などで予測する媒介分析と、拡張した構成的技術評価の二つを示した(Verbeek 2006)。
存在論的デザインと多元世界
存在論的デザイン(ontological designing)は、デザインを、人のあり方と、人が生きる世界を形づくる営みとして捉える考えである。 Rego の整理では、この考えは Heidegger の存在の思考に根を持ち、Willis は、存在論的デザインが、実践としても物としても、通常とは根本的に違うデザインの理解を意味し、近代の主体としての人がどうあり、どうして今の人になるのかについての違う理解も意味すると書いた(Rego 2023 が引く Willis 2006)。 Willis は、人が「あるもの」に近づくのは常に解釈を通してであり、その解釈には名づけや分類だけでなく、道具を使う日常の振る舞いも含まれるとした(Rego 2023 が引く Willis 2006)。 Rego は、Fry が存在論的デザインを、デザインの行為者性を認める、政治的なデザインの実践と呼んだことも挙げている(Rego 2023)。
Escobar は 2018 年の『Designs for the Pluriverse』で、デザインが世界を作る力を、正義と地球に深く沿うあり方と行い方へ向けるデザインの理論と実践を示した(Escobar 2018、出版社の要旨)。 Escobar は、消費財からデジタル技術、建築環境まで、多くのデザインが資本主義の目的に仕えていると指摘し、商業と近代化の目的を離れて協働と場所に根ざす「自律のデザイン」を論じた(Escobar 2018、出版社の要旨)。 Rego 自身は、存在論的デザインが「何をするか」に加えて「それで十分か」を問い、Bergson と Malabou の考えで理論を広げる道を提案している(Rego 2023)。
批判的デザインと思弁的デザイン
デザインを批評と思弁の手段として使う実践も、哲学の問いを持ち込んだ。 Malpass は、製品デザインを批評と思弁の形として使うデザイナーたちが、物の周りに公衆を形づくって議論を起こし、技術と財務の関心が動かす製品デザインとは別の役割を示していると整理した(Malpass 2013、要旨)。 Bardzell と Bardzell は、批判的デザインを、デザイン実践の倫理を前に出し、隠れた意図と価値を明らかにし、別のデザインの価値を探る、デザインを通した研究の方法論と位置づけた(Bardzell and Bardzell 2013、要旨)。 そのうえで二人は、批判的デザインの中心の概念と方法がはっきりせず採り入れにくいと論じ、創始者の Dunne と Raby の意図を読み解くかわりに、過去 150 年の批判の思想の伝統から使える考えを引き出した(Bardzell and Bardzell 2013、要旨)。
デザインの正義とトランジション・デザイン
デザインが誰に何をもたらすかを中心に置いたのが、デザインの正義である。 Costanza-Chock は、デザインの正義を、物とシステムのデザインが、リスク、害、便益を人々の集団の間にどう分配するかに関わる理論と実践の分野と定義した(Costanza-Chock 2018、要旨)。 デザインの正義は、デザインが、白人至上主義、異性愛家父長制、資本主義、入植者植民地主義からなる「支配のマトリクス」をどう再生産し、それによって再生産され、それに挑むかに焦点を当てる(Costanza-Chock 2018、要旨)。 2020 年の書は、デザインの正義を周縁化された共同体が主導するデザインの方法とし、普遍主義のデザインの原則と実践が、交差的に不利な立場にある人々をどう消してしまうかを論じた(Costanza-Chock 2020、出版社の要旨)。
Irwin は、気候変動や生物多様性の喪失のような 21 世紀の厄介な問題に向けて、持続可能な未来への社会の移行をデザインが導くことを掲げるトランジション・デザインを、デザインの実践と研究の新しい領域として提案した(Irwin 2015、要旨)。 その構想は、エネルギー、経済と食、医療、教育の基盤を含む生活の様式全体の再構想に及ぶ(Irwin 2015、要旨)。 この要旨を読むかぎり、厄介な問題という語は、Rittel と Webber が計画の問題に与えた意味から、社会の移行の規模まで引き延ばされている。
人間中心の外へ
人間中心のデザインそのものを問い直す流れもある。 Forlano は、デザインは少なくとも 1980 年代半ばから人間中心と利用者中心の考えに支配されてきたが、技術と環境の変化が設計者に複雑な社会技術システムへの注目を迫っていると書いた(Forlano 2017、要旨)。 Forlano は、アクターネットワーク理論、フェミニストの新しい唯物論、オブジェクト指向存在論などのポストヒューマニズムの議論を見渡し、批判的人種理論と脱植民地の理論からのポストヒューマニズムへの批判も検討した(Forlano 2017、要旨)。 Giaccardi と Redström は、IoT や機械学習のようなデータの技術に対して、人間中心と利用者中心のデザインが限界に達しているのではないかと問い、人間中心のデザインが技術に形を与えられないとき何が起きているのかを根本から問う必要があると論じた(Giaccardi and Redström 2020、要旨)。 Wakkary は、人間中心のデザインは問題への答えではなく問題の一部だと論じ、人間以外の種や物と共に住む、謙虚さに基づくデザインを示した(Wakkary 2021、出版社の要旨)。
同じ時期、デザイン思考という語が経営と組織に広まったことにも、批判が向けられた。 Kimbell は、デザイン思考の説明を、認知の様式、デザインの一般理論、組織の資源の三つに分け、その多くが考えることと知ることを、世界の中で行為することから切り離す二元論に頼っていると論じた(Kimbell 2011、要旨)。
AI はデザイン哲学に何を問い直させているか
AI は、1960 年代の問い、すなわちデザインの判断と過程はどこまで形式化でき、機械に任せられるのかを、別の形で呼び戻している。 Verganti らは、イノベーションの中のアイデアを作り問題を解く意思決定の側を「デザイン」と呼び、これまで人が下してきたその判断が機械に置き換わるとき何が起こるかを問うた(Verganti et al. 2020、要旨)。 Verganti らは、AI がほかのデジタル技術と同じくデザインについての知識を大きくは揺るがさないのか、それとも今の理論の枠組みでは捉えられない変化をデザインにもたらすのかを問い、AI 時代のデザインとイノベーションを理解する枠組みを提案した(Verganti et al. 2020、要旨)。 Bordas らは工学設計の研究の知見から生成性の種類を分ける枠組みを作り、生成 AI には、新しい人工物を生成する水準と、生成 AI のモデルそのものを生成する水準の二つがあると示した(Bordas et al. 2024、要旨)。
批判の側からは、生成 AI がデザインの知のあり方を狭めるという議論が出ている。 Vogel と Quadflieg は、生成 AI がデザインの流れを速めるという道具的な見方は、探索的で曖昧で素材に根ざした形の探し方を確率的な処理へ外に出してしまう、という知の変化を見えなくすると論じた(Vogel and Quadflieg 2026)。 二人によれば、生成 AI は、デジタルの記録にすでに多くある知り方を優先する「二重の閉じ込め」を通じて、ある特定の場所からの支配的な見方を、誰にとっても中立な標準として示し、別のデザインの未来に構造上届かなくする。 二人は、Haraway の状況に置かれた知の考えを引き、デザインの知り方(designerly ways of knowing)とされるものも、常にどこか特定の場所からの見方だと書いている。 Sutevski は、デザインが自動化され抽象化されるにつれて、かつて人の意図に結びついていた「指定」の行為が人から離れていくと論じ、この移行を「エクソデザイン」と呼んだ(Sutevski 2026、要旨)。 Sinclair と Buwert は、Cross のデザインを第三の規律とするモデルで共感が鍵になってきたことから出発し、大規模言語モデルの共感のふるまいがデザインに投げかける課題を、Buber と Levinas の他者性の概念で検討した(Sinclair and Buwert 2026、要旨)。
この議論の量は増えている。 2026 年の DRS の「AI の最中と後のデザイン研究」のトラックには 90 本の論文が投稿され、43 本が査読に回り、11 本が採択された(Lee-Smith et al. 2026)。 編者たちは、AI をデザインの外の現象として扱える段階はすでに過ぎているかもしれないと書き、トラックの題の「後」はまだ満たされず、挑発として残っていると述べた(Lee-Smith et al. 2026)。
デザイン哲学はどこへ向かっているか
最近の文献からは、少なくとも三つの方向が読み取れる。 一つめは、デザインの知に固有の認識論が要るかという、Cross 以来の問いの再燃である。 Cross は、デザインする人に固有の知の形があることを規律の公理に置いた(Cross 2001)。 これに対し Digby は、科学と芸術、合理と直観といったデザインの認識論の二分は偽の二分法であり、Popper と Deutsch の批判的合理主義が、別の認識論を立てなくてもデザインの特徴を説明できると論じた(Digby 2026、要旨)。 Digby の立場では、知識は推測であって誤りうるものであり、進歩は正当化や検証ではなく、創造的な推測と批判による誤りの訂正の繰り返しで起こる。 デザインの知を他の知から区別する根拠が何かは、デザイン研究が自らを科学から区別して立てた土台に関わるので、この争いは決着していない。
二つめは、「デザインの哲学」から「デザインのやり方で哲学をする」ことへの移行である。 Secomandi と Verbeek が 2026 年に編んだ論集の出版社の紹介文は、哲学者がデザインの実践から距離を置いたままデザインを論じる従来の「デザインの哲学」の解釈からはすでに遠く離れていると論じ、デザイン哲学を「デザインのやり方で哲学をすること」や「哲学的に物をデザインすること」として解釈し直す可能性を挙げた(Secomandi and Verbeek 2026、出版社の要旨)。 論集の本文でこの句を使っているのは Eggink と Dorrestijn の第 7 章で、編者の序章は第 7 章を紹介する段落でこれを引いている(デザインに固有の認識論は要るか、デザインで哲学はできるか(2026 年の二つの論考を読む))。 Galle が 2002 年に、デザイン哲学の担い手の多くは哲学とデザインの一方しか訓練を受けていない「半分素人」だと書いたことと並べると、両者の行き来は、分野の初めからの条件だったとも言える(Galle 2002)。 二つの論考の本文を読み、主張、論証、根拠、反論、概念と、両者の対立と両立を整理したものは デザインに固有の認識論は要るか、デザインで哲学はできるか(2026 年の二つの論考を読む) にある。
三つめは、この分野の担い手と場が広がっていることである。 2026 年の DRS の Design Philosophies のトラックには 34 本が投稿され、ほかのトラックに移ったものを除いて、6 本がこのトラックに残った(Buwert 2026)。 編者の Buwert は、各論文に共通する態度として、深さ、複雑さ、不確かさ、誤りうること、謙虚さを受け入れることを挙げた(Buwert 2026)。 Buwert は、デザイン哲学はデザイン研究の中で乾いた枝として不当に退けられがちだが、実際には生きて新しい芽を出していると結んでいる(Buwert 2026)。
二つの波を論じた Cross は、デザインと科学をめぐる関心がおよそ 40 年の周期で戻り、2000 年代に再び現れると予想していた(Cross 2001)。 今回集めた文献を並べると、AI をめぐる議論は、デザインの判断を形式化して機械に任せられるかという 1960 年代の問いを、知の偏りと責任の問いと結びつけて戻してきたように見える。 ただし、AI とデザイン哲学の論考の多くは 2024〜2026 年の新しい会議論文と論考で、査読誌での議論の厚みはまだ薄い。
今回の収集で確かめられなかったこと
人工物の二重性を論じた Kroes の論考、デザインの理論の世界観を論じた Galle の 2008 年の論考、科学とデザインの境界を論じた Galle と Kroes の 2014 年の論考は、本文も要旨も取れなかったので、Galle 2002 の紹介の範囲でだけ触れた。 存在論的デザインの原典である Willis 2006、Winograd と Flores の 1986 年の書、Fry の書は取れず、Rego の引用を通してだけ扱った。 美学では、Parsons の書と Galle の書評の要旨のほかに、デザインの美学を主題にした査読論文を今回は確かめられなかった。 非英語圏(日本、中国、ラテンアメリカ)のデザイン哲学の文献は、今回の収集の範囲に入っていない。
関連ノート
- デザインに固有の認識論は要るか、デザインで哲学はできるか(2026 年の二つの論考を読む):デザインに固有の認識論は要るか、デザインで哲学はできるか(Digby 2026 と Secomandi と Verbeek 2026 の本文を読む)
- デザインの認識論的前提と方法論的基盤:ウィキッド問題・アブダクション・集合ベース探索の文献地図:デザインの認識論の前提と方法論の基盤(厄介な問題、アブダクション、集合ベースの探索)
- デザインと社会科学の接点:方法・理論・制度の系譜:デザインと社会科学の接点(方法、理論、制度の系譜)
- ネットワーク科学とデザイン学はどう関わってきたか(学術研究から):ネットワーク科学とデザイン学の関わり(Simon と Alexander の分解の問いを含む)
- SF プロトタイピングと design fiction は何をもたらすのか:SF プロトタイピングとデザイン・フィクションの効果
- デザイン業界における AI 活用 — 学術レビュー(2026):デザインにおける AI の学術研究
未検証事項
主要主張に未検証の記述は残していない。 要旨か出版社の紹介文だけで確かめた文献は、引用の括弧にそう添え、要旨に書かれた範囲だけを述べた。 Buchanan 1992 は Kepes(Universidad de Caldas)の 2010 年の再録で、Cross 2001 と Rittel and Webber 1973 と Verbeek 2006 と Galle 2002 と Love 2000 と Bayazit 2004 は第三者のサイトの写しで、本文を確かめた。 DRS 2026 の Buwert 2026、Digby 2026、Sinclair and Buwert 2026、Sutevski 2026 は、ブラウザで本文の PDF を開いて要旨と該当箇所を確かめたが、本文のテキストを保存できなかったので、要旨として扱った。
参照文献
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書いた人:小川 修一郎(Design Researcher / Consultant) 経歴を見る →